第5話

「しばらくは、御厄介になりますが。必ず窃盗犯を捕まえてみせますので!」


 ぐっと拳に力を入れて、力強く何処か元気づけるような声色で告げる理玖。

 勿論、夫婦の事情は事前に情報として伊月から開示されている。故に、二人は彼女たちの事情をそれなりに知っているのだ。開示されている情報は、必要最低限の全ての情報。彼らの仕事において、他人のプライバシー配慮などはあってないようなものである。それらの事実を、依頼人やその他の者たちに告げる必要性はないので彼らは自ら言うことはしない。

 余談であれば、詳しく依頼人から聞かれることがあれば仕事に支障が出ない範囲で説明をすることもあるがこの場に居る理玖は勿論、馨でさえもそのような現場に当たったことはない。


「ええ、お願いしますね」


 髪の毛をふわりと触りながら、理玖からそっと視線を外して会釈をする季楽。

 彼女は、そっと壁時計を確認してから二人に話しかける。


「東京から来られたとなると、お疲れでしょう? お部屋に案内しますね」

「そうですね。早朝から新幹線で来ているので、体がバキバキなんですよね。もっといいクラスの新幹線をとるべきでしたね、経費で落ちるのだから。あ、部屋は別でお願いします。異能官と監視官、二十四時間ずっと一緒にいないといけないというわけでもないので」

「え、そうなんですか? いや、僕としても別室の方がありがたいですけど」

「同性コンビの場合や、両名が同室を望む場合は同室になることもありますし義務付けられていますがね。私たちは異性コンビで、尚且つ同室を望んでいないので免除されます」


 淡々と異能官と監視官の事情を事務的に話す。

 理玖は先日、伊月にスカウトされて流れるままに監視官になったこともあり、監視官はどのような仕事なのか。また、監視官と異能官の適度な関係性などに関しては全くの無知である。勿論、今回の任務にあたって伊月から多少厳守するべきルールなどは聞いているが他のことに関しては説明するよりも、実際に体験した方が早いと告げて満足に説明をしていないのだ。

 伊月なりに、馨を信用しているから彼女に理玖を任せたのか。はたまた、本当に説明が面倒だったので馨に丸投げしたのかは彼の預かり知らぬところである。勿論、どのような理由があって説明を省いているのかなんてこと馨も知る由はない。


「では、お部屋まで案内しますね。……全て和室なのですが」

「問題ありませんよ。極端なことをいえば、野宿も私はできるタイプなので」

「それ、自慢できることではないと思うんですけどね」


 理玖の軽い突っ込みに対して、舌を出して「てへ」と感情の一切読めない声色で誤魔化す馨。表情はたいして変わっておらず、無表情に近いので言葉に対して態度などはあまり可愛いとは言い難く、むしろどこか不気味さが勝ってしまっている。


 ――僕、本当に甘羽さんと上手くやっていけるのかなぁ。真面目なのか、ふざけているのかわからないし。


 季楽に案内されながら歩いている理玖を襲うのは、一抹の不安。

 仕事であるからと言い切れるほど、理玖はまだ経験が長いわけではない。ましてや、彼はまだ二十歳であり今回だって初めての就職になるのだ。初就職先が、スカウトで入ったお世辞にも一般常識が全て通じるわけではない世界ではないこともあり、言葉にすることはないが彼なりに不安を感じているのだろう。

 ましては、監視官として初めての相棒が行動が全く読めない気まぐれな猫と言っても過言ではない性格をしている馨であればなおのことだ。


「ここが、お二人のお部屋になります。えっと、お好きな方を使ってくださいね」


 終始、人のいい笑みと声色で二人を案内終えた季楽は会釈をして立ち去っていく。

 彼女には彼女のすることがまだ残っているのだろう。異能力者による被害の影響や、村人の嫌がらせのこともあり今は繁盛しているとは言い難いが他にも行なっていることもあるのかもしれない。季楽の背中をぼんやりと見つめて思考をしていた理玖とは対照的に、隣にた馨は眠そうにあくびをしてから左型の部屋の襖の前へ移動して襖の取手に手をかける。


「じゃあ、私はこっちで。高砂少年、荷物持ちありがとうございました。と、いうわけで。今からやることがあるので、はいどうぞ」


 馨は襖を開けてから、理玖に持ってもらっていた鞄を受け取り中から黒い正方形の物体を四つ取り出して彼に説明もなく手渡した。まるでそれは、漫画や小説に出てくるようなブラックボックスと呼ばれる物体に似ている。勿論、実物を見たことがないのであくまでも理玖の想像の域でしかない。

 四つの黒い正方形の物体を訳もわからず渡された理玖は、不思議そうに首を傾げてそれらを見つめている。


「えっと、すみません。これは?」

「見ての通り、黒い正方形の物体ですが」

「いえ、そうではなくて。これは一体なんですか? 用途などの説明をお願いします」

「伊月室長と、五島さんの共同制作物である異能弾きです。見た目から、私を含め仲間内ではブラックボックスと呼んでいます。このブラックボックス内で未登録の異能を感知した際には、特殊な結界を展開してその対象者を中に入れなくする代物です」


 首に手を添えては、少しだけ面倒くさそうに理玖に渡した物体の説明を簡潔に行う馨。

 異能弾き、通称「ブラックボックス」はその箱に登録したい異能を持つ異能力者の血液を中に入れることにより異能力を登録することができる代物だ。情報が公表されているわけではないが、本部では異能力者である彼らの持つ血液は非異能力者とは違う血液反応が現れるために識別することができると解明されている。その事実を元に作られたのが、この異能弾きである。

 これは一つだけでは当然に意味をなすことはないが、四つ使用し四隅に設置することで未登録の異能を持つ異能力者の侵入を防ぐというものになっている。加えて、未登録者がブラックボックスに触れると軽い電流が流れ込む仕様になっており、掴むこともできない。そのために、未登録者はそのブラックボックスに自身の血を入れることもままならないのだ。勿論、これは対異能力者用なので、非異能力者には当然に機能しない。


「五島さん? そんな人、異能課にはいなかったような気がしますが」

「ああ、そうですね。五島彰ゴトウアキラさんは異能課がお世話になっている違う部署の人間で、伊月室長の同期なんですよ。私たちに支給される武器は全て、五島さんの部署で作られた対異能力者用なんです。もしかすると、高砂少年が辞職せずに続けていればいづれ彼らの作る武器にお世話になることもあるかもしれませんね」


 意地の悪い言い方をしてから、馨は一度部屋に入って旅行鞄を置いてはすぐに廊下に戻ってくる。いまだに廊下で行儀良く「待て」としている理玖に、どこか呆れてため息をついて戻ってきた馨は目を細めてから彼の腕の中にある四つのブラックボックスを指差して指示を出す。


「高砂少年は、そのブラックボックスをこの家の四隅に設置してきてください。あ、最初も言いましたがこれは高砂少年の実地試験も兼ねているものになりますので、私からの直接的な指示はこれ以降はないと思ってください。後は自分で考えて、的確に私を使ってくださいね。では、私はちょっと散歩しに行ってきます」

「ちょ、えぇえぇえ!? いや、異能官と監視官は基本的に一緒に行動って言ってなかったですか!? ……って、もういない。もう、自由な人すぎるでしょ……」


 鼻歌混じりで機嫌よくどこかへ立ち去ってしまった馨を考えて、思わず項垂れてしまう理玖。これではまるで、気まぐれなペットに振り回される飼い主そのものだ。理玖は内心で謝罪をしながら両手が塞がってしまっているため器用に足で襖を開けてから、部屋の中へと入る。

 部屋は季楽の言っていた通りの和室。

 床の間などもあり、旅館といっても差し支えのないほどの綺麗な作りをしている。両腕に抱えていた四つのブラックボックスを机の上に置いてから廊下に置いてあった自身の旅行鞄を手にして再び部屋に戻り床の上に置く。


「とは、言われてもなぁ……。一体何をすれば、いいんだろうか」


 ひとまず、馨に言われた通りにブラックボックスを設置するためにそっとそれらを見つめる。いつの間にか押し付けられていたらしい設置方法の取り扱い説明書を片手に手慰めのようにブラックボックスを触ってはどこか訝しげに見つめている。

 ふと説明書を見ながらも、自身も気分転換にということで取り扱い説明書と持っていたブラックボックスを机の上に置いて季楽に何か話を聞いてみようと思い立ち廊下にでる。仮に異能力者が、今この家に盗みにこようとも外にいる馨を抜けることができないと判断したのだろう。馨がどれほど強いのか、理玖にはまだ未知数であるが弱くないであろうということだけは本能的に感じていた。


「これを設置するのも必要だけど、まずは。そうだなぁ……。少しだけ、佐倉さんの話も聞いておきたいかも。甘羽さんも、何も収穫なく帰ってくるなんてことはないだろうし」


 佐倉夫妻がこの村にやってきたのは、一年ほど前の話。

 そして、窃盗が始まったのは資料によれば半年も前からである。何故、半年も放置していた窃盗被害を今になって腰を上げて対処しようと思い立ったのか理玖には少しだけ疑問だった。あまりにも普通すぎる質問を、馨がいるときに行えば彼女から呆れた視線とため息がやってくるだろうと想像して聞くに聞けなかったのか。もしくは、緊張などですっかり忘れてしまっていたのか。

 鞄から資料を取り出して、何度も新幹線寝てしまう前まで読み込んだ情報が羅列しているそれらを見つめては再度頭の中に叩き込む。

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