第44話

「状況は至って普通やね。さっきは、自首って言ったけどまぁ自首っていうよりも通報っていうのが正しいかもしれん。調べたら、ぎょうさん出てくるやろうから結果的には自首ってことになるんやろうけど。女の人の話では、名前も知らん男に雇われたらしい。勿論、報酬は金や。俺たちからしてみればしょうもない金額やったんやが、明日の食いもんを調達することも厳しい中で生きとる人からしてみればそれでも大金やし、恵みの雨やからな」

「その女の人、というのはきっと高砂少年をストーキングしてくれた人でしょうね。連絡があったという時間から考えて、高砂少年にキレられてから自首をした、ということになりそうですかね」


 馨の言葉に対して苦笑をする理玖。わずかに、言いすぎたかもしれないと思った理玖であったが苛立っていたことも事実。結果的にいい方向に向かって問題ないか、と片付ける。勿論、これは結果論でしかないが。馨と玄も結果論は良かったこともあり、特に何かを理玖にいうことも咎めることもしなかった。

 理玖はそっと手をあげて口を開ける。


「ですがよくその証言だけで動けましたね? もっと明確な証拠とかがないと動けないのではないかと思っていたんですが」

「まぁ、普通はそうやね。だけど、俺の場合はちぃと特殊というか、なんというか。それはさて置こうや。……で、その証言を元に莉音くんにそれとなぁく、ていうか。ガッツリ聞いてみたところ事実言うからこうやってやってきたわけやね。タイミングがいいというかなんというか、馨ちゃんが持ってきた血付きの土の結果も出たことやしって」


 時折、何か言いづらい事情でもあるも苦笑をしながら言葉を濁す玄。それについて理玖は追求をすることはないが、馨から軽く経歴を聞いていたこともあり面倒な事情があるのだろうなと少しだけ労わるような表情を見せていた。


「その女の人からは俺が話を聞いたんよ。他の連中やと、面倒なことしか聞かんやろうなって。いや、的外れでアホな今年か聞かへんやろうしっていう俺なりの気遣いやね。俺はできる子やから」

「あ、なんだか今甘羽さんの元相棒であることがしっくりきたかもしれないです」

「なんやの、それ。……まぁ、ええか。なぁかなかに面白い話を聞けたからな、今から異能課に行ってお茶でも貰おうかなって思うていたところやし。お邪魔しても?」

「玄くんの面白い話は本当に最高なものが多いですからね、大いに結構。そうだ、前回は私が報告書を出したので今回は高砂少年が報告書を出してくださいね。じゃあ、異能課に戻りましょうか」


 馨は欠伸をしながら、そっと踵を返して歩き出す。

 玄も一緒に帰るのか、歩いていく馨の隣を楽しそうに一方的に話をしながら歩いていくばかりだ。理玖は、そんな二人の後ろ姿を見てから周囲を見渡してため息をついて歩いていく。


 ――月ヶ瀬さんは、異能課の人間ではなくて一応ここに捜査に来ているのでは?


 ぼんやりと出てきた疑問でさえも、口にするのはなんだかくだらないような気がしてしまったのか自身の額に手を添えて深い何度目鴨分からないため息一つつくことでこの場をとどめて二人に追いつくように軽く走り出したのだった。



「はじめまして、日葵ちゃん」

「えっと……、はじめまし、て?」


 馨により風の通り道へ放り込まれた日葵は、警視庁の一口まで移動していた。風の通り道から出てきた日葵は、これからどうするべきなのかを考えあぐねていると扉から出てきたのは一人の女性だった。

 女性、改め百瀬藍はニコリと微笑んで周囲を見渡して立っていた日葵に手を差し伸べて優しく声をかけた。


「話は、馨から聞いているわ。ああ、あのイチゴにチョコレートを掛けたような髪の毛をした子のことね。ひとまずお客さんとして迎えることを室長も了承しているから行きましょう。……まぁ、ちょっと見せることができないルートだから目隠しをしてもらうのだけど」


 日葵の手を引いて警視庁の中に入った藍は少しだけ困ったように眉を下げて、目隠しを手にして言葉を紡ぐ。そもそもな話、異能課がある事務所への行き方は内部の警官であろうとも知らない人が多い。そのため、部外者である日葵は特別に異能課の事務所へ招待はするが行き方を教えるわけにはいかないという妥協策なのだろう。

 日葵は手渡された目隠しを受け取りそっと自身の目を隠す。


「何も見えない……」

「ふ、あはは。そりゃ、そうよ。黒いように見えて、実はスケスケで見えてますだなんてことがあれば、目隠しの意味がないでしょ? 手を繋いで誘導するから安心して。階段とかは、そうね。抱き上げて運びましょう……いや、そうするなら最初から抱き上げて移動しましょうか」

「え!? お、お姉さんが!? 私、重いよ!?」

「あら、私はそこまでひ弱じゃないわ。これでも父から武闘一式習わされていたの。大柄な男を投げ飛ばすことくらい簡単よ」


 身長は女性の平均よりも多少高い部類に入るのであろう藍は、楽しそうに笑って一言かけてから日葵を簡単に抱き上げてしまう。

 抱き上げられたことに気づいた日葵は、急いで落ちないように藍の首に手を回してしがみつく。その姿が面白かったのか、クスリと小さく笑ったあと彼女は「歩くわね」と告げて足を進めていく。


「お、重くないですか……?」

「重くないわよ。まるで羽毛布団を運んでいるみたい、……は言い過ぎね。警察学校時代は、よく過酷な訓練に倒れた同期の成人男を担いでいたからそれに比べたら軽いわよ」

「お、お姉さんは力持ちだね……」


 乾いた笑みを浮かべているのが目元を隠していてもわかるほどだ。

 藍は小さく「そうかもね」と笑っては足を進めていく。時折片手で日葵を抱えなおしては、何かを操作することも行っている。


 ――片手でも持てちゃうなんて、やっぱり怪力だ、この人。


「そうだ。日葵ちゃん、お菓子は……って食べれなかったわね。お腹空いてない? 血は飲めるのかしら」

「……うん、飲めるよ」

「良かった。実はね、医務室にある先生の輸血パックシリーズの一部がそろそろ使わないと廃棄処分になるみたいなの。折角だから、飲んでいってくれないかしら」

「全部、聞いてるんですね」

「情報収集は得意なの。お客さんが来ても、水も出さないだなんて失礼じゃない? でもあなたは水が飲めない体質だから代わりにね。あまり背負わないで。私たちは、廃棄するしかなかった輸血パックが処分出来る。あなたは喉を潤わすことができる。お互い様というやつじゃないかしら」


 カラカラと笑いながら何でもないことのように告げる。実際、藍にとっては異能力者という存在は身近にいるので今さら日葵のことも特別何か思うことはないのだろう。特別扱いをしない、とはよく言ったものだがそれと同じものだ。

 ただ、日葵からしてみればこの対応は今までされたことがなかったために新鮮に映っているのだろうが。


「……あのお姉さんもそうだったけど。お姉さんも、変わり者だね」

「そうかしら。いや、でもそうね。伊月室長が直々に見繕った選りすぐりの変わり者たち集団だから、私たちは」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る