第16話

 現場を確認している馨を見習うようにして、理玖も捜査の邪魔にならない程度で歩き回っては何かをメモしたり時には写真に撮ったりとしている。ふと、何かの臭いを感じてその方向へと視線を向ける。そこにあったのは、おそらく何か入っていたのであろうと思われる割れたガラス。火の周りが酷かったのか、見事なほどに骨組みしか残っておらず、大体のものは焼け落ちてしまっている。


「お前さんは、見ない顔だな。新人か?」


 不思議そうにかろうじて残っているガラスを見つめていると、後ろから声をかけられてびくり、と肩を震わす理玖。彼はそのまま、壊れたロボットのようにギギギと首を回して声をかけてきた人物を確認する。その人物は、ややふくよかな見た目をしているがしっかりとスーツを着込んでいる中年と思わしき男性。

 ひげはある程度剃られているのか、パッと見た限りでは見受けられない。言って仕舞えば、人の良さそうな人、である。


「新人、まぁ……そうですが」


 どこの新人なのか、ということは一言も聞かれていないのでこちらからもいう必要はない、と勝手に判断した理玖は男性の言葉に頷きながら言葉を返す。男性は、理玖のことを頭からつま先まで見てそっと周囲を見渡す。彼を確認した後に何かを探しているそぶりをしていることから、刑事課の新人ではないということをわかっているのだろう。

 写真を撮りつつも、時おり誰かを口論をしている馨のことを見つけては苦笑をして男性は彼女を指差して再び口を開いて話だす。


「甘羽嬢の監視官は、大変だろう?」

「え、まぁ。でも、慣れてしまえばそうでもない、ような。あの、失礼ですがあなたは……」


 少しだけ訝しげな表情をしながらも、丁寧な言葉遣いを心がけて話しかける。男性は、そんな理玖に対して何が面白かったのかは不明だが盛大に腹を抑えて笑っては目尻に涙を溜めている。首を傾げながらも、この人はそこまで嫌な人ではないのかもしれない、と脳裏に考えがよぎったと同時に男性は話し出す。


「ああ、急に笑ってすまんな。なんだ、その。入ってきたばかりの、宵宮坊にそっくりで笑っちまった! 儂は、南郷永ナンゴウヒサシだ! 元宵宮坊の育成役、と言えばお前さんは警戒することもないかね」

「ちょっとちょっと、南郷さん。高砂少年はおからメンタルらしいのであまり突かないでやってください」

「おからメンタル? 豆腐メンタル、とかは聞いたことがあるがぁ……おから?」


 いつの間にか口論を終えて、二人の元にやってきた馨は助け舟に入っているのか否か不明な言動を男性、改めて南郷にする。彼女が平然と話しているところから、南郷はそれなりに異能課とも関わりがある、もしくはお世話になったことがあるのだろうと判断した理玖は人知れずに警戒を解く。彼が警戒を解いたことを雰囲気だけで察したのか、南郷は自身の顎に手を添えて「ふむ」と告げてから馨を一瞥した後に再び理玖を視界に入れる。

 何か質問されるのか、と少しだけ身構えていると彼が理玖に聞いたことはなんでもないことだった。


「おからメンタル、とはどんなメンタルなんだ?」

「あ、私も気になっていたんですよね。考えたんですけど、よくわからなくて放棄したので。ぜひ、正解を聞きたいです」

「正解って……。単純に、風吹けば散ることもありますけど水が含まれていれば大丈夫っていうだけで」

「スイッチによってはメンタルの状況が変わるってことか。良いのか、悪いのかって感じだな」


 ぐぬぬ、と複雑な声を出しては首を傾げている南郷を見て小さく笑っている馨。そんな談笑した雰囲気もスッと切り替わり馨は真剣な表情で焼け落ちてしまっている研究所があったであろう場所を指差して話し出す。


「南郷さんがここに派遣されているってことは。……あの研究所、やっぱりあれですか」

「ああ、あれだな」

「お疲れさまです。ちなみに、南郷さんから見て彼。高砂理玖は、どう見えますか?」


 自然な流れで、馨から紹介を受けた南郷は自身の顎に手を添えて眉を顰めては首を傾げている。彼女のあまりにも自然な紹介で、理玖は自己紹介をしていなかったことに気づいてはそっと視線を下げてしまうがすぐに真っ直ぐと目の前にいる二人を見据えて苦笑をしている。どうせ、できなかったことを今更後悔したところであまり意味はない、とすぐさま判断したのだろう。

 彼の思い切りの良さや、見切りのつける速さは馨でさも感心するほどだ。理玖としては、どうしようもないことに悩んでいるくらいなら見捨てた方がいい、という何気ない考えなのかも知れないが。


「そうだなぁ。……パッと印象だが。あれだ。宵宮坊の新人のことにえらくそっくりだ。うんうん、あいつがスカウトする理由もちっくとわかるもんがあるっていう感じか」


 腕を組んで、うんうんと首を上下させては頷く南郷に対して「へぇ」というだけで特に関心があるのかはわからない馨。理玖としても、その評価はいいのか悪いのかはわからないが南郷から漂っている雰囲気はあくまでも昔を懐かしむようなものであり悪いものではない。彼にとっても、伊月の新人時代はそんなにも嫌な思い出の一つということではないだろう。

 だからといって、その思い出がいいものなのかと言われて仕舞えば彼からしてみればわからない、というのが回答になってしまうのだが。


「ま、南郷さんが言うのですからそうなのでしょうね。じゃあ、南郷さんという素晴らしい後ろ盾が来てくれたので私たちもある程度の情報収集をしましょう。正直、思っていたよりも普通の焼け野原で何を探すんだってレベルなんですけどね」


 思っていたよりも火の周りが強かったのだろう。

 唯一残っているのも、それから何か導き出すことができるのかと言われて仕舞えば首を傾げるか目を背けるくらいしかできなくなる。それほどまでに、この場所は悲惨な状態になっているのだ。

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