第22話

「確かに、それはいやですね。ああ、そうだ。ここはデリバリーを使いましょう。何か美味しそうなファストフードでも注文しておきましょう。到着した際には、まぁ……暇そうな人が取りに行くということで」


 推理をしていた人物の文字を、再度見返す理玖。

 異能力研究所、各務早咲の異能力者説、研究所から命を狙われていた、現在使用していた場所は燃やさざるを得なかった。様々な可能性をそれらしい言葉でまとめ上げられている。中には、各務早咲自体が、異能力者を嫌悪しており異能力者に対しての研究をしていたが同業として嫌悪していた何者かに狙われた、などというものがありみんな言いたい放題だ。

 このような場所は、各々が思っていることや考えていることをとりあえず言ってみるということが多いのか馨たちにとっても全くの無駄ではないのかもしれない。彼女たち自身では考え付かなかった可能性、というものはこの場所には眠るように落ちているのだから。


「二人とも、楽しい閲覧中に申し訳ないけど。探偵ごっこをしていた人物がわかったんだけど、聞きたいかな」

「お、思ったよりも早かったですね。レスが途絶えたので、莉音さんの追跡がバレて逃げたのかなって思っていたんですけど。ギリギリで間に合ったという感じなんですかね?」

「まぁね。この僕から逃げようなんて、そんなこと僕が許すわけないだろう? 一度でも標的を決めたら、しっかりと噛みつくっていうことをここにきて学んでいるんだからね」

「それはいいことなのか、そうでないのかちょっと分かりにくいですね。いや、捉えようによっては忍耐力があるとかになるんですかね……。でも、ここの人たちって独自の価値観で勝手に捻じ曲げることも日常的にあるからなぁ」


 パチリ、と軽く莉音がウインクをしながら言った言葉を聞いて理玖は首を傾げている。いいことを言っているように聞こえるのだが、いかんせん彼にはその言葉の裏側に隠された都合のいい何かが見え隠れしてしまっているのだろう。あながち間違いでもないのだが、莉音の言葉は言葉通りの意味でしかない。


「で、探偵ごっこを楽しんでいたのはどこの誰だったんですか? 場合によっては、凸するのも考えますけど」

「それは必要ないよ。なぜなら、探偵ごっこをして首を突っ込んできたのは蝶屋敷にあるパソコンからだったからね。馨くんが、口調が女性的で男性的と言っていたところがあっただろう? あれは、蝶と蛾が入れ替わって推理をしていたからだと思うよ。まぁ、正直この二人であればお互いをお互いように偽ることはできるから、明日行く時にでも聞いてみればいい」


 存外、すぐに探偵がわかったことに対して驚きを隠せないのか理玖は数回瞬きをして固まってしまっている。

 このような深層ネットワークでのやり取りは、その大元をたどることは極めて困難である。どれほど素晴らしい腕前をもつ技術者であっても時間を要してしまうことだってあるほどだ。それほどまでに、莉音の腕がいいのか。もしくは、この異能課に置かれている設備屋ネットワーク環境が完璧なのか、その全てなのか。

 彼の結果に、驚きつつもすぐに納得をした馨は「ふむ」と自身の顎に手を添えてこれからどう動くのかを脳内でシミュレートし始める。普通に問い詰めたところで、何かはぐらかしてくることは目に見えている。蝶、もとい蝶梨相手であればただの雑談から範囲を広げて話したり、質問すれば大抵のことは素直に教えてくれる。だが、相手をするのが蛾改め菰是灯牙である場合は簡単にいかない。


 ――蛾である場合を考慮して、何か証拠を。でも、ここでの証拠は証拠とはいえない。蛾をいい感じにこっちに引き込むことができればどうにでもなるんですけど。


「それにしても。御堂さんって、こんなわずかなことからここまで推測できるんですね」

「……いや、お世辞にも彼女はそこまで頭がいいとは言えません。技術はすごいんですがね。まぁ、人には得て不得手というものがあるのでそれはいいでしょう。私が大量惨殺が得意なように、虫一匹も殺すことができない人がいるのと同じようなものですよ」

「いや、その例えはいささか違うような、分かりにくいような……」

「別に解説するための例ではないのでわからなくとも結構。でも、確かにわずかな言葉だけでここまで推論を組み立てることができるということは……」

「蛾は何かを知っていて、裏で動いている可能性がある、ってことじゃあないかな。でも相手はあの蛾だ。いい感じに丸め込まないと、逆にこっちの情報だけを抜き取られて取り込むことができないなんて可能性も出てくる。彼を相手にするときは、慎重にするんだよ」


 少し肩をすくめて自身が丸め込まれたことがあるのか、何処か悔しそうな表情をしながら莉音がそう告げる。馨は、眉を下げて苦笑をして頷くだけだ。理玖は、まだ蛾と呼ばれる男と会ったことはないが彼からしてみればそこそこの曲者になる二人を丸め込むことが出来る程の口達者な曲者である、という勝手な印象が出来上がっていく。

 あながちその印象は間違いではないのだが、彼の蛾に対するイメージを馨たちは知る由もない。


「よ、用心します……」

「でもまぁ、蛾は高砂少年のようなタイプは大好きな人ですからね。ちょっとからかわれることはあるかもしれませんが、私や莉音さんみたいに気づかないうちに丸め込まれるようなことはないと思いますよ。あの男は、素直な人が大好きですから」


 ――なんだろう。騙しやすそうで、という甘羽さんの副音声が裏で聞こえるような気がするけど気にしてはいけないことだけはなんとなく理解できたかもしれない。


「まぁまぁ。……ともかく、面白い推察をしてくれたのは蝶屋敷の面子ということは確定しただけ良いことにしようじゃないか。じゃあ、僕はもう部屋に戻るとするよ。今日は昨日結構遅くまで居たからその分早上がりをするとボスに話していたんだ」

「そうだったんですね。それは、引き留めてすみませんでした。お疲れ様でした」

「お疲れ様です、浅海さん」

「うん、お疲れ様。二人ともも頑張ってね。蝶屋敷では精神力がごっそりと抜かれるだろうから、今日は早めに帰ってぐっすりと眠ることをお勧めするよ」


 莉音はいつの間にか業務パソコンの電源を切っては、部屋に戻る準備をし始める。彼もここに住んでいることから、適当に貴重品だけを手にして二人に手を振って執務室を出て行った。

 そして入れ替わるようにして、莉音の担当監視官である藍が入ってくる。


「全く。二人とも、ちょっと莉音を酷使し過ぎじゃないかしら。あいつ、目の下に薄っすらと隈が出来ていたわよ……」

「そ、それは申し訳ないですね……。僕、結構近くで浅海さんを見ていたんですが化粧で隠していたんでしょうかね……」

「まぁ、そうでしょうね。莉音さん、化粧上手いですし。それにしても、うちにこういうことに強い人が居ないので仕方がないですよ。……後任者を作る必要があるというわけですね。高砂少年、どうですか? そういうこと結構好きそうじゃないですか」

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