第33話

「ううん。今日は私も見ていないよ。というか、午前中は部屋に引きこもって寝ていたし、あなたたちはそれからここにきたんでしょう? 私がここにきたのは、本当にさっきのことだから」

「そうなんだね。……じゃあ、あのお爺さんが行きそうな場所とかわかる?」

「分からない。私も仲がいいと言えども、少し話して。おじいちゃんと将棋をしていた程度だったから。他の人も、少し話をする程度あなたが思っているような仲がいい人というわけではないよ。多分、明日誰かが死んでも詮索はしないと思う」


 少しだけ寂しそうな表情で告げられるその言葉は、どこか重苦しくて。

 それは子供の姿をした、大人のようにも見えてしまうほどのアンバランスを秘めている。理玖はどうするべきなのか、と考えた結果。そっと手を伸ばして、日葵の頭に手を乗せて軽く撫でた。この対応には彼女も驚いたのか、寂しそうな表情はすぐに驚きに塗り変わる。


「……へ?」

「あー、いや。こういう時って、どんな対応をすればいいのか分からなくて。妹と同じ対応をしてみた、というか。ごめんね、その他意はなかったかな」


 妹のことを話す彼の姿は、どこか触れてはいけない何かを感じさせる。

 日葵は、少しだけ考えるそぶりを見せて視線をまっすぐ理玖を捉えて口を開いて話し出す。それはどこか、確信を持っているような。それでも、相手を傷つけないようにと細心の注意をするように。


「その妹さんはもういないんだ」

「そうだね。まぁ、思い出してもっていうか。……君は、どこかその妹にそっくりなんだ。ちなみに、昨日僕と一緒にいた甘羽さんはもう一人の妹とそっくり。気分家でわがままなところとかね」

「妹が二人もかぁ。いいなぁ。私も、お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったかも。……私は一人っ子だったから、そういうのはちょっと憧れがある」

「僕は一人っ子、羨ましいかも。でも、両親とはあまり仲が良くなかったから妹がいたのがまだマシだったかも。実は僕、父親が三人ほどいるんですよね。もう全員顔も覚えてないけど」


 苦笑をしながら自身の身の上話を行う理玖に、耳を傾けていた日葵だったが思わぬ言葉に何度目かも分からない回数の驚きで固まってしまっている。両親が離婚して、再婚した。それだけであれば、何かと多い世の中であるがどうやら彼は両親が離婚した後に、紆余曲折あり現在に至るまで合計三人の父親がいたことがあるらしい。


「お兄さんは、両親のことが嫌いなの?」

「嫌い、とかじゃなくて。本当にどうでもいいんだよ。死のうが、殺されようがね。それに、……あまり詳しくは覚えていないけど、幼い頃に母親に殺されかけたことがあるみたいだし。母親と言えども、血のつながった他人ってこと。僕はそう、思っているってだけなんだけど」

「な、なかなかに壮絶な人生……。私も大概な人生を歩いていると思っているけど、上には上がいるみたいな感じなのかな。案外探せば、そういう人は多くいるってことがちょっとわかった。この数分で……」

「数分にしては、なかなかに濃い話だったよね。君は両親のことは好き?」

「……どう、だろう。好きか嫌いで言えば、好きだけど。でも、嫌いでもあるよ。何も知らなければ、ずっと好きだった。だけど、事実を知れば嫌い、に……ううん、この話はやめよう」


 パッと、立ち上がって日葵は困ったように笑って手を差し伸べる。

 その姿は、子供が大人に何かをねだるような仕草にそっくりだ。理玖は首を傾げて、その行動の真意を確かめるように彼女を見つめるが回答が出ることはなさそうだ。降参するように両手をあげては、言葉を紡ぐ。

 人というものは、言葉を聞かないと分からないものなのだ。


「何かな?」

「電話番号、頂戴」

「え、これはまさかの逆ナン?」

「冗談は程々にしてよ……。ただ、私にお兄さんがいるならば、お兄さんがいいなって思っただけ。どうせ、お兄さんとあのお姉さんはグルなんでしょ? ならどっちに連絡してもいいってことだろうし。連絡をするなら、私はあの人じゃなくてお兄さんがいいなって思ったから。電話番号、くれるの? くれないの?」


 頬を不満げに含まらせて迫ってくる日葵に対して苦笑をして、メモ帳の端っこに自身のスマホの電話番号を記載して彼女に手渡した。内心では、仕事であると言い聞かせながら。そして、自身のせいでもういない妹と重ね合わせるようにして。


「まさか、迫られるとは……。これ、僕が悪いんじゃないよね……?」

「大丈夫。何か言われたら、私が迫りましたって言ってあげるよ。じゃあ、私はもう行くね!」

「あ、ねぇ。……気をつけて」


 理玖のやけに真面目な表情と声色に、何かを察したのか日葵は数回瞬きをしてから困ったように笑ってそっと両腕を後ろに回して理玖を覗き込むように見つめてから「大丈夫だよ」と告げてそのまま颯爽と公園から立ち去っていく。ふと何を思ったのか、監視カメラの方向へ視線を向けて口パクで「周りを監視して」と告げてから一切振り返ることなく自身の後ろを指差す。

 そのまま彼はそっと、足を進めていったん公園から離れていった。

 同時刻、監視カメラを見ていた馨と莉音は理玖からのメッセージを受け取り監視範囲を広めて公園全体と公園周辺を確認していた。

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