第7話
一方、理玖に散歩に行ってくると宣言した馨は一人でのんびりと誰もいない道を歩いていた。歩いていても、人ひとりで会うことはなく時折空を鴉が横切る程度には静かだった。あまりにも何もないので、彼女の脳内にはしきりに目には見えない誰かの本質が流れてきて心底不愉快そうな表情をしている。
ゆっくりと歩いてはため息をつく。
――犯人を庇う理由は、何だろう。
馨は季楽と出会い、彼女の本質を読み取ってしまったことにより彼女は窃盗犯を知っていることを知ってしまったのだ。しかし、分かったのはあくまでも季楽が犯人を知っているという事実のみ。何故、彼女がその透明な窃盗犯を突き出すことをしないのかという理由は馨には分からないでいた。
だから彼女が、季楽がその犯人を庇っている可能性を一つとして入れている。
「資料には、透明な窃盗犯と書かれていましたが。……果たして本当に透明人間なのか。もしくは、ただ単純に認識をそらせることが出来る程度なのか。前者であれば、S級、後者であればA級かB級といったところか」
顎に手を添えては、腕を組んで「うんうん」と無意味に唸りながら当てもなく周囲を歩き続ける。何も考えずに気の向くままに足を動かしていたことにもあり、季楽の店からは随分と離れた場所までやってきていたことに今になって気づいたのだろう。
それでも、景色は変わらずに見渡す限り広がっているのは田畑だけだ。
ふと足を止めては、深く息をつく。村の近くまでやって来たからか、先ほどまでは感じることがなかった気配が馨お近くでうかがうように見え隠れしていた。馨は、後ろを振り返ることはせずに後ろから感じている気配に向かって煩わしそうに声を低くして告げる。
「先ほどからつけてきていることは分かってんですよ。人が生きている限り、私から隠れることなんて出来やしない。さっさと姿を出したほうが身のためだと思うのですがね」
ふわふわとしていそうな、小柄で可愛らしい見目からは想像できないような地を這うような低い声。その声に従って茂みから出てきたのは、小学生か中学生くらいの少女が一人。
流石に相手が子供であるとは思っていなかったのだろう。これには馨も少しだけ驚きながら、何処かバツの悪そうな表情をする。軽く頭をフード越しに掻いてから、少女にゆっくりと近づいて目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「すみません。まさか、子供とは思いもしなかったもので」
半分近くは嘘だ。
確かに、実際に子供であったことには驚いた彼女であったが子供かもしれないという可能性は一切なかったわけではない。まさか、本当に子供だったとは、と彼女も思っていただけの話だ。しかし、怖い思いをさせてしまったかもしれない、という気持ちは多少なりとも馨の中にもあるのだろう。
珍しく、ゆっくりと耳を。全神経を目の前にいる少女へと傾ける。少女は少し不安そうに馨を見つめては、気を紛らわせるためにか自身の胸もとで手を組んではぎゅっと握りしめる。まるで、何かから耐えるように。
「お姉ちゃんは、悪い人なのですか……?」
開口一番で幼い少女が聞くような言葉ではないそれに対して、何かを探るように目の前の少女を観察するように見つめる馨。そっと意識を目の前の少女に向けて意識的に彼女の本質を読み取ろうとするも、何故か意識がそれてしまう。
――意識がそれる、集中できない。何か術がかけられている? もしくは、この少女自身に何か異能がありそれが私と相性が悪いのか。
思考を巡らせるも結局答えが出る事はなく、首を傾げながらも思い浮かんだことは一つの候補としていったん解決は保留とする。
「難しいですね。人により、善悪の定義がすり替わっていくものなので。まぁ、立場的なことを考えれば悪い人ではないと思います。いや、でも敵対している組織に対しては立場的にもいい人とは言い難いですね」
顎に手を添えて、珍しく眉間に皺w寄せながら少女の問いに対して考えて真面目に言葉を紡いで回答する。目の前の少女が幼いということをすっかり忘れてしまっているのか、自身の言葉に対して補足説明する意思はないのだろう。結果的に彼女の回答は、ただ自分の考えを告げているだけに等しい。
難しいことを言われて、少しだけ困ったような表情をしている少女は馨の表情が面白かったのかクスクスと楽しそうに笑っている。
「じゃあ、いい人だ!」
「そういうことで構いませんよ」
考えるのも訂正説明をするのも面倒になったのか、馨は投げやり気味に肯定する。
どうやら少女からしてみれば、馨は「いい人」認定さえたらしい。どのような基準で判断したのだろうか、と脳内で考えながらもやはり意識がそれて上手く少女の本質を読み取れない馨は考えることを放棄する。
別に今、真面目に考えなくとも問題はないと判断したのだろう。
「でも、どうしてこんなところに居るの? もしかして、迷子ですか?」
「……迷子」
その言葉に何か言いたげな表情をする馨であったが、ぐっと眉間に再び皺を寄せて言葉を出さずに喉で止めてはぐっと耐える。
少女はきょろきょろと周囲を見渡してから、何かを思い出したのか「しぃ」と口元に手を添えてから馨に近付き内緒話をするような距離で小さな声で話し出す。
「あのね、村の人に見つかる前に駅まで行ったほうが良いよ。えっと、駅はね。この道をまっすぐに行ったところにあるから、多分わかりやすいよ。間違えて降りちゃったの?」
滅多に人が来ない場所で迷ったような素振りで歩いていたからなのだろう。少女は完全に馨のことを迷子だと勘違いしていた。直感的に、少女に話を合わしたほうが何かと都合がいいことを感じ取ったのか苦笑をしながらも小さく頷く馨。
今回は迷子、というわけでもないが馨は普段は地図さえまともに読めない方向音痴であることは事実なのだ。平然と地図を見ながらも、反対方向へと歩いて行ってしまうほどの重症だ。今回は不本意ながら、方向音痴で迷ってしまったという設定で行こうと脳内で完結させた。
「ええ。寝ぼけて間違えて降りてしまったようです。中々電車も来ないようでしたので、道を聞こうと思って歩いていたんですが人もおらず正直困っておりました」
「やっぱり、そうだったんだね。……お姉ちゃんは、うっかりやさんなんですね。でも、村の人に見つかっていなくて良かった。お姉ちゃん、凄く変わった瞳の色と髪の毛をしているから異能力者と間違えられちゃいますよ」
「やっぱり、そう思います? 結構個人的には気に入っているんですけどね、これ」
異能力者という存在ヒア、見目ですぐわかるように出来ていた。
馨で言えば、それは極彩色に輝く瞳に桃色の髪の毛。そして、目の下にある奇怪な痣のことを指している。異能力者は、保有している異能力の数だけ身体に何か変化をきたす。それは、身体能力であったり見目であったりと人により症状の表れ方は様々だ。
現代では、髪の毛を染めたりカラーコンタクトを愛用したり様々な方法で自身が異能力者であることを隠すことも出来るので、人権が存在しない異能力者は各々で自身の身を守るために息をひそめている。
「でも、確かにとっても綺麗です。目は、宝石みたいだし。髪の毛は、イチゴにチョコレートが掛かってるみたい!」
馨の髪の毛は、毛先になるにつれて地毛の桃色になっていくが脳天から髪の毛の半分まではチョコレート色で染まっている。まさかその髪色を、可愛らしくイチゴのチョコレート掛けと表現するとは思わなかったのだろう。
少女が物珍しそうに馨の姿を見ていると、村のある方向から一人の黒髪の少女が走ってくる。少女は馨たちの元までやってきては、少女の隣に移動した。
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