第35話
「またついてくるようであれば、本気で通報しますよ。……あと、そのスマホの先の人に伝えてください。必ずあなたを砕きます、ってね」
砕く、それが彼なりのマイルドな言い方だった。
殺す、などといった直接的な言葉は脅しになる。砕く、というふうにマイルドに言って仕舞えば問題ないと考えたのか。もしくは本当に、何かを砕くつもりでそれらを発したのか。
『日葵さんの位置がとまり、確定しました。場所は、あのお爺さんが経営していた会社が入っている商業ビル。なぜ、彼女がここを知っているのかは不明ですが遠回りはしていましたが足取りから考えるとここにくるように言われた、と考えるのが一番でしょうね』
馨の声を聞きながら、足早に自身のスマホを確認して目的地へと向かっていく。時折後ろを確認しては、ついてきている可能性を考慮して人を巻くようにこちらも遠回りをしながら走っていく。
『高砂少年』
「なんですか!?」
『今し方、莉音さんがこのビルに潜入して確認してくれました。すると、ビルの中に明らかに不審者そうな奴がいました。通報されていない理由は、その人物がまるでこの場所を知っているように人目を避けているからです。カメラから逃げることをしないのは、挑発でしょう。今から、私も現地へ向かいます』
ガサガサ、と音がする。
おそらく、宣言通り馨は出かける準備をしているのだろう。次に聞こえてきたのは、莉音の声。
『馨くんと合流するまでの間は、二人のバックアップは僕が引き継ぐよ。この英雄くん、顔が見えてデータベースから照合してみたら、過去に非異能力者に暴行を加えたことがあったらしくて刑務所に入っていた履歴があったよ。殴った本人は、この非異能力者は異能力者のことを肯定していた、とか言っていたけど』
異能力者と関係があったり、彼らを肯定をしている非異能力者もごく稀であるが確かに存在している。それらでも彼らは非異能力者のためもちろん暴行が加えられたりした場合は当然のように犯人は捕まる。初犯であったことと暴行であったことで、そこまで最初は重くなかったらしいが彼の暴行が原因で結果的に非異能力者は死亡した。
結果、彼は数年という間を刑務所で過ごしていた。執行猶予もなく。
だが、彼の犯行を賛同するものも当然に存在しているわけで。
『当時、かなり有名だったんだけどね。数年前だから、高砂監視官は小さい時じゃないかな。彼は、刑務所から出てきて一年程度。今回も同じように、非異能力者を餌にして異能力者を釣ろうとしているのかも知れないね』
ぎり、と奥歯を噛み締める。
異能力者に人権が存在しておらず、家畜以下の存在であるということは悲しいことであるが周知の事実である。だが、非異能力者にはしっかりと人権が存在している。異能力者だって、人間であるために不用意に殴られたり殺されるべきではない。だが、それでも彼の中には凶悪な犯罪者になるものだって存在しているのだから仕方がないというところもあるのだろう。
それでも、今回被害に遭っているのは全員非異能力者である。被害、といえども一部は自殺をしているなどで殺されているわけではないはずなのだが。
「浅海さん」
『どうしたのかな』
「その人は、ちゃんと真っ当に捌かれますか」
『今回も殺人をしていればね。……でもまぁ、それは馨くんが見つけてくれたあの血が付着した地面の結果次第だ。あとは周辺のカメラ映像を確認して、もしも殺されている場合はその死体を見つける必要もある。全ての証拠を突きつけたら、刑事課だって黙っていることはできない。あと、高砂少年としては業務を邪魔されているようなものだから最初は業務妨害で捕まえて実は殺人犯でした、というシナリオにすることをお勧めするよ』
まるで、陳腐な三流小説のあらすじを朗読するように淡々と告げられるその言葉たち。
今の理玖からしてみれば、結果よりもこれ以上被害が出てこないことを優先するべきなのだろう。全てのカメラを確認しながら、何か異変があれば都度報告をしてくる莉音の声を聞きながら彼のアシストを元に最短ルートで目的へと走っていく。
きっと明日は、筋肉痛になっているだろうな、とか。
見当違いなことを考えてしまって、息をつく。
「遅いですよ、高砂少年」
「はぁ、はぁ……な、なんで、甘羽さんの方が、早いんです、か!?」
「風域をうまく作って飛んできました。莉音さんのアシストがなければ、もっと時間がかかっていたことでしょうね。先ほど受付には、話しているので中に入ることはできますよ」
『こう見えて、馨くんは優秀だからね。主に根回しが、だけど。……さて、無事に合流ができたんだ。先ほどの彼が屋上に向かったようだよ』
クツクツと楽しそうに告げる莉音の声を聞きながら馨は欠伸をしながら足を進めていく。まるで、その場所へ行くためには何処から行くべきなのかを心得ているのではないかと思えるほどにその足取りに迷いはない。
その後ろに理玖も続いて急いで向かっていく。現在、一階にいるので屋上階までいくのには少し時間がかかってしまうことだろう。まさか、階段で登っていくのだろうかと考えて冷や汗を流してしまう。
「高砂少年は、どう回答したんですか?」
「え?」
「異能力者と非異能力者は手を取りあう友人になることができるか、という問いに対してですよ」
階段で登ると思っていた理玖であったが、馨は階段がある場所ではなく普通にエレベータホールへと向かっていく。屋上階に近い場所までは流石にエレベータで向かっていくのだろう。階段場所まで移動して、馨の異能力を使用するのも一つの手であるが問い詰められた時が面倒だと結論づけたのだろう。
彼女からのいきなりの言葉に、数回瞬きをしてから口を開く。
――この人、本当に地獄耳なのかな?
「当人たちが望めばできるんじゃないか、と回答しましたよ」
「回答しているようで、回答をしていないですね。ですが、そこが君らしくていいと思いますよ。聞かれる前に言っておきましょう。私は否です。ですが、条件次第では可と答えます」
「条件、次第」
「まぁ、契約というか。こういうことはしない、というお互いにルールを設けなければ無理だっていうことですね。大袈裟な話かも知れませんが、結婚と一緒ということです。あれも一種の契約であり、双方が納得できないことや相違が発生して仕舞えば破綻するものでしょう? それと、同じであると私は考えます。向かう先は、二十七階です」
「最上階ですね。……確かに、僕もそう思いますよ」
二人は、やってきた人のいないエスカレータに乗り込む。先に乗り込んだ都合上、ボタンから離れてしまった馨は理玖に、最上階である二十七階へボタンを押すように指示をする。二人は、そっと後ろに下がって壁に背中を預ける。
「ですが、なぜそんなことを?」
「いや、なんとなく。高砂少年が、どんな回答をしたのか気になりまして。ああ、安心してください。別に高砂少年の回答を巡って莉音さんと賭けをしていたわけではありませんから。純粋に、気になっただけなんですよね。大体、こういう質問は投げかけられると三パターンくらいに分かれるのではないかと個人的には思っています」
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