第45話
異能課にとって、「変わり者」というのはある意味で褒め言葉である。
だからこそ、藍はどこか誇らしげに。それでいて楽しそうにそう告げるのだろう。彼女の声しか聞くことができない日葵だったが、声しか聞こえていないからこそ彼女が「変わり者」であることに誇りを持っているのだろうということがわかった。数分腕の中で揺られて、ぴたりと立ち止まりゆっくりと降ろされては目隠しを外される。
先ほどまで真っ暗だったからこそ、いきなり照明が視界に入ってきて眩しかったのかわずかに目を細める日葵。そんな彼女を見て、小さく微笑んでは一つの部屋を指差した。
「えっと……」
「この部屋は、異能課専門の医務室よ。今、この中にあなたが探していたお爺さんがいるわ。正直、先生の見解では打ちどころや刺さった場所がよくなかったのか助かるかも怪しいところみたい。実は、室長が親族の方に連絡をしたんだけど全員そんな人は知りませんの一点張りだったの。だから、もしよければあなたが傍に居てあげてくれないかしら」
「私で、いいんでしょうか……」
「仲が良かったのでしょう? それだけで十分よ。きっと、お爺さんだって冷たい碌でもない親族に傍に居られるよりも一時でも楽しく会話をした友人が近くにいた方がいいに決まっているわ。……まぁ、人によるけど少なくとも私はそっちの方が嬉しいと思うもの」
藍はそれだけを告げて、医務室の扉を開けていまだに中に入ることを躊躇っている日葵の背中を軽く押した。
彼女は意を結したのか、口を一文字にしてはゆっくりと足を前に踏み出す。彼女が医務室の中に入ったことを確認した藍は、肩をすくめて小さく息をついてゆっくりと扉を閉める。彼女が部外者であったとしても、この医務室の中には異能課専属の医師である鳴無が駐在している。だからこそ、問題ないと判断したのだろう。
「彼女はもう中に?」
「室長。……はい、中にいますよ。鳴無先生と一緒にいるので問題ないと判断して、私は中には入りませんでした。部外者がいるよりも、当事者たちのだけの方がいい時だってある、でしょう?」
「はは、違いない。鳴無先生であれば、何かあれば無線で連絡を入れてくれるだろう。じゃあ、私たちは執務室でことの顛末を、いや、違うな。処理を考えるとしようか?」
「まさか。どうせ、処理は毎回の如く室長が単独で勝手にしてしまうのでしょうに。……私たちが行うのは、どれだけ綺麗なストーリを描いて刑事課に提出するか、でしょう。またの名を、隠蔽というのでしょうけど」
心外だ、と言わんばかりに肩をすくめた伊月はそのまま困ったように眉を下げて笑って執務室へと足を進めていった。
藍は小さく笑って、そっと横目で医務室の扉を見つめてから伊月に続くようにして足を進めたのだった。
二人が、医務室の前から立ち去った同時刻。
「君が、脛巾日葵ちゃんか。彼は……いや、君たちにとって名前は然程重要でもないか。彼は、君と一緒に会話を楽しんだ老人であっているかな?」
「……はい。あの、おじいちゃんは」
「そうだね。あまり希望的なことは言いたくない主義だからはっきりというね。八割の確率で助からない。彼がどうしても生きたいとか、そういう強い気持ちとかさ。奇跡が起きれば、残りの二割を勝ち取れるかもしれない。だけど、彼の体力などから考えても助からない確率のほうが高いだろうね」
薬の匂いが充満する医務室の一角で、点滴や酸素マスクに繋がれ包帯を巻いた老人を視界に入れて日葵は隣にいる男に話しかける。男は、はっきりとした口調で日葵の知りたかったことであろうものを告げた。包み隠さずに、はっきりと。相手が子供であろうが、男には関係ない。彼の仕事は、病人の現状を嘘偽りなく伝えることである。
日葵もなんとなくわかっていたのだろう。「そっか」と小さくつぶやいて、老人が眠っているベッドに近づいた。
「ここからは、僕の個人的な興味だ。就業時間であるけど、ある意味プライベートだと思ってくれ。……君は、彼と仲が良かったのかい?」
「仲が良かった、のかはわかりません。でも、あの場所に行ったらいつも声をかけてくれました。最初はたわいない話をして、次は将棋を教えてもらった。あとは、そうだ。私が学校に行けていないと言ったら勉強を教えてくれました。そんな、関係ですよ」
世間一般的に見れば、彼女たちの関係は先生であり、教え子。趣味の友人であり、そして。
男、鳴無はそっと椅子に座って足を組む。日葵も、そっと彼に習ってゆっくりと椅子に腰をかけて膝の上に手を置いて軽く握りしめる。握りしめられた拳は、わずかに震えている。恐怖なのか、後悔なのか。もしくは、別の感情が込み上げているのか。それは、日葵にしかわからないことであり彼女の中で留めておいても問題のない感情だ。
「へぇ。君、将棋が出来るんだ。今度暇な時にでも、僕と将棋をしようよ。僕も将棋をするんだけど、ここの連中は全員していないんだ。馨と莉音はチェス派って言われて断られたし。他の連中はルールを知らないから無理だって断られたんだよ」
飄々として告げる。この声色は、至って普通であり彼女を慰めるわけでもない。単純に、自分が話したいと思ったから話しただけに過ぎないのだ。どこまでも自分勝手のようなその行動が、今の日葵にとっては心地が良かったのだろう。目を細めて口角をあげて静かに笑う。
「うん。その時は、将棋をしよう。私、おじいちゃんに勝てたことがないから弱いかもしれないけど」
「弱い強いは関係ないさ。僕は単純に遊びたいだけなんだ。……あまり勝ち負けには拘らない主義でね。ああ、だけど勝負事は嫌いというわけではない」
鳴無はそれだけを告げて、腕を組んでは目を伏せる。
日葵はそっと視線を、鳴無を捉えてはすぐに目の前で眠っている老人へと戻す。顔は、どこか青白く正直生きているのか死んでいるのかも曖昧だ。彼につながっている機械だけが、老人が生きているということを証明している。この繋がっている機械の一つでも抜けて仕舞えば、老人はすぐにでも息絶えてしまうことだろう。
握られた拳が、震える。
「……私の、せいだ」
少しでも自身と会話をしたから、仲良くしたから。
だからこそ彼は、一番最初に狙われた。それも、日葵を炙り出すためだけに。彼がいなくなっても、日葵が気づかなければ意味がないというのにも関わらず。言って仕舞えば、彼は彼女と少しでも関わりがあったために狙われてしまったともいうことができる。
「それはどうしてだい?」
「私が、おじいちゃんと楽しそうに話をしていたから、私のせいで」
「ふむ……」
どこか重く、沈んだ言葉に対してどう返答をするべきなのかを鳴無は思考を逡巡させる。彼に、気遣いという言葉はあまり存在していない。思ったことをそのままはっきりという、それが彼なのだ。そんな性格だからこそ、この異能課でも専門医として在籍することができている。
「それはあまりにも自分を過大評価しすぎなのでは?」
「……え?」
「僕たち異能課に関係しているものたちは、異能力のことをある種治すことができない病気であると考えている」
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