第13話

「そうですね……。実験をしたかったとか?」

「実験であれば、死体である必要はありません。全てが消えているならまだしも、欠損した死体の説明は?」

「不要になったから捨てた?」

「ただでさえ持ち去っているのに、捨てるだなんてリスクが高くなることをすると思いますか? いや、愉快犯とかだったらするかもしれないですけど。それに、高砂少年が考えることは別に異能力者でなくともいいでしょう」

「そもそも、持ち去っているのが異能力者だっていう証拠も何もないじゃないですか。そうやって決めつけて話を進めると絶対に後で痛い目を見ることになりますよ!」


 理玖のいう通りであるが、彼女たちが駆り出されている結果から考えて犯人は九割ほど異能力者であると言っても過言ではないだろう。勿論、特務室所属の普通の人間が調査した結果「怪異ではない」と結論づけた場合は異能力者と非異能力者どちらかの犯行であるということを念頭においてさまざまな可能性を探る必要がある。

 だが、今回「怪異ではない」と断言し加えて「異能力社である」と言ったのは怪異そのものなのだ。

 その怪異が嘘をついている場合は、全てが台無しになってしまうがその怪異は嘘をつくことはない。そもそも、一つでも嘘を述べた場合は怪異と契約している花織が気づかないわけもなく。彼女がそれを隠すわけもないのだ。否、実際は隠すことはできるが馨を目の前にしてそのような愚かなことはしない、というだけである。


「琥珀龍が異能であると言った時点で、ほぼ犯人は異能力者で確定ですよ」

「う、嘘をついているかも……って、甘羽さんには通用しませんよね。でも僕は非異能力者である可能性もちゃんと視野に入れて動いていきます。甘羽さんは、異能力者に絞って動くようですけど! それで見逃して、僕を頼っても知らないですから!」

「どうぞご安心を。どうせ、高砂少年が半べそになりながら私に助けてくださいって言ってくるでしょうし。……先ほどの死体持ち去りの件ですが私の推測では理由があったと考えています。そうせざるを得ない理由がね。では、なんだと思います?」


 ある程度の推測を言っておいて、その先のことは話さず質問をして回答を求めてくる。

 これらのやり取りにはもはや慣れたものがあるのか、理玖はまるで梅干しを食べたような酸っぱい顔をしながら眉間に皺を寄せている。まるで、文句を言いたいが文句を言ったところで意味はないので回答を渋々考えているというものが似合うほどの表情であり、表情ひとつでそこまで人に察せさせることができるほどだ。

 バックミラーで後部座席の様子を見た花月も、理玖のなんとも言えない表情は面白かったのか目元を緩めて楽しそうに口角を上げて声を出さずに笑ってしまっている。


「その死体に犯人につながる証拠があったから?」

「昔やったゲームにそんな感じのやつありましたね。で、他には?」

「あ、ハズレなんですね。……証拠系じゃないなら、誰かに命じられた?」

「可能性としてはあるでしょう。ここで雑談なのですが、火車というものは一説によれば獄卒が燃え盛る車を引いて罪人の亡骸や生きている罪人を攫うことがあるらしいですよ。ちなみに、片道切符の地獄行き」

「判決が重くないですか?」

「さぁ、どうでしょうね」


 話している内容は、いたって仕事関連のものであるはずなのにも関わらず二人は本当に雑談のような声色と口調で話し続ける。何も知らない人が聞けば、小説やゲームの話をしているのだろうかと勘違いをしてしまうほどに軽やかな雰囲気さえも纏っているほどだ。


「あと考えられそうな、そうせざるを得なかった、は。……生きるため、とか?」


 パチン、と指を鳴らした音がする。

 まるで正解だ、と言わんばかりの行動に目を細めてため息をつく理玖。馨は、誰かに命じられた可能性も考慮はしていたらしいが彼女としては生きるために仕方なかった、と考えていたのだろう。


「怪異とは関係ないと琥珀龍が言っていましたが。先ほども言った火車や猫又というものは死体を持ち去り地獄へ持っていきます。いろんな伝承がありますが、先ほど話したような感覚で大丈夫です。他にも、死体が必要なやつがあったんですよね」

「ファンタジックに考えるなら、死神とか、グール、ゾンビ……いや、死神が必要なのは魂だから違うか。ということは……」

「グール、とかどうでしょうか。日本では、死を喰らう鬼と言われている存在です。彼らは生きるために、人間を食べる。致し方なしで死体を持ち去るには十分な理由ではないですか?」

「いやいや、だとしてもファンタジー過ぎるでしょ。もっと現実的に……って、異能力者がいる時点であれか。というか、僕って異能力についてあまり知らないんですけど、そんなことってあり得るんですか? そんな異能力って、もはやデメリットの塊でしかなく恩恵なんてないじゃないですか」


 何気ない理玖の言葉に、数回瞬きをしてから大袈裟に肩をすくめて両手を上げてはため息をつく素振りを見せる馨。確かにその素振りは大袈裟ではあるが、呆れているのが痛いほどにわかる。だが、彼は本当にここに来るまで無関心に無関心を重ねたような性格が高じて大体のことを知っているようで知らないことが多い。


「異能力は万能ではあることは認めますが、完全でもなければ必ずしもプラスの意味合いになるというわけでもないんですよ。これを病気を称する人もいますが、まぁ、言い得て妙でしょう。高砂少年は、メリットしかなさそうな異能力しか見ていないので余計に恩恵があるものっていうイメージがついてるんでしょうね」


 自身の髪の毛をくるくるを手慰めでいじりながらも、息をつく馨。

 異能力というものは必ずしも、当人からしてみていいものであるとは限らない。行き過ぎた祝福は時に呪いと同意であるというものと同じものであり、行き過ぎた能力はもはや病気のように思えてしまうほどなのだ。加えて、何も代償なしで万能の力を得ることが必ずしもできるわけでもない。何かを得るには、何かを差し出さなくてはいけない。

 等価交換、と呼ばれるそれは異能力でも適応される場合が多いのだ。


「病気、ですか」

「残念なことに生きているうちに治す方法はないので、一生これを付き合ってあげる必要があるんですけどね。……完治不能の不治の病、というのがピッタリではないでしょうか」

「その例えはとてもわかりやすいわよね。異能力者は未知の不治の病を患っている患者。非異能力者は、健常者っていうところかしら。健常者は、未知の病気を恐れて罹患者を軽蔑して遠ざけるという具合ね」

「花月さんもたとえが上手いですね。まぁ、そういうことですよ。こういうことは、少しづつ知っていくでしょう、嫌でもね。誰かの話を聞いても理屈でしかないので理解できない、理解は難しいでしょう。ならば実際にそれらを目にして体験をする。そうすることにより、きっと君は今よりもワンランクアップしたものになるでしょうから。そのレベルアップが果たしていいものなのかは私にはわかりませんがね」

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