第14話

 無知であることは、それだけで免罪符になり得る。

 馨はゆっくりと目を伏せる。無知であること以前に、無関心であることがもっとも危険であるのだ。そっと隣に座っている理玖をじっと視界に入れてはゆっくりと口を開いて話だす。


「昔、何かの本で読んだことがあるのですが。“無知は罪なり、知は空虚なり、英知をもつもの英雄なり”ということがあります。誰が言った言葉なのか知りませんけど、無知は罪に該当し、たとえ知識を知っていても意味はなく、その知識を使え行動をするものが英雄であるということなんだろうと思いますが。私は、本当の罪は無知ではなく無関心で知ろうともしないことじゃないかな、と常々に思っています」


 びくり、と理玖の肩が動く。

 無関心、何一つとして知ろうとしない。それらは、ここに来る前の理玖そのものだ。物事に関心があるように、まるで善人のような表情と態度で人と接していながらも何ひとつとして知ろうとしない無関心さ。本人は何も思っていないだろうが、そのようなものは意外にも人から見てわかるものである。

 だからこそ、馨は彼と一番最初の任務に行った時に時折突き放すようなことを言ったりと苛立ちをぶつけることもあった。

 最終的に、彼もそれに気づいてなんとか歩み寄ろうとしたこともあり今のような関係に落ち着いている。彼が、それらを理解せずに「こうあるべきである」と型にハマった誰の言葉でもない無関心を隠したそれを貫いていれば彼女はコンビを解消していたことだろう。


「全てを知ろうとする必要はありません。この世界は情報で溢れかえっています。何が必要で、今自分が知っている知識は本当に正しいものなのか、間違っていないのか。それらを考えるだけでも、いいと思います。それで間違いに気づくことができれば、そこから軌道修正をすればいいのです」


 イタズラが成功した子供のように目元を緩めては笑う馨。

 それと同時にピタリと車が止まり、警視庁に戻ってきたことを告げる花月の瞳。馨は軽く彼女にお礼を言ってから、扉を開けて外に出る。理玖は少しだけ目を泳がせては息をつく。その様子を、バックミラー越しに見ていた花月はこれまた楽しそうに上品に微笑んでは口を開いて言葉を紡ぎ出す。


「きっとあなた達は、いいコンビになるわ」

「え……?」

「私も弟と同じくらいに人を見る目はいいの。だから言えるのだけど、あなた達二人はいいコンビになる。最初は誰しも無知で手探りだもの。過去は変えることはできなくとも、今は変えれるでしょう? 当然のことだけど、今が変われば未来は変わる。間違えてもきっと周りの人がそれを指摘して、道に戻してくれる。だから、今は手探りでいいと思うわ。……じゃあ、お仕事頑張ってちょうだいね」


 まるで彼への激励のような言葉に対して、目を細めて「ありがとうございます」と軽くお礼を伝えてから理玖もそそくさと扉を開いて外に出る。そっと扉を閉めて、走り去っていく車を遠目に見ながら少し離れた場所で自身を待っていた馨の元へ小走りで向かって行った。



 事務所に戻った二人を迎えたのは、異能官である羽風と莉音。そして、伊月の三人だけだった。事務所を出る前には確かにいた他の監視官がいないことに首を傾げた彼を見て、馨はそっと自身の腕時計を指差した。


「ああ、退勤時間だったんだ」

「ええ、そうです。伊月室長はもはやここに住み着いてますのでさておき。私たち、異能官の家はここですからね。自室に用事がない場合は、ここで一緒にご飯を食べたりゲームをしたりしているんです。ほら、この部屋に簡易キッチンとかもあるでしょう?」


 馨は自席に戻っては、同じように自席に戻って隣にいる理玖に説明をしながら簡易キッチンを指差す。

 この執務室には、普通の執務室とは異なりこの部屋だけでそれなりに生活ができるように電化製品も設置されていれば簡易キッチンも完備されている。余談であるが、彼らの自室にも当然冷蔵庫や電子レンジ、簡易キッチンは存在している。それでも、馨の話からすると異能官は基本的にみんなで集まって食べることが多いのだろう。

 仲がいいのか、もしくは互いに監視をしているのか。


「室長、お腹すいた」

「羽風。君ってば、さっきまでずっと焼き菓子を吸い込むように食べていたじゃないか。もうお腹が空いてしまったのかい? ボス、せっかく高砂監視官もいるのでここは出前をとってみんなで食べるのはどうでしょうか」


 自席に座っては、何かをしていた莉音は羽風の言葉に呆れながらも伊月に提案する。

 書類を数枚手に取って確認をしていた伊月は、「ふむ」と声を漏らしてからまるで「君はどうしたい」というように視線を理玖へと向ける。突然、言葉もなく選択を委ねられた理玖は目を見開きながらどうするべきか、とこれまたなぜか隣に座っていた馨に助け舟を求めてしまう。


「なんで私に……。ああ、そうだ。高砂少年は料理ができるようですし、彼に振る舞ってもらうのはどうでしょうか。食材は多くストックされていますし」

「あ、それは、いい考え。高砂、私は甘めの味付けがいい」

「おや、それは高砂監視官に負担がかかるのでは? 僕は洋食の気分だから、洋食系統ならばなんでも構わないよ」

「私はふわふわのデミグラスソースがかかったオムライスが食べたいですね」

「お前達なぁ……。莉音も、ちゃっかり注文しているじゃないか。……しかし、洋食か。グラタンとか久しく食べていないな」

「……」

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