第43話

「え、それって同時に二つ出すことができるんですか!?」

「はい、問題なく。……まぁ、それなりに体力を使いますがそれは食べれば問題ないので。異能力というものは、たいてい何かを消費して使っていくものです。私の場合は、体力を使うだけなので食事で賄えるので問題ないだけですよ」


 二人は慣れたように、馨の作り出した風の通り道に足を踏み入れて各々で楽にする。

 理玖はまだ数回しかこれを使っていないが、それなりに楽でまともな体勢を取るのには体幹が必要であるということを学んでいるのだろう。やはり今回もまともに座るポーズは取れなかったらしく、だらりと身を任せていた。


「結局、行方不明だったお爺さんは無事。日葵さんも保護して、彼女を殺そうとした奴は捕縛したので丸く収まったという感じでしたね」

「まぁ、そうですね。表面上は綺麗にまとまっているのでいいと思いますよ。確実に裏では色々と動いていると思いますけどね、今回の一件は。さて、私たちは現在聞き込み屋ガサ入れの如くの場所に向かっているわけですが。なぜ向かっているのか、わかりますか?」

「え、甘羽さんが揶揄いたいだけですよね? もしくは、日葵さんに時間を与えたとかですかね。甘羽さん、口では子供が嫌いだって言いながら何かと甘い節がありますし。やっぱり、下にきょうだいがいれば上はしっかり者になるとかなんですかね」

「高砂少年は、私のことをなんだと思っているんですか。……ですが、どちらも違いますね。まぁ、この機に顔を広めておくこともいいでしょう。玄くんはうちの大事な情報源の一つでありますからね」


 どこか得意げに笑って楽しそうに言葉を紡ぐ。

 まだまだ理玖は異能課の本質を理解していない。そして、目の前に居るその女の考えも当たり前に理解は出来ていない。彼らの組織は表舞台にある京都異能課とは異なり、裏部隊に潜んでいる。故に、そこに首を突っ込めばろくなことにならないというのは他の部署からの認識である。


「情報源って。でも、その人も警察内部の人なんですよね? それじゃあ、まるでスパイみたいな……」

「まぁ、そんな感じだったんですよね。実は、玄くんは元監察の人間だったんですよ。警察を見張る警察ってやつですね、ちょっと意味合いは違うかもしれないですが。最初は異能課を監視するために来てたんですけど、見事上に歯向かって地方へ左遷。最近戻って来たんです」

「なんか異能課の関係者って、こう……変わり者が多いんですね」


 理玖なりにオブラートに包んだ結果なのだろう。

 苦笑を浮かべながら告げられたその言葉は、何処か遠慮が見え隠れしている。馨はそれに気づきながらも、特に何かをいうこともなく楽しそうに口角を上げて頷くだけだ。


「まぁ、何かとうちは爆弾なものなので。上としては、公式的なお抱え部署であるけれどもそこに所属している異能官が元犯罪者や犯罪者予備軍であるなんてことは何が何でも隠し通さなきゃいけないようですから。大変ですね」

「そんな他人事のような……」

「実際、そこらへんの苦労に関しては他人事ですのでね。よし、見えてきましたね。では見えづら場所で降りて歩いていきましょうか。あぁあ、何度あのホームレスがいる場所に来たことか。そうそうないですよね、こう言うところに来るのは」


 二人はそっと風の通り道から抜け出しては伸びをする。

 はっきりと見えていたはずの通り道は、馨が指を鳴らしたことによりパシリと消えてしまう。まるで、最初からそこには何もなかったかの如くに。消えた通り道を、不思議そうに見ていた理玖はいつの間にか歩いて行っている馨に気づいて急いで彼女の元へとかけていく。

 二人が何度もやってきたホームレスたちが拠点にしている場所には、複数のホームレスに何か聞き込みをしているかっちりとしたスーツを着こなしている人物や警官の制服を着用しているものまでいる。ここまではっきりと彼らが堂々と仕事をしていると言うことは、分かってはいることであるが異能課が彼らに情報を提供したのだろう。


 ――きっと情報を提供された時は悔しがってたんだろうなぁ、ああ、見ものだろうなぁ。


 ぼんやりとそのようなことを考えた馨は、周囲を見渡す。


「それにしても、こう見ると今朝の自殺現場もそうですが。なんだかドラマを見ているようです」

「私たちは基本的に、このような現場にいくことは滅多にないですからね。そう考えると、異能課というのは少しばかり地味なような気もしますね。いや、でも他の部署であろうが彼らは基本的に書類に向き合っている方が長いですし、そう考えると結局はどっちもどっちなのかもしれないですね」

「かっこよく犯人を捕まえるのはドラマだけの話ってことですね」

「まぁ、そういうことです。でも、証拠があればかっこよく捕まえることができますよ。ああ、そうだ。私が屋上でした事は基本ドラマの中だと思いますよ。一回言ってみたかったんですよね。様になってましたか?」


 くすくすと楽しそうに口元に手を添えて笑っている馨を見て、静かに自身の額に手を添えて深くため息をつく理玖。

 薄々と分かっていた事であるが、それでも本人から言われてしまうと項垂れてしまう何かがあるのだろう。彼女は、彼女自身が保有している異能の影響で見た目が中学生か高校生くらいに若いが実際のところは成人済みの女性である。

 故に余計に頭を抱えたくなってしまうのだろう。自分よりも年上なのに、と。


「それにしても。どうしてここまで一気に話が進んだんですか?」

「それはっスね。なぁんと、びっくりなことにここにいるホームレスの一人の女性が自首してきたんですよ。名前は知らんけれども、一人の男にお金を貰ってここにいる老人一人をとある場所まで案内したってね」

「うわぁああぁ!?」


 音も気配もなく、理玖の後ろから声をかけたのは一人の青年。

 いきなり自身の後ろで声がしたことで驚いたのか、理玖は思わず声を上げて肩をびくりと動かして驚いてしまっている。隣にいた馨はいつの間にか後ろにきていた青年に気づいていながらも何もいう事はしなかったのだろう。叫んでいる理玖を煩わしそうに横目で見つめては自身の耳を塞いでいる。

 隣にいることもあり、叫ばれるとうるさくて仕方がないのだろう。


「玄くん、お久しぶり」

「久しぶり、馨ちゃん! 羽風ちゃんと夏鈴ちゃん、あとは莉音くんも元気でやっとる?」

「バリバリ元気ですよ。夏鈴ちゃんは今は現地出張で居ないですけど」

「へぇ。現地出張かぁ。あれって、基本的に制圧が目的なんでしょ。余裕があれば回収もやったけかな。まぁ、敵対組織をこの際一気に消しちゃおうってやつやったかな」


 関西訛りのような話し方をする青年を訝しげに見つめていた理玖だったが、馨が彼のことを「玄くん」と呼んだことにより元異能課にいた左遷された青年であると理解したのだろう。どこかジロジロと観察するような目で思わず見てしまう。理玖の視線に気づいた青年、改め月ヶ瀬玄は楽しそうにカラリと笑っていた。


「初めまして! 俺は、月ヶ瀬玄。馨ちゃんの恋人っス!」

「何出鱈目言ってんですか。元臨時相棒だっただけでしょうに」

「俺は相棒のことを恋人っていうんやよ。馨ちゃん、知っとるでしょうに」

「その法則で行くなら、元恋人というのが正しいのでは? まぁ、茶番はさておき。状況は?」


 馨の声色が変わった刹那、玄の纏う雰囲気がガラリと変わる。まるで本当に同一人物なのかと少しでも疑ってしまうほど。理久は唖然としながら、その変わりようを見つめている。二人は気に留めることもしていないので、これはよくある当たり前のことなのだろう。

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