第47話

「あら、玄。久しぶりじゃない?」

「お、久しぶりやね、藍ちゃん!」


 馨たちが異能課事務所に戻って来た時、執務室に居たのは莉音と藍、伊月の三人だけだった。伊月は、肩で机に設置された電話に繋がっている受話器を固定しながら誰かと会話をしていた。三人が戻って来たことに気づいた藍は、苦笑をしながら馨の隣に居た玄に声をかけていた。ずっとパソコンをにらめっこ状態だったのか、莉音は目がしらを抑えて気分転換を称してお茶の準備をしていた。


「はい、麦茶しかないけど」

「お、ありがとね! 莉音くん、めっちゃ目がしょぼしょぼしとるけど大丈夫か?」

「さっき目薬を使ったから大丈夫だよ。だけど、こうも長時間モニターとイチャイチャするのは疲れるな……」

「莉音、とりあえず一時間アイマスクをしてそこで寝てて。貴方の口からそんな言葉が出てきたということは、相当疲れている証拠だから」


 玄にお茶を出した莉音は、藍の指示通りにそっと共用戸棚の中にしまい込まれている使い捨てのホットアイマスクを手にしてから簡易休憩スペースに移動してソファに腰を掛けて寝そべる。普段はケロリと彼女の提案を交わして仕事をする莉音であるが、今回ばかりは本当に疲れていたのだろう。素直に休憩に入った莉音を横目で確認してから、玄に座るように声をかけてコーヒーの入ったマグカップを持って彼らの元へやってくる藍。

 馨たちは自席に座って、のんびりと自身の業務パソコンを起動していた。


「ところで、莉音さんは何を血眼になって何を探していたんですか? 結構、彼の興味を引くようなものが出来るのも珍しいもので気になりまして」

「まぁまぁ、それは追々。まずは玄くんからの報告を聞きましょう? 彼は手ぶらで異能課に来るような人じゃあないし」


 足を組みなおして、にっこりと微笑む藍。その笑顔からは、何かの圧がひしひしと伝わってくるようだ。玄は彼女の笑顔の圧には慣れているのか、特にひるむようなこともなくニッコニコとしながら麦茶を呑気に飲んでいる。その圧を向けられたというわけでもないのにも関わらず、理玖のほうが何処かびくびくとしてしまっている始末だ。

 横目でそんな理玖を見ては呆れたようにため息をつく馨も、流し込むようにして何処で買ってきたのかリンゴジュースを飲む。


「悪いけど、そんな面白い案件じゃないかもしれない。今回の一連の出来事は、深層ネットワークで軽くお祭り騒ぎになっていたようだけど……。実は、俺が居る刑事課にさ。面白い招待状が届いたんよ。流石に原文は無理だったからコピーでごめん」


 申し訳なさそうな声色と共に差し出されたのは、何かの書面が印刷されたコピー。

 机の上に置かれたそれをのぞき込むようにして馨と藍は、じぃと見つめる。理玖も続いて確認しようとするも一歩遅かったのだろう。女性二人からそれを取り上げるほどの度胸もなく、おとなしく渡されるのを待つことにしていた。


「これは……」

「ああ、これで点と点が線になったわね。薄々気づいていたけど、確信がなかったのよ」

「え、何だったんですか?」

「ゲームへの招待状ですよ」

「げ、ゲームへの招待状?」


 馨はそっと理玖に紙切れ一枚を手渡す。彼はそれを眺めては目を見開いて肩を震わせて固まってしまう。その紙切れに書かれていたのは、言ってしまえば政府への宣戦布告のようなものだ。

 非異能力者のために異能力者を排除する。

 本文にはこまごまと長ったらしく妙な言い回しをしているが、端的に要約するとそういうことになる。そして、この紙切れを見た藍の反応からして既に彼女たちはこのことについてなにか知っていたのだろう。


「まさか、今回の英雄気取りのあの人って……」

「関係者、でしょうね。それにしても、深層ネットワーク内でこんなにも隠れて大きくなっていたとは。もしかして莉音さん、今回の一件で摘発する遊びをしてたんですか?」

「まぁ、そうね。一つを釣り上げたらまぁ芋づる式に出てくるわ、で。でも、組織化されているのか追ってもどこかで切れるみたいで莉音が珍しく舌打ちをしていたわ」


 藍の言葉を想像したのか、思わず苦笑をしてしまう理玖。

 馨は何かを考える素振りを見せるも、彼女の中で言葉がまとまっていないのか口から言葉が紡がれることはない。その様子を見ていた玄は、まるでお手上げだと言わんばかりに両手を上げて肩をすくめて話し出す。


「これは、俺の推測になるんやけど。……多分、研究所が絡んでると思うんよ。研究所も最近は、というか。馨ちゃんが半壊させてから二分する意見が出てるみたいなんよね。今まで通り異能力のルーツを調べるために人体実験などを行ったり、非人道的に異能力者を作ったり。もう一つは、非異能力者のための世界を作るために研究をしているやつ。一見すると同じように思えるかもしれんけど、思想や中身は全く違う」

「えっと……。つまり、興味と好奇心だけで異能力を調べている研究者気質な派閥と、明確に異能力者を壊滅させるために異能力を調べている派閥があるってことですか?」


 玄の言葉を自分なりに落とし込むために、わずかに言い換えて確認をとる。理玖の言った言葉が的を得ていたのか、玄は深くうなづいてから「良い例えやね」と苦笑をしながら褒めていた。彼の例えは、本当にわかりやすかったのか馨の中でも何かがまとまったのか、どこか苦虫を噛み潰したようななんとも言えない表情を見せていた。


「そして、今回の人は後者だったということですかね」

「多分な。正直、後者の連中はただ単に合法的に人を殺したいがためにやってる人もおると思う。合法的に人を殺すって言っても、全然合法じゃあないんやけどね。ただ、違法でもいないってだけで。合法的に人殺しがしたいんやったら、軍隊にでも入ってどうぞって言いたいくらい」


 この手の話は、毎回面倒なことが存在しているのだろう。玄は片手で自身の額に手を添えてから、ため息をついてそのまま片手でコップを手にしてはお茶を喉に流し込んで飲む。

 結局のところ、深層ネットワークの中では何もかもが完全なる匿名性が存在しているのだ。

 もちろん、それらをしっかりと理解していなければ匿名性は存在していない。だが、それらをしっかりと理解している人はさまざまな回線を使って罠を仕掛けて、自身を守るために策を講じているものだ。あの莉音でさえも、舌打ちをするレベルということはそういうことなのだろう。


「自分は殺されることがないと慢心して、自分より立場がないやつを殺すなんて。そんなの、ただの弱いもんいじめやね」


 そっと項垂れるように、机に突っ伏す玄。

 そんな彼の姿を見て理玖は、きっとこの人にも何か色々な事情があったのだろうな、と内心で思う。彼はまだここに来て日は浅いが、それでも異能課に所属しているメンツで世間一般的に言える「普通」の人生と思われる絵に描いたようなそれらとは無縁な生活をしてきた人たちが多いのだろうなということは推測ができる。

 警察という大きな、絶対的な組織にいながらも個々の興味や好奇心を優先して好き勝手自由に仕事を行なっている連中。

 それが、理玖が在籍している異能課という場所なのだろう、と。


「甘高コンビ。ちょっと良いかい?」

「あ、アマタカコンビ!?」

「鳴無先生だ。ほら、行きますよ高砂少年」

「え、いや。わかりますけど、なんですか、あのまとめかた!」

「あの人は、コンビセットで呼ぶ時はああ呼ぶんよ。俺も、甘月コンビって言われたよなぁ。で、どっちが左で右にいるべきかって馨ちゃんと揉めたことあるで。懐かしいなぁ」


 ケタケタと当時のことを思い出したのか、楽しそうに喉を鳴らして笑っている玄の頭を軽く叩いてから馨は何食わぬ顔で入り口で待っていた鳴無の元へと歩いていく。理玖も、同じことを考えてしまったのか少しだけ不満げな表情を見せるも「これは仕事で仕方ないことである」と何度も自分自身に言い聞かせていた。

 廊下に出ると、そこには目を赤く腫らした日葵の姿と少しだけ困ったように笑っている鳴無の姿がある。

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