第32話
どこか得意げに告げてから、理玖の使っているメッセージアプリのアカウントを入力して強制的に異能課のチャットぐるーぷへと追加をする。追加されたことにより、彼の持つスマホ画面にはピコン、と可愛らしい通知音がしてグループチャットに招待されたことを知らせている。
そのまま、導かれるようにグループチャットを起動するとトーク画面にならずに認証画面へと変わった。
「これ、どうすれば良いですか?」
「虹彩認証か、指紋認証があるからどちらかを選んで進んでくれるかい?」
「じゃあ、虹彩認証にして……、あ。じゃあ、指示通りに進めますね……えっと、こうかな」
画面を指で操作して、一通り登録が終わったのか理玖は招待されたグループチャットの中に入る。
試しに、登録が完了してチャットの中に入れたことをメッセージに入れて問題ないか確認をする。
「うん、問題なさそうだ。じゃあ、高砂監視官。何か情報があればここに投下してね。あ、時々どうでもいい会話をしていることもあるけど気にしないでくれ」
「主に私と羽風の、伊月室長へのおねだりですよね、それ」
「業務連絡のところに投下するあたり、甘羽さんですよね、本当に。……では、何かわかったらここに投下します! じゃあ、僕は少し外に出てきますね。甘羽さんは、浅海さんと情報収集お願いします。そっちも何かわかったら連絡ください!」
そっとスマホの電源を落として、ポケットの中に入れ込み鞄を持ち直してそそくさに執務室から出ている理玖。
そんな彼の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、飽きてしまったのか隠すこともなく大きな欠伸をしては馨はそっと自席について莉音の方へ視線を向けて話し出す。
「莉音さんは、今回の一連の出来事はどう筋書きを作りますか?」
「そうだね。……まず、主要登場人物は脛巾日葵とこのネット上に書き込みをした非異能力者の英雄の二人。他には、僕たち異能課とこの地区にいるホームレスたち。そして、脛巾日葵が現在潜伏している家の老婆といったところかな。僕の筋書きでは、全てはこの非異能力者の英雄が裏で仕組んでいたからこそ露見した、というのが見立てだよ」
莉音の考える、今回の筋書きはこうだ。
非異能力者の英雄を名乗る、異能力者排除者はどのような理由では不明であるがとある異能力者が死体を食べているという情報を掴む。その異能力者を捕まえて排除するために、死体という餌をばら撒き初める。最初のうちは、自殺の名所などを使って死体を確認していたが結果は芳しくなく。
結果、一部のエリアに絞って殺人を実行。その死体を使ってお呼び寄せようとしている、というのが彼の考えているストーリなのだろう。
「私も概ね同じです。見た感じ、あまりネット環境があるような場所にいるわけでもなかった。だからこそ、この英雄くんはなかなか日葵さんの特定ができない、という感じなのでしょうね。まさか、ここでネットにアクセスをしないことに対して良い結果になるとは。……ですが、地区を絞ったということは日葵さんを特定したということ。どこまで特定したのかわかりませんけどね」
「結局、一番怖くて厄介なのは人間、という結末に収まりそうだね」
「ええ、そうですね。……高砂少年は、どうするんでしょうね。ここから見物でもするとしましょうか」
「はは、やっぱり馨くんは大体わかっていたんだね。わかっていたからこそ、彼の提案を受け入れた。自分の子供を崖から突き落とすような感じなのかな? それで起き上がれなくなったら、どうするつもりなんだい」
「まさか。……高砂少年は、まだ起き上がれますよ。あの人ほど、他人に無関心な人はそうそういないでしょうし。無関心だからこそ、彼はまだ立っていられる。だけど、当事者になれば。その時はその時、でしょう?」
異能課事務所から出た理玖は、コンビニに入りおにぎりを数個買って先ほどまで来ていたホームレスたちが多くいる場所へとやってきていた。彼の目的は、馨たちへ連絡をする前に可能であれば脛巾日葵へと接触して彼女から話を聞くこと。それが出来ない場合は、馨と別行動をしていた際に話しかけてきた女性と再度話をすることだった。
残念なことに、先ほど会話をした女性は姿がないが。
「まぁ、そんな簡単に物事進むとは思えないけどなぁ」
ベンチに座って、先ほど買ったおにぎりを食べ始める理玖。このような場所で、食べていることはある意味で挑発をしているようにも思えるが周囲に人がいないことをすでに確認済みである。数人人がいれば、流石の理玖でもこの場で食事をしようとは思わなかっただろう。
もしゃもしゃとおにぎりを咀嚼しながら食べていると、ふと少しだけ小さい影が自身の隣にやってきてはベンチに座る。
「お兄さん、ここで食事だなんて。喧嘩を売りにきたの?」
「……ちゃんと周囲に人がいないことを確認済みなので。流石に、人がいる中で食べたりはしないよ。まぁ、甘羽さんならわざと挑発するためにやりそうだけど、僕はそういうやり方はまだしないかな」
「それしか方法がない場合はするんだ。騙されやすそうな顔をしているっていったけど、それを使ってしまうだなんて案外お兄さんも性格が悪い方だったりするのかな」
隣に座って話しかけてきたのは、以前ゴミ箱で会話をした少女、脛巾日葵本人だ。
――どうやら僕の運は、良いらしい。
おにぎりを食べ終えた理玖は、そっと視線だけを隣に向ける。もう一つの目的は達成することは出来なさそうであるが、どうやら本目的は達成することができそうだ。
「自分の性格はあまり分からなくてね。君がそういうなら、もしかするとそうなのかもしれない」
「あんまり自己表現するのが苦手ってやつなのかな。……まぁ、いいや。私の家までやってきて何のつもりなの。私に用事があったのだろうけど、その後おばあちゃんにアドバイスもしてくれたみたいだし。おかげで、今ここにいるのだけど」
「ああ、あれは単純に甘羽さんがおばあさんに弱いからだと思いますけどね。……もしかすると、それさえも嘘なのかもしれないけど、僕にはどうでも良いかな。君について、教えて欲しいなって思って」
「新手のナンパです? お兄さん、社会人でしょ。未成年に声をかけるだなんて、そういう趣味をお持ちなの?」
散々な言い草に対して、わずかに眉間に皺を寄せるだけで文句を言うことをしない理玖は大人と言っても良いだろう。
少女、改め脛巾日葵は椅子に座ってぷらぷらと足を動かしている。その姿は、本当に誰が見ようと子供そのもので。もしかすると、この光景自体も彼女の演技なのかもしれないが理玖からしてみればどっちでもよかった。
「なんで君は僕に声をかけたの?」
「……騙されやすそうな顔をしているから? 御涙頂戴なことを言えば、すぐに手を差し伸べてくれそうな単純な何かを感じ取ったから、って言えばどうする?」
「別にどうもしないかな。僕にとって、それは対して重要なことでもないと思うし。君のその言葉が演技であろうと、本心であろうとも今はどっちでもいいかな。じゃあ、僕から少し話そうかな。……君は、ここのホームレスたちと仲がいいんだよね。将棋が上手いお爺さん、昨日君が聞いてきたお爺さんがどこにいるかわかる? 今日、彼のことを誰も見ていなくてね。甘羽さんが将棋セットを持ってしょんぼりしていたんだ」
その真実は、少しの嘘が混じっている。
確かに馨は将棋セットを持って、昨日話をしていた老人を探していた。だが、彼女が老人を見つけることができずにしょんぼりとしていたのかは彼女のみが知る事実である。事実かもしれないし、嘘かもしれない。だが、その言葉が嘘であろうとも何一つとして何かに影響してくることはないので理玖はにこりと微笑んで告げる。
日葵は、別に聞かれることがあると思っていたのだろう。自身が思っていた質問内容と全く違う質問がきたことにわずかに目を見開いて驚くそぶりを見せている。数回、パシパシと瞬きをしてから首を横にふる。
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