第34話
「高砂監視官ってモテるんだね」
「いや、あれはモテるとかではなくてですね。いい人だからですよ。こう、ギャルゲーでめっちゃくちゃアドバイスしてくれる友人ポジ的なアレです。いい人なんだけど、付き合おうとは思わないなぁっていう感じのやつですよ」
「僕はギャルゲーはしないから分からないけど、馨くんの後半の説明で全てを察してしまったよ。確かに、高砂監視官はそんな感じがするよね。無関心だけど、それを表に出していないというか。まぁ、それこそ説明が難しい。さて、監視範囲を広げてみたけど……何か、変わったこととかあるかい」
「見る感じでは、いえ。日葵さんが向かった方向へカメラを向けてください。……うん、そうそう。ねぇ、この人って明らかに彼女のことを追ってませんか?」
馨は、モニターの中に映り込んでいる一人の女性を指差す。
その人は木陰に隠れるようにして、周囲を見渡している。手にはゴミ拾いで使うトングとゴミ袋を持っているので一見するとゴミ拾いをしている女性、というふうにも映ることだろう。
「声かけ対策としてゴミ拾い、かな。なかなか頭が回るのか、もしくは誰かの入れ知恵なのか」
「どっちでもいいですよ。高砂少年もこれがわかったから、カメラで追えって言ったんですよね。日葵さんがどこにいくのかわかればいいんですけど……」
「番号もわからない携帯に潜り込むことは僕でもできないよ」
「はぁあああ……。では、わかる範囲の情報で頭を動かすしかないのですね。あと、高砂少年をうまく動かしていく。うん、遠隔ゲームと思えば楽しくなってきたかも」
「確実に馨くんは相手よりおバカさんだけどね。そこは大丈夫だろう。天才の僕がいるのだから」
「お、莉音さんがそういうのは珍しいですね。では、ゲームスタート、いや。オーダー開始といきましょうか。いや、もっとかっこよくいいたいな……ああ、そうだ。」
「反撃のお時間です、ってね」
「あ、今すごく決まりませんでしたか!?」
「その言葉がなければね」
嫌な予感がする。
今の理玖を動かしているのは、ひと匙の後悔とその勘の二つだけだった。日本には、異能力者を摘発するため、また彼らによる犯罪などを監視するために多くの監視カメラが設置されている。外にいるのに、どこかしら誰かに見られているという感覚がじんわりと感じながら理玖はスマホを確認しながら足を進めている。
彼の耳には、白い無線イヤホンが付けられている。
『あ、今位置情報が送られてきました。高砂少年、本当になんというか。私と同じタイプですね?』
「まさか。……いや、まぁ。うん、そうかも知れないですね。もう正直面倒なので、そういうことにしておいてください。隣にいないのに甘羽さんがニヤニヤしているのが想像できたので」
実のところ理玖は、日葵と別れるその間際。彼女に気づかれないように彼女の発信機を取り付けていた。
そのおかげで、理玖たちは現在日葵がどこにいるのかを確認できている。余談であるが、彼が異能課グループチャットにことの経緯を簡易的に投下したことにより彼のスマホは現在莉音の管理下にある。言って仕舞えば、彼のスマホの画面は現在進行形で莉音による遠隔操作のおかげもあり異能課にあるモニターに画面共有されていた。
口にして話しているが、肝心なことは全てメッセージで伝える。
これは、馨と莉音から理玖の周りにいる不審者がいると伝えているからだ。下手なことを話して、面倒になるくらいならは関係のないことは口に出させて重要なことはメッセージするということになった。あまりにも話しすぎないと、逆に勘繰られるから適度に適当に話しておこうということなのだろう。
『でも、高砂監視官のおかげで彼女の周辺にある監視カメラに潜入ができるからありがたいよ。新人にしては、とてもいい動きをすると思うよ』
『そりゃ、私の飼い主なんですからね。莉音さんも言っていたじゃないですか。飼い主も飼い犬に似てくるって』
「似てくるっていうよりも、元々似ていたというのが正しいような気がしますけどね」
理玖は雑談に対して苦笑をしてしまう。そっと不自然にならない程度で周囲を見渡しては何度目かもわからないため息をつく。雑談は続き、馨はふと何かを思ったのか質問を投げかけた。
『そういえば、今回はやけに首を突っ込みたがりますよね。もしかして、日葵さんに惚れたとか?』
「それはないですね。……妹に似ているから首を突っ込んでしまうんだと思います。とにかく、急ぎましょう」
『この位置は、かなり遠回りになっているから気づかなかったけど。今日の朝に死体が見つかった場所の近くに向かっていることになるね。だけど、まだここには警察がいるはずだから……目的地は、別にある可能性が高いか』
カタカタ、とリズムよく叩かれるキーボードの音がする。
自身もスマホに指を滑らせてから、そっと息をのむ。書かれたメッセージは「話しかけてきます」という言葉ひとつだけ。その意味を理解できないほど、馨たちは無能でなければ鈍感でもない。自身が現在、ストーカーされていることを理解した上でその人物に話しかけると彼は言っているのだ。
ある意味でそれは危険な自殺行為になり得る。だが、それと同時に何か得られるものがあるかも知れない。これは、一種の賭けの一つなのだ。
「こんにちは。今日の朝ぶりですね、お姉さん」
「……!?」
木陰に向かって声をかける理玖は、恐れることなく足を踏み出していく。一度仕事であるが、腹部を刺されたことがあるゆえなのか。もう気にすることはやめたのか。はたまた、どうでもいいからこそなのか。もしくは。
もしくは、あの時と同じ後悔をしないためなのか。
「僕をつけまわして、楽しかったですか? おっと、これはストーカーになるのかな。はぁ、都会っていうのは怖いものですね。折角ですし、警察に通報してみようかな?」
「……な、そんな証拠、ないじゃない? それに私があなたを、つけまわしていただなんて……、それこそ、言いがかりでしょう」
「証拠はこの街に多く設置された監視カメラと。……あなたのスマホが教えてくれるんじゃあ、ないですかね?」
にこりと微笑んで、感情ひとつ捉えさせない。
まるで能面のように何を考えているのかこちらに一つも悟らせない、その表情は。女性をびくり、と軽く怯えさせるには十分すぎたのだろう。まるで言い訳を考えるように視線を右往左往させている。
――僕の予想では、多分この人は駒だ。
思えば、不思議な質問を自分にしてくると思ったのだ。
異能力者と非異能力者は友人関係になることはできるのか、とか。あとは、日葵のことを気にしていたり。馨の前ではやけにそっけなく対応をしていたが理玖だけになると普通に話していたり。話していた内容でさえも、異なっている。まるで、彼のことを試すような、何かを探ろうとしていたような。
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