第8話
「朱鳥、帰りが遅いから心配……誰、その人」
「朱里ちゃん! このお姉ちゃん、寝ぼけて間違えて駅を降りちゃって迷子になってたんだって。だから、道案内をしていたところだよ」
――自分で言った手前ですが、人の口から聞くとなんともまぁ間抜けだな。もっと、ましな言い訳を考えればよかったかもしれないな、これは。
ぼんやりとしながら、二人の少女を視界に入れていた馨だったがそっと視線を外して眠そうに欠伸をする。そしいぇゆっくりと、新たにやって来た黒髪の少女へと意識だけを向けて彼女の本質を盗み見ようと目論んでいた。
あまりにも意識がそれてしまい出来なかった少女は、馨にしては珍しく早々に挑戦し続けることを諦めたのだ。
――思考の色は極めて黒に近いグレー。そこに少しだけ、鉄が混じっているのだろうか。吐き気を催すほどに嫌な気分の色だ。もう少し、深いところを。……ああ、これは。
「お姉ちゃん、大丈夫ですか!?」
「……すみません。なんだか、今日のお昼に食べたのはダメだったようで。少し吐き気が」
――他人を使って、悪事を働く人間によく似ている。今の私が異能官でなければ、殺していただろうな。
馨は思わず吐き気を催してしまったのか、口元を自身の手で押さえつけては必死に息を整える。この場でえづいたところで、彼女の胃腸は空っぽのため何かせりあがってくることはないのだが。
彼女の物騒な思考など知りえない二人の少女。朱鳥と呼ばれた少女は馨のことを心配そうに見つめたあとに黒髪の少女と何か話していた。黒髪の少女は、じぃと馨を見つめては何処か莫迦にするような表情と人を嘲る声色で話す。
「その髪の毛に、瞳の色。アンタ、異能力者ですよね」
「不正解。私は、異能力者に憧れる非異能力者ですよ。昔、見たことがある異能力者の髪色と瞳があまりにも綺麗だったので真似しているんですよ」
まるで、それが事実であるかのように告げられる言葉。嘘は堂々と話したところで、真実になることはない。何処まで行っても、嘘は嘘のままであるがこの場に置いては嘘が真実かはどうでもいいのだ。
彼女たちが、この嘘を信じてしまえば良いだけの話なのだ。
少女たちが口を開こうとしたときに、タイミングよく馨のスマホが鳴り響く。
「失礼。もしかすると、連れが心配して連絡してきたのかもしれません」
軽くことわりを入れてから、静かにスマホを操作して耳に当てる。
『甘羽さん、いつまでほっつき歩いているつもりなんですか! ちょ、トラブル発生です! この託されたブラックボックスなんですが、ちょっと取り扱い説明書と異なっているので助けてください!』
「はぁ……」
『すでに異能課に連絡をしたのですが、全員任務で出払っているのか音信普通で! 僕、この開発者の電話番号なんて知らないですし……。とにかく、早く戻ってきてください、直ちに!』
言いたいことだけを言って、プツリとやや乱暴に切れる通話。
黒髪の少女に、朱鳥と呼ばれた少女は不思議そうに馨を見つめて首を傾げては心配そうに話しかける。
「えっと、お迎えですか?」
「ええ。なんで連れが、中々合流しない私を不信に思ってここまでやって来たようでして。駅の近くにある水車の店に居るから直ちに来い、と。そんな、待ち合わせに少し遅れただけなのにカッカしないでほしいですね」
腹いせに、この場に理玖がいないことを良いことに言いたい放題な馨。その姿は、まさしく子供のようで彼女が本来は二十三歳と言われても首を傾げて疑ってしまいそうになることだろう。
しかし、一体どのようなハプニングが発生したのだろうかと思う。だが、そのハプニングに対して馨を直ぐに頼るのではなく、他の異能課メンバーに連絡を行い果ては開発者である五島まで円楽しようと試みたところは評価に値することだった。
――直ぐに頼らず、自身で出来ることを考える。まぁ、時と場合によってはアレだけど良しとするか。
「では、水車のお店まで私が案内しますね。案内が終わったら帰るから、朱里ちゃんは先に戻っておいて?」
「……分かった。なんだか、迷子って、大変なんだな」
まるで、心底可哀そうなものを見るような。人間が持てる最大限の憐れみを込めた眼差しで馨を一瞥してから、踵を返して村のある方向へ戻っていく黒髪の少女。何処か考えるような表情で、彼女の背中を見つめたあとに軽く息をつく馨。
「なんだか、ごめんなさい。朱里ちゃん、不器用で」
「いえ、特に気にも留めていません。まぁ、子供の割には警戒心がしっかりとしているんだな程度には思いますが」
殺したくなるほどには生意気でした、など口が滑らないように必死で喉元で言葉を引き留めておく。先ほどのことといい、今子供を不用意に怖がらせることはしたくないのだろう。それは、彼女が持つわずかな良心がそうさせているのではなく今警戒させるようなことを言って今後の動きに影響が出ることを避けるためでしかない。
「うーん、多分だけどお姉ちゃんとあまり変わらないと思うよ。朱里ちゃんは、中学生で来年は高校生だから!」
「……そうですね」
高校生と間違えられることは多々あった馨であるが、まさか中学生にも見えるとは思いもしなかったのだろう。軽く表情を引きつらせては、苦笑しながら口角を動かして不格好ながらも笑顔で言葉を濁しておく。この場に、伊月や理玖を除く他の異能課メンバーが居れば腹を抱えて笑い転げていたころだろう。
本当の年齢をいうことは面倒なのか、口をそれ以上挟むことはない。
もとより幼く見える顔立ちであり、童顔が極まって実年齢は滅諦に当てられることはないのだ。これも、彼女の異能力故の問題であるが。
「そうだ! 私は、
――あれがか?
表情からありえない、と言っているのが分かるほどに歪んでしまっている。少女改め、朱鳥はその表情が面白いのか肩を震わせて口元に手を添えてクスクスと静かに笑っている。なんともよく笑う、年相応な少女だなとある意味馨は感心していた。
朱鳥に案内されるままに、道を歩いていく。
勿論、案内などされなくとも彼女は自分で戻ることが出来るがそれを言うほど優しいわけでもなく面倒ごとを進んで起こすようなタイプでもない。
「あれが、お姉ちゃんの言っていた水車のお店ですよ。今度は、気を付けてくださいね」
朱鳥は笑って手を振って、村のある方向へと向かって走っていく。
彼女の後ろ姿を確認してから、馨はゆっくりと扉に手をかけては店の中に入っていく。ロビーに置かれているソファに座って、机の上に置かれているブラックボックスを触っている理玖の姿を見つけた馨は、「はぁ」と大きくわざとらしくため息をついてからそそくさと靴を脱いで、理玖の元へと歩いていく。
「取り扱い説明書も読めないんですが、高砂少年は」
「あ! 甘羽さん! もう、帰ってくるのが遅すぎますよ! ……いや、多分設置は出来るところまで持って行くことは出来たんですが、何故か起動する際にパスワードを求められてしまうんです。説明書を見る限り、特に記載もなくて」
もしも、理玖の頭の犬の耳。腰近くには尻尾が生えているとするならば、それらは主人に叱られた犬の様に腫れ下がっていることだろう。
馨はゆっくりと机の上に置かれているブラックボックスの一つを手に取っては、理玖の向かい側にあるソファに座って足を組んでは何かをいじり始める。すると、画面が出てきてパスワードの入力を求められる。
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