第21話

 理玖は「一昔前の掲示板」状態になっている画面を見て頭を抱えたくなったのか、数回瞬きをしてから目元に指をあてては息を吸い込んでいる。馨と莉音は、最初は情報収集だけだったのだろうがどんどんと楽しくなってきたのだろう。馨は鼻歌交じりで、莉音の隣に座っては的確キーボードを打ち込んでは文字を入力していく。

 しかし、何かを言ったところで何も始まらないということだけは分かっているのか自身も椅子を持ってきては画面をのぞき込んで馨に話しかける。


「甘羽さん、これなんでこういうことになってるんですか?」

「まぁ、簡単に言えば私たちが各務早咲の生死について、という題材でスレッドを立てたら探偵が乗って来た、という感じですね。ちなみに周りの連中も盛り上げている感じで面白い推理大会が始まっているという感じですね」


 馨は口角を上げて楽しそうに画面を見ている。

 理玖が画面を見ると、そこにあるのは本当に一昔前にあったような掲示板のようなやり取りがそこで行われていた。一部は盛り上げ、一部は反論をする。時には煽り、その場を盛り上げてお祭り状態だ。


「……でもこの人、中々に面白いことを言っていますね。本当に詳しいというか、あれ? でも、途中で口調ががらりと変わっているような」

「ですよね。最初は温厚というか女性的な話し方だったんですけど、時折男性的な話し方になるんですよね。そう思ったら、また女性的な話し方に戻る。おそらく、このアカウントで二人が使っているんじゃあないかなと思っていますが。そこらへんは、現在莉音さんが確認中です」


 馨はどんどんと楽しくなってきたのか、目を細めて文字を打ち込んでいる。打ち込んでいる情報は大したことはないが、ここを使用しているならば大体知っていそうな。だけれども、一般人にはまだ知れ渡っていないようなことを投下していく。勿論、全てを出すのではなく小出しにしている形だ。

 そんな馨のやり方に文句をいうやじも居るが、もっととせびるやじも出てくる。理玖はそんな馨のやり取りを眺めつつも、莉音の作業を気にしつつと何処か視線が忙しない。彼は放っておくと、限界まで調べ物をし始めて額に冷えピタを貼ってコーヒーやエナジードリンクを服用し始めるのだから困ったものなのだろう。


「……この推理厨の人、スペック気になりますね」

「お、高砂少年もかじってた口ですかね? 私は昔からこういう住人は敵に回してはいけないというのが身に染みて居まして。ここはある意味、実力主義者の集いのようなものですからね。結構楽しいんですが、扱い方一つ間違えると面倒なことになるので取り扱い注意って言う感じもありますね」


 画面に書かれている文字を流しながら読んでいた理玖は、ふと僅かな情報からそれなりの推理を展開していく人物に興味が出てきたのだろう。ジィ、と画面に視線を滑らせては文字を読んでいく。一見すると、言っていることは支離滅裂なようでどこか筋が通っているようにも感じてしまう何かがある。見せ方が上手いのか、単純にそれっぽい言葉だけを並べているのか。


「ここにある、各務早咲が異能力者である場合。異能力研究所から狙われていた可能性がある、っていうところなんですけど」

「ああ、これですね。これは、割とその可能性があると思いますよ。異能力研究所というのは、名目上は確かに異能力について研究しその使役者である異能力者を合意のもとで研究をしています、が。異能力者に拒否権なんてないので、合意のもととか言っていても実質強制です。捕まった異能力者の一部は、異能力研究所に回されることもありますからね」


 モルモットとして、と言葉を付け加える。

 捕まった異能力者が、一般的な犯罪者であろうがそうでなかろうが。彼らのたどる道に希望という文字一つは見出すことはできないのだろう。文字通り、異能力者であるという事実が露見して仕舞えばその時点で人生は終わるのかもしれない。余談であるが、異能力者であることを隠すのは簡単なことである。だからこそ、国はこぞって出生時に不審な点がないかなどを確認することを推奨しているが異能力者ではなかった場合は訴えられる可能性も考慮して強制力がまだない。

 異能力者と分かれば政府側が訴えられることはないのだが、そうではない場合のリスクというものがどうしても付き纏ってしまっているのだろう。だからこそ、いまだにこれは任意という形になっている。だが、もしも異能力者である場合は両親には研究所へ引き渡すか育てるかの判断ができる。加えて、引き渡した場合は謝礼金として莫大な金が両親の手へと渡るのだ。


「甘羽さんも研究所に?」

「いや、私は普通に収容所にいましたよ。もとより研究所を破壊しまわっていたものなので、研究所からいらないから早く殺処分をしてほしいと言われていたそうです。異能官になって、伊月室長から聞きました」

「殺処分って……。本当にどうしようもない時に使うのであればまだしも、そんな害虫駆除みたいなニュアンスで言わなくともいいと思うんですけどね」

「害虫駆除、とは言い得て妙かもしれませんね。害虫なのはどっちなのか、っていうことにもなりそうですけど。あ、探偵のレスが止まりましたね。離席中なんでしょうか」


 雑談をしながら、推理の様子を観察していた二人はふと今まですぐにレスがついていた推理がぴたりと止まったことに気づく。時間を確認しても、何か食事の時間とは考えにくい。否、人によって食事の時間は異なるので断言することはできない。一時的な離脱なのか、ネタがなくなってしまって逃げたのか。


「そういえば、私たちお昼をまだ取っていませんでしたね」

「言われてみればそうでしたね。……何か作りますか?」

「私は、そうですねぇ。ふわふわ卵のオムライス、と言いたいところなんですが。簡易的に大量の塩にぎりでいいですよ。焼きおにぎりでも可能です」

「手間を考えると正直どっちもどっちなような……。というか、お米の常備ってあるんですか? あったとしても、今から炊くとなるとそれなりに時間がかかるかもしれないですけど」


 馨の腹部から、空腹を知らせるギュルギュルという音が聞こえてはふとまだ食事を取っていなかったことに気づく二人。理玖は何食わぬ顔で、ちらりと簡易キッチンへと視線を向けて馨に確認をする。簡易的なものであれば、問題なく作ることはできる。否、簡易的なものではなくともそれなりの料理ができる設備がなぜか執務室に完備されているのだ。

 今から炊飯することになると、それなりに時間は必要になり下手をすると空腹により馨の機嫌が急降下する可能性だって否めない。彼は首を傾げていると、馨から「おにぎり」のリクエストがくる始末だ。

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