第46話
鳴無は小さく笑ってから口角を上げてゆっくりと話す。
こと彼らは、何かと異能力のことを不治の病であると定義することが多い。異能力者は、不治の病の患者であるという考えだ。人々というものは知らないものや未知のものを毛嫌いする傾向がある。知らぬものに触れてそれが自身を侵す何かになることを怯えているからなのかもしれないし、単純に忌避しているだけなのかもしれない。
そのようなことを難しく言ったところで、まだ幼い日葵が理解できるかは分からない。
だからこそ鳴無はかみ砕いて話すのだ。
「もっと言うならな自然災害の一つだ。地震がいい例かもしれないな。世界の技術は日々進歩して地震を事前に感知して人々に避難警告を出すことが出来る。だが、現状は誤作動もあるし警報が鳴ったとしてもその十秒後に地震が来る始末だ。十秒程度で出来る琴なんて限られている。まだまだこの技術は発展途上なのだろうね。異能力者だってそうだ。非異能力者からしてみれば、誰が異能力者なのか分からない。今はカラコンや髪を染めるのも普通になってしまっているからね」
昔よりも、異能力者は自身の病を隠して人々の中に溶け込むことが上手になっている。
そんな話を聞きながら、未だに目覚めぬ老人を見つめている日葵。彼女が、老人が危篤状態に陥っているのは自身のせいであると考えているのに対して鳴無は「偶然だった」と告げる。その言葉に、慰めの色はない。鳴無は、本当に偶然でしかなかったと思っているのだろう。
「もっとわかりやすいように例えよう。例えば、君が大事な人と一緒に買い物に行ってたとしよう。その中で、君はトイレに行きたくなって連れに一言告げてトイレに向かった。だが、戻って来た時先ほどまで居た場所で通り魔が発生して、連れは巻き込まれて死んでいた。さて、これは君のせいになるのかな」
「そ、れは……。でも、待っていてとか言ったら」
「はぁ。……君が思っているほど、人間は莫迦でもなければ純粋でもない。自分の命の危険が目の前にあって、その言葉を律儀に守るのは一握りだろう。その連れが余程腕に自信がある腕っぷしなら話は別だけど。言ってしまえば、それは予測が出来ない仕方がなかったことなんだ」
当事者ではなければ、誰もが口をそろえてそう告げる。
仕方がなかったことであったとしても、予測が出来なかったとしても。彼らは当事者でないから、好き勝手言うことが出来る。日葵は、そっと視線を老人から鳴無へと移動させて目を伏せてから重い口を開いて言葉を紡ぐ。
「それは、先生が強いからだよ」
「ほう……?」
「確かに、仕方がなかったかもしれない。でもね、私はそこまで強くないから。もしものことを考える。もしも、出会っていなければ、この日買い物をしようと言わなければ。どうしようもなかったことだとしても、そう考えるしかできない。もっと、違う方法があったのではないか、とか」
日葵の言う、そのもしもの話は。きっと、自分と目の前の老人が会うことがなければ、ということもあるのだろう。
彼女の言葉に「そうか」と言葉を漏らしては、息をつく。決して呆れて息をついたわけではない。鳴無は職業柄様々な人を見ている。故に彼なりに思うこともあるのだろう。
「……、」
「……ッおじいちゃん!」
ぴくり、と老人の指が動きわずかに瞼が震える。
それにいち早く気づいた日葵は勢いよく立ち上がり、老人の手を握りしめる。同時に、鳴無もゆっくりと立ち上がり老人の傍まで移動して様子を確認する。機械は安定して、その命を証明しているが時折不協和音が見え隠れしている。
もう長くはない。
長年の直感で分かった鳴無は、隣で老人に呼びかける日葵へ告げる。
「言葉は選んで話すんだ、後悔がないように。伝えたいことを伝えるんだ。人生に、「もしも」はないからね」
それだけを告げて日葵の頭を撫でて部屋を出る。きっと彼なりの最期の気遣いだったのだろう。
一見すると、少し冷たくも思えてしまう鳴無の言葉をしっかりと受け取った日葵は頷いて意識があるのかもわからない朦朧とした老人へと話しかける。
――言葉は選ぶんだ、後悔がないように。
「……日葵、嬢」
かすれた声が、透明のマスクの中で木霊しては露となり姿を変える。
日葵は老人の手を握りなおして今できる限りの笑顔を見せる。くしゃくしゃに歪んで、お世辞にも綺麗な笑顔とはいいがたいその表情を惜しみなくさらけ出す。
「きょう、は、なにを、しよう、か、ね……」
とぎれとぎれの言葉は、ノイズに混じり聞き取りづらい。
それでも耳を澄まして必死に音を拾い返答をする。
「今日は将棋をしよう。ほら、前に負けてから色々研究したんだ。だから、次は王手を決めるよ」
ありふれたいつも通りの返答を、震える声で返す。
本当はもっと色々言いたいことはある。自分のせいで巻き込まれたことへの謝罪をしたい。だが、それを老人に言ったところで彼を困らせてしまうだけだろう。幼い日葵でも、それだけは安易に想像することが出来る。だからこそ彼女は、いつものように言葉を返す。
まるで明日も当然に来るのだと信じてやまない、無垢な子供のように。
誰もにも生活が侵されることなく、世界が幸せだと信じてやまない箱庭の鳥のように。
手を伸ばせば、美しい空に浮かぶ星を掴むことが出来ると信じていた、あの時のように。
両親が、自分のために、人を殺してきていたことなど、知らなかった、あのときの無知な自分のように。
「そ、れは、た、のし、みだ、なァ……」
命を証明していた波がなだらかになった後に水平線になる。
少女はまだ仄かに暖かさが残っている老人の手を握って「ありがとう」とボロボロな声で告げていた。
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