第12話
「それにしても、花月さん」
「何かしら」
「今回は素材の味を引き立たせる味なんですね。薄味だけど、全くないわけではない。噛み締めるたびに、ふわりと口内から鼻にかけて辿る旨みが最高にいいですね。あ、勿論お題は領収書込みで伊月室長にツケておいてくださいね!」
「いつものことね」
今は一応業務中であるのにも関わらず、変わらない自由さと会話。
理玖はこんなものなのか、と感化されながらも全て食べ終えて箸をおき手を合わせていた。そっと時計を見ると大体夕方前になっている。様々な場所を行き来しており、昼食が遅くなってしまっていたがどうやら時間的には遅めの昼食というよりも早めの夕食でも通じる時間帯に食べてしまったらしい。
馨はいつものように、会計を依頼しておりいつの間にか鞄を手にして帰る準備をしている。
ここから異能課事務所がある警視庁まではそれなりの距離があるので電車で乗り継ぐのか、タクシーを使うかのどちらかになるのだが理玖は再びタクシーを使うのか、と思いながらも鞄を持ち帰る準備をする。刹那、花月が棚から車の鍵らしきものを取り出してこちらも外に出る準備をしていた。
「あれ、女将さんもお出かけですか?」
「あ、帰りは花月さんの運転で帰ります」
「毎回恒例なのよね。気にしないで頂戴?」
「な、何から何まですみません……。食事代は宵宮さん持ちで後から支払われるのでしょうが、なんだか全部してもらっているような感じになって申し訳ないです……」
先に店から出た二人は、店の前で花月と彼女が運転する車を待つ。出た瞬間に、内側から鍵がかけられた音がして、おそらく裏口から出てくるのだろうなとぼんやりと考える理玖。
結局のところ、今日は張り込みなどもしておらず調査という調査もしていない。したことといえば、馨の気まぐれのままに軽い聞き込みをしてから莉音が割り出した現場を実際に見たことと。理玖に限った話をするならば、その現場で中学生くらいの少女と少し会話をしたくらいだ。
「正直なところ、楽な仕事なのかそうでないのかわからないですね……」
「極端なんですよ。案件によりけりってところでしょう。一歩間違えば命の危険が隣り合わせということはすでに経験済みでは? 定年退職をする前に、体が動かなくなり退職をやむ得なかったというのもあると聞いたことがあります。まぁ、監視官も怪我をするのは東京本部と京都支部の一部の監視官くらいでしょう。基本的に、監視官は異能官を駒としか考えませんから」
数時間前の、老人から教わったのかまるで将棋を打つようなそぶりをしてはケタケタと何が楽しいのか笑いながら告げる。
政府の機関に所属していたとしても、異能官は所詮は異能力者でしかなく人権も存在していない。異能官には、なけなしの人権は存在しているがそれは人権というよりも政府の所有物というものであり人の権利とは言い難い。殴られて、刺されてその犯人を逮捕できるのは彼らに人権があるからではない。なぜならば、捕まった人の罪状は「器物損壊」になるのだから。
「駒、ですか」
「でも、そういう割り切りは必要だと思いますよ。ビジネスライクっていうんですか? 何事にも肩入れしすぎるとかえって面倒なことになったりすることもあると聞きます。……そう考えると、やはり。伊月室長は人を見る目があるのでしょうね。もしくは、……いえ、これは置いておきましょう」
何か言いたげな表情を見せるも、にこりと微笑んでいつものような感情が読めない笑顔になる。
馨は基本的に面倒そうな、気だるそうな表情をしていることが多いが笑顔でいることも多い。だが、その表情は明らかに作られており一定の何かを保っている。家族の中で唯一の男だった理玖からしてみれば、幼い頃から女性の気心が変わる様や繕う表情、声とは隣り合わせて生きてきているので何かとわかってしまうものがあるのだろう。だからと言って、それらに関して追求することもないのだが。
追求したところで、のらりくらりとかわされてしまうことなど想像に難くない。
「お待たせ。二人とも、後部座席にどうぞ?」
明らかにスポーツカーと思わせるほどのかっこいい車が店の前に止まったと思えば、助手席の窓が開いて運転席に座っていた花月が二人に向かって声をかけている。理玖は、まさかおっとりとしている雰囲気を持つ和服を着こなす女将がガチガチの車に乗っているとは思わなかったのか目を丸くさせて唖然としてしまっている。
隣にいる馨は「はぁい」と間延びした返事をして、当然のように扉を開いて後部座席に座った。理玖は急いで、それに続いて乗り込んで扉を閉める。
「じゃあ、警視庁まで行くわね」
「お願いしまぁす」
「……これが、至れりなんとやら、なのかもしれない。甘羽さん、このまま事務所に戻っても就業時間まで後少しというところですが軽く調べたことを共有して解散ですか?」
「まぁ、そうですね。高砂少年は通いですからそうなります。私は地下にある自室に住んでいるので、ちょっと気になることを調べておこうかなって。勿論その分の給料は請求するので、サービス残業ではないですよ?」
同じ場所に住んでいるが故にできることなのだろう。
彼女の言葉に呆れながらも、ふと思い返す。この女、今平然と気になることがあると言ったのだ。理玖は頭を抱えそうになりながらも盛大なため息をそっと飲み込んでじとりと隣にいる馨へ視線を向けて口を開く。勿論、彼の口から出てくるのは文句である。
「また共有してないですね、甘羽さん」
「言われていなかったんで、事後報告でいいかなって」
「仕事において、報連相が大事だってあなたが言ってたんですが!?」
「ええ、報連相は大事です。ですが、別に確証があったわけでもないですし個人的に気になっただけなので。言って仕舞えば、もしかすると業務に関係があるかもしれない雑談だったので。勿論、聞かれれば話していましたとも。雑談なので?」
後部座席で行われている会話を聞いていた花月は小さく微笑んでいる。
特に彼女が何か会話に参加することはないが、理玖は何度目かもわからないため息をついて頭を抱えて頭を垂れてしまっている。隣に座っている馨は、特に何も思うことはないのか鼻歌混じりで機嫌よくスマホをいじっている始末だ。廊下で寝落ちして倒れてしまうほど昨夜はスマホゲームのイベントを進めていたのに、現在もそれをしているのだろう。
聞けば答える、と先ほど言った言葉を信じて理玖はあくまでも雑談という体で話しかける。
「で、何が甘羽さんの中で引っかかってるんですか……」
「単純に、なんで死体を持ち去っているのかという一点ですよ。サイトでも色々邪推してくれていましたが、結局のところどんな理由で死体を持ち去っているのかなぁって」
スマホをいじりながらなんでもない雑談のように話す馨。彼女にとっては、雑談でしかないのだろうが理玖からしてみればある意味で業務に関係しそうな話であるために真面目に話を聞いている。確かに、なぜ死体を持ち去るのかという話は莉音たちと共にサイトを見ているときも思っていたことである。
理由もなく何かを行う場合もあるかもしれないが、大抵は理由がある場合が多い。
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