第6話

「でも、さすがに踏み込み過ぎるのもちょっとダメだよな。……いや、でも何も分からないで被害を拡大させるよりも。どうせ、僕には失うものはないんだから。お金が無くなるのは、困るけど」


 流れるままにして監視官になった理玖には、何か決意や目的があるわけではない。ましては、守りたい何かだって存在しているわけではない。文字通り、スカウトされたからこの場に居るだけに過ぎないのだ。適当に給料分は働いて、生きていければそれだけで良いとさえ考えている。

 だからこそ、あまり監視官について知ろうと積極的な気持ちも起きないのだろう。

 そっと資料を閉じては鞄にしまい込んで、季楽を探すために部屋を出る。もし、何か困っていることがあればついでに手伝いでもしようかな、と軽く考えていた。


「あ、佐倉さん!」


 理玖が廊下に出て、受付の玄関近くまでやって来たところで季楽は野菜などの食材が入った篭を抱えて歩いていた。すぐに彼女に声をかけた理玖は、パタパタと小走りで季楽の元まで走っていき軽々と彼女が重そうに持っていた食材の入った篭を持つ。

 いきなり理玖がやってきて、なおかつ篭を持ってくれたことに驚きを隠せなかったのか数回瞬きをしては微笑んで「ありがとうございます」と告げる季楽。


「中々に重いですね、これ。厨房ですか? 運びますよ」

「お客様にこんなこと……ですが、大変だったのも事実なのでありがとうございます。厨房まで案内しますので、お願いします」

「任せてください!」


 意気込んでは笑って篭を持ち、季楽と共に厨房へ向かって行く。

 理玖は、世間話程度に話せればいいかと思ったのか、そっと口を開いて話し出す。雰囲気はいたって普通であるが声色だけが何故か真面目な色を奏でている。


「そういえば、気になっていたんですが」

「はい、何でしょうか?」

「事前情報では、半年前から窃盗被害が始まったとありましたが。半年前に警察に通報などは行わなかったのですか? もしくは、少し遠いかもしれないですが集落の人たちに相談をしてみるとか」


 渡された資料には、半年前に一度京都府にある異能課に相談を実施していると記載があった。知ってて、さも何も知らないような素振りで当時のことを季楽の視点で話を聞こうとしたのだ。この場に馨が居れば、きっと「良い性格をしていますね、高砂少年」と嫌味を有無を言わさない素晴らしい笑顔で楽しそうに告げていたことだろう。

 季楽は少しだけ苦笑をしながらも、当時のことを思い出しながらポツリポツリと話し出す。彼女は理玖と馨に、どこまでの情報が開示されているのかなど知りえない。


「実は、一度。府警異能課に相談しに行ったことがあるんです」

「そうなんですね……」

「本当に最初は、ですよ。ほら、田舎なので動物が入って来たのかなとか思ったこともあるんですけどね。だから、カメラとかも仕掛けたことはあるのですが、でも。何故だか何もないのにやっぱり食べ物がなくなってしまって」


 勿論、彼女が言ったことについても資料に事細かに書かれていた。

 ここまで本人の証言と事前情報が一致しているとなると、かえって伊月から渡されていた情報があまりにも一致し過ぎておりゾッと背筋に寒い何かが掠める。異能取締課は、政府公認の法的な執行機関である。一部では、存続に反対している者もいるが存在している異能力者の犯罪に対して非異能力者が太刀打ちできるわけがない。

 だからこそ、最終的には文句だけを垂れ流して存続を黙認しているのだろう。


「ちなみにですが、そのカメラは後日どうされたのですか?」

「収穫がなかったうえに、いつの間にか壊されてしまっていて。処分しました」

「壊されていた……?」


 カメラの存在は情報により確かに存在していたが、その後のカメラの所在は書かれていなかった。どうやら当時、窃盗犯を見つけるために設置されたカメラは何者かにより壊されて処分されてしまったらしい。カメラに映ることもないのであれば、壊さなくてもいいのではと疑問が浮かぶ理玖だったが、結局のところ犯罪者の考えなどわかるわけもなかった。

 別に映りたくないから壊したとも限らない。

 衝動的に、何か破壊をしたくなってたまたまカメラがそこにあって壊したという可能性だって存在しているのだ。


「府警異能課は、何か対処をしてくれたのですか?」

「いえ。全く、取り合ってくれなかったんです。その、高砂さんはご存じかもしれませんが、府警異能課は伝統や派閥を重んじる傾向があるんです。京都特融というべきなのかもしれませんね。私たちは元々、京都の人間ではないのでしばらく様子を見続けるようにと言われて。門前払いみたいな扱いを受けたんです」

「そんな……。同じ異能課なのに、どうしてそこまで扱いが」


 地域によって、異能課の置かれている立場は多少異なっている。

 京都は昔から、異能力や怪異などが頻発していることもあり異能課の地位は高い部類に入っている。その証拠に、京都異能課は与えられている執務室が地上に存在しているのだ。それは、何かあった際に異能課を消し去るという考えがないに等しいことを指し示している。

 対する東京本部の地位は表向きは高いが、実際には低い。彼らの執務室は地下に存在しており、何かあった際にはすぐに爆破を行い埋め立てることが出来るように設計されているのだ。しかし、その事実を理玖は知らない。


「でも、全員がそういう訳でもないんですよ。門前払いをされてしまいましたが、私のことを気にかけてくださった監視官の女性が居まして。その方から、東京の異能課を取りまとめている宵宮さんを紹介されたんです」

「へぇ。うーん……本当に話を聞いている限りではコンチクチョウって思う人もいますけど、ちゃんと相談者に寄りそう人もいるんですね。……なんだか少し、安心しました」


 言葉と感情は、必ず一致するとは限らない。

 理玖も口ではそういいながらも、頭の何処かでは他人事のようにとらえていた。人間というものは総じて嘘をつく生き物である。その嘘が、誰かを守るために優しい嘘であったとしても、嘘は嘘でしかないのだ。

 彼は、もしも季楽の相談を聞いたとしても親身に聞くふりをしてまるで痛みを教官するような雰囲気と表情で接しながらも最後は突き放すんだろうな、と思えてしまい人知れずに嘲笑をしていた。


「こちらが厨房になります。食材、ありがとうございます。そこの台所に置いてください」

「はい、わかりました。何か手伝えることがあれば、喜んでお手伝いさせてもらいますので遠慮なく言ってくださいね」

「ふふ、ありがとうございます。なんだか、人の温かさに触れたのは久々な気がして。高砂さん、ありがとうございます。何か手伝ってほしいことがありましたら、見かけたらお声がけさせていただきますね」

「はい! では、僕は失礼しますね」


 ニコニコと微笑んでは会釈をして、厨房から出て行く理玖。

 向かう先は勿論、自身に与えられた客室だ。馨が戻ってくるまでに、言われた通りにブラックボックスを設置するためにようやく彼は動き出すのだった。

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