第48話

「先生、どうかしたんですか?」

「ああ、いやね。この子が、どうしても君たちと話したいって言ってたものでね。百瀬ちゃんが連れてきた老人は、さっき息を引きとったよ」

「そうなんですね。……で、私たちに何を言いたいんですか?」


 馨はあくびをしながら、目の前にいる日葵を視界に入れる。

 理玖は、そんな態度で話を聞かなくともと思いつつもここでツッコミを入れると面倒なことになりかねないと本能的に察知してしまったのか苦笑一つで言葉を発することはない。


「……っ」

「ほら、僕に言ったことを二人に言えばいい。甘羽ちゃんは確かに突拍子もないことをするし、かなりの自由人だけど常識が全くないわけではない。意見は意見としてちゃんと聞いてくれる。変なことをしない限り、しっかりとした対応をしてくれる人だよ」

「確かに、甘羽さんって真面目に質問したら真面目に答えてくれますもんね。むしろウジウジしながら聞いた方が、割と突き返されたような……」


 数日間の、出来事を振り返りながら呟く理玖。そんな呟きが日葵にも聞こえたのか、少しだけびくりと肩を振るわせる。

 しかしそれも一瞬の出来事で、すぐに一文字にしていた口を開いてまっすぐ馨と理玖を見据えてから口を開く。


「どうすれば、私も異能官になれますか!?」


 静かな廊下に響くは、意識を固めた少女の声。緊張しているのか、少しだけ音が震えてしまっている。それでも、怖がることはせずにまっすぐに二人を見据えて口を開いた少女が二人にどう映ったのか。想像に難くないことだろう。

 理玖は、驚いたような表情を見せており。隣にいる馨はジィと、感情の読めない表情で日葵を見つめている。


「順当に行けば、試験を受けて異能官になるか。スカウトを受けるかの二択しかないでしょうね」

「鳴無先生に、聞きました。……東京の異能課には、十五歳の異能官がいるって聞きました。私でも、なれるのでしょうか!?」


 十五歳の異能官。

 それは、東京異能課に所属している現在は出張中で不在にしている少女のことを指しているのだろう。馨は、少しだけ考える素振りを見せる。実のところ、馨自身も異能官になりたくて現在の地位にいるわけではない。つまるところ、純粋に異能官になるためにはどうすれば良いのか、という質問に対しての回答を持ち得ないのだ。

 この場所が京都異能課であれば、しっかりとどのような試験が存在しているのか、どのような能力が必要になってくるのか。常識が必要なのか、と軽く説明をしていることだろう。


「私はあまり無責任なことは言いたく無いんですけど。……なろうと思って、なれるようなものではないと思いますよ。私はスカウトでここにいますが、別に異能官になりたかったから異能官になったわけではありません。私には、どうしてもやりたいことがあり。それをするために異能官という立場を利用しているだけです。だから、日葵さんの回答に素直に答えることはできないでしょうね」


 そっと視線を背けて告げられる言葉ははっきりとしている。当然、理玖も最近入ったばかりであり、彼の場合は伊月による直々のスカウトだ。どのようなことを彼が見て自身をスカウトをしたのかもわかっていない理玖も、日葵に助言できることはないのだろう。そんな二人を見て、少しだけ視線を下に向けた後にそっと上を見て二人を見つめる日葵。

 その瞳は、確かに決意を持っているが。どこか、迷子の子犬のような。

 そのような瞳に見つめられて最初に目を背けてしまったのは、意外にも馨だった。


「ほう。異能課に興味があるのかい。それは、面白いことを聞いた。ちなみに、どうして異能官になりたいと思ったのか聞いても良いかな?」

「よ、宵宮さん!?」

「気配も音もなく現れないでくださいよ……。でも、正直困っていたので助け舟はありがたいです。日葵さん、どうぞ」


 馨と理玖の間にいつの間にか立っていた伊月は、にこりと人のいい笑みを浮かべてやわらそうな物腰で話しかける。日葵は、突然現れた彼に数回瞬きをしながら驚く素振りを見せているが、首を傾げてなぜか伊月ではなく馨と理玖に視線を向ける。彼女は、伊月が異能課を取りまとめている人物であるということを知らない。

 勿論、そのようなことを自らいう伊月でもなければいちいち指摘するような馨たちでもない。


「えっと……」

「まぁ、通りすがりで面白いことを聞いたから気になってね。もしよければ、だけど」


 日葵は、少しだけ迷うような素振りを見せてから目の前に居る伊月をしっかりと見据える。何をいうべきなのかは、正直わかっていない。この場において、どのような言葉が正解なのかというものは存在しない。全てが正解であり、全てが不正解になり得るだけなのだ。それでも、彼女は自分の思っていることを拙い言葉でも伝えるべきであると、判断した。

 たった、それだけのこと。


「私は、……多分、お姉さんたちみたいに強くはないから、もしものことを考える。いっぱい、いっぱい後悔をして、辛くなって、生きるのが嫌になって、死にたくなっても。それでも、生きていくのだと、思う。他の、異能力者のことなんて正直知らないし、どうでもいい。でも、私は……。私は、私やその周りの人が楽しく生きてほしいと、思う」


 紡がれた拙い言葉は、少女の理想だ。

 理想は、現実ではないからこそ理想のままなのだ。夢は、甘く。そして、奇跡は滅多に起きることはない。だからこそ、夢は夢のままだし、奇跡は奇跡と呼ぶのだ。異能課は、良くも悪くも理想を口にする連中ばかりで構成されている。伊月は、少女の理想を耳にして目を細めた。

 どこまでも淡く、それでいて自分勝手な理想だ。


「私は、異能力者と非異能力者は手を取り合えると、思ってるから。でも、きっとそれによって非異能力者は危険に、晒されるかも、しれない。関わらなければって、きっと思うかもしれない。でも、私は。……私と関わってくれる人とは関わっていたいし、危険に晒されるなら守りたい。それが、私にできること、だと思うから」


 多くの異能力者は、人と関わらないことを選ぶ場合が多い。

 それでも、その中でも。彼女は、人と関わることを選ぶのだ。彼女は、自身のことを強くないと告げているが理玖からしてみれば誰よりも強かに映っていた。


「それが叶わない理想だとしてもかい?」

「……うん。叶わないなら、できることをすればいい。何も、全人類がそうなれと思っているわけじゃないし、きっとそれは無理だと思う。でも、限りなく理想に、ううん。私が思う私の理想に近づけることは、できるから。だから、死にたくなっても私は生き続ける。私を生かしたことは何も間違いじゃなかったということを、私は私の両親に、証明したいから」


 その言葉を聞いた伊月は、目を細めてはどこか満足そうにうなづいて日葵の頭をゆっくりと撫でる。

 まるでそれは、正解を告げた生徒と、それを褒める教師のような雰囲気を纏っている。馨は、その行動だけで全てを悟ったのか口角をわずかに上げて笑っている。伊月は、そのまま理玖の方向を向いては口を開く。


「高砂くん、新たな仕事を一つ頼めるか?」

「え、構いませんよ。あ、でも書類系ならやめていただければ……。今から報告書を作らないと行けないので」

「はは、それは頑張ってくれ。新たな仕事というのはね、彼女。脛巾日葵の保護観察官として彼女と共に生活してくれないかな。彼女は、人を殺すことはしていないが世間的に考えれば死体損壊をしている。それは仕方がなかったことであっても、法によって裁かれるべきことだ。ああ、今回私が言っているのは自殺した人の腕を斬ったことだ。彼女の処遇は、保護観察として今後どうなるのかを見てみたい」


 凛とした声に、その言葉の内容。

 到底、通りすがりの人が告げるような言葉ではないことくらい日葵にも理解できた。そして、その次の瞬間にはっきりとわかってしまう。先ほど自分の理想を告げた人物は、偉い立場の人であり。そして、異能課を取りまとめている人なのだろうということを。


「え、え!?」

「将来有望な異能官の卵だ。しっかり彼女のことを頼んだよ、高砂くん」

「え、僕もう甘羽さんの担当監視官なんですけど!?」

「行っちゃったね。はは、全て収まるところに着地して良かったじゃないか。物語風にいうなれば、めでたしハッピーエンドといったところじゃないかい、これは」


 鳴無はクツクツと楽しそうに笑いながら、片手を上げて背を向けて彼の住処でもある医務室へと戻っていく。おそらく、先ほど死亡した老人をどうにかするのだろう。死因ははっきりとしているゆえに、死体解剖などはする予定もないのだろう。馨も伸びをしては、軽く首を回して音を鳴らしている。ただこの場で、日葵だけが何がどうなっているのかを理解出来ておらずに頭の上に大量のはてなマークを生産しては飛ばしている。

 その様子を見た理玖は苦笑を浮かべてから、日葵と視線を合わせて口を開く。


「まぁ、あれだよ。今だまだ実力が伴っていないから無理だけど、異能官候補として学べということ……かな?」

「高砂少年の言う通りです。あの行動と言葉だけで、そこまで理解が出来るとは。中々に分かって来たようですね」

「褒められてもこんなにうれしくないことってあるんですね。でも、どうして宵宮さんは今回の件だけというのを強調したんですかね。正直、警察の実力をもってすれば前歴だって全て探し当てることが出来るんじゃないんですか」


 理玖はそっと腰を上げて、隣に居た馨へ疑問を投げかける。彼女は、数回瞬きをしてから少しだけ困ったように眉を下げては視線を右往左往させる。基本的には、物事をはっきりと言うことが多い馨にしては珍しい反応といってもいいだろう。何か言えない事情があるのか、もしくは何か他の不明な点があるために口にすることをためらっているのか。

 深くため息をついた後に、理玖を真剣な表情と雰囲気で見つめて口を開いた。


「確かに、そうかもしれません。私たちから見れば、警察内部はまぁクソというか。無能な集団に見えますが、あいつらは腹の底が見えない連中でもあります。何処かにスパイを飼育をしているかもしれない。だからこそ、可能性としてはある。だけど、……教えてあげましょう。そんな闇の一面を持つ警察内部ですが、一番理解しがたい不明点が多いのは伊月室長、本人なんですよ」


 その言葉に理玖は目を見開いて、僅かに息をのむ。

 そして同時に、ため息をついてしまう。この異能課を含め、警察内部には彼の思っている以上に複雑で面倒なものが渦巻いているのだろうな、ということだけを理解して先の見えない何かに対してため息をついた。


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あとがき:https://kakuyomu.jp/users/Chatte_Noire/news/16818093078321951106

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