第42話

 馨の説明を聞いていた理玖は、テンションの上がり方がおかしいんだよな、と内心で思いながらも眉間に皺を寄せるだけでとどめている。本音を言うならば、色々と突っ込みたいところがあるのだろう。


「まぁ、鳴無先生の話はここまでにしておきましょう。ところで、ここで水をさすのもあれかなって思ったんですけど」


 馨は首を傾げながら、理玖と日葵の二人を視界に入れてから自身の顎に手を添えて言葉を選ぶような素振りを見せてから小さくため息をついて肩をすくめて話出す。


「今回の仕事内容は、彼女の保護ではありません。まぁ、伊月室長ならいつも通り問題なく快諾するとは思いますけど。それなりにの報告書を用意しなければ、あの伊月室長でも押し通すのは難しいかもしれません。それに、この件は刑事課も並行して動いているようです。刑事課をどうにか黙らせてあげないと、こちら側も動くのは厳しい状況になり得ます」

「まぁ、そうですよね。あ、君にこんなことを聞くのもあれなんだけど。今朝方見つかった、死体の一部が存在していないあの自殺したと思われる死体。一部を持ち去ったのは、脛巾さんであってる?」


 理玖の言葉に、少しだけ視線を右往左往させてからそっと伺うように彼を視界に入れて静かに頷く日葵。

 もとより、彼女たちは死体の一部を持ち去ったのは日葵であるということは知っていたが念の為の確認なのだろう。馨は、そっと無線機を繋げてはどこか明後日の方向へと視線を向けてあくびをする。日葵の対応は自分が実施するよりも、理玖に全てまかしておいた方がいいということを察したのだろう。彼とて、一介の異能課のメンバーである。それなりに、仕事はできるということをこの数週間で馨でも理解はしている。

 勿論、やり方も比較的に馨の近いやり方を平然と実施してくる、ということも理解をしている。だからこそ、彼女といまだに相棒が解消されることなくここにいるのかもしれないが。それは理玖の預かり知らぬ話である。


『馨くん、今大丈夫かな』

「はい、大丈夫ですよ。このビルの全体像のハックが完了しましたか?」

『うん。あと、君たちが持ってきてくれた血痕が付着したものの解析も完了したみたい。あれはやっぱり人の血で問題ないようだよ。あと、その持ち主は。そこのビルに入っている会社の創立者、というのもわかった。幸い、彼は血液データを提供していたことが過去に何度もあったようでね。照らし合わせるのに時間は掛からなかったよ』


 異能課は、基本的に使えるものは全てを使って捜査を実施するスタンスである。

 あまり公表出来ないような手段を中には使用する時だって勿論ある。それゆえに、一部のものからは嫌われている組織でもあり。内部の人間はアングラな部分があると苦笑しながら告げることをするのだ。彼らに提示されている公式的な道具は極めて少ない。ならば、こちらから覗きにいって仕舞えばいい。バレなければ、ルール無視を実施しても問題ない。

 それが異能課にある、暗黙のルールのようなものである。事実、今に至るまでバレたことはない。


「死体は?」

『死んでいない、と確定的に言えればよかったんだけどね。……正直、わからないというのが事実だ。そして、その倒れていた老人は。今し方、百瀬監視官が見つけて保護、いや。回収したところだよ。今は異能課の医務室にいる。ちなみにだけど、刑事課が君たちが何度も行ったホームレスたちの住処に今捜査を行っている』

「そうですか。……では、私たちもあの場所に行ってみましょう。刑事課からは誰が派遣されているかなど、もう分かりますか? ああ、わからなければ別にいいんです。喧嘩をふっかけてきて戻ってくるだけですから」

『臨時相棒であった、月ヶ瀬玄ツキガセゲンくんが出動しているということは聞いたから馨くんのいいおもちゃになるんじゃあないかな』

「なんと、玄くんが? よし、これは行かねば損というもの。高砂少年、日葵さん。先ほど莉音さんから私たちが探している老人について確認できました」


 先ほどまでずっと馨は一人で莉音と通信をしていたので、その内容を理玖が知る由はない。当たり前であるが、日葵もその内容を知ることはない。どこか得意げに自身の腰に手を当てて、ふふんと鼻を鳴らして彼女は告げる。まるでその光景は、どこかの三流探偵のようなものを感じさせるには十分だ。


「あ、あのお爺さん無事だったんです!?」

「いや、無事とは言い難いようですね。結構出血をしているようで、正直なところをいうと危ないというべきでしょう。彼は今異能課の医務室で先生の手当てを受けている最中です。もしものことを考えて、日葵さんを先に異能課に送り込んでから私たちは現場へ向かいことの顛末を見届けることにしましょう。関わったからには……」

「最後まで結末を知る必要がある、ですよね?」

「……はい。なんだ、本当に私の相棒がいたについてきたんじゃないですかね。とまぁ、そういう訳でなんですけど。だからといって、異能課に私たちが戻ってそのまま現場に行くのは非常に効率が悪い。莉音さんたちには、メッセージで日葵さんを警視庁の前まで送り続けるので回収して欲しいことは伝えています。なので」


 馨たちは、そっとビルを出て空を見上げる。

 何もまだいっていないが理玖は全てを察してしまったのだろう。自身の額を抑えては、深くため息をついている。彼としては、確かに便利な移動手段であるという認識をしているが慣れていないうちのそれはジェットコースタのような絶叫マシンでなくともなぜか酔ってしまいそうになる何かを金揃えている。

 日葵は、何が何だかわかっていないのか理玖と馨の顔を交互に見ては首を傾げている。彼女は、自身に降りかかるであろう何かを未だ知ることはない。それに、あのなんともいえないものは実際に感じなければわからないものが存在している。


「日葵さんは、風の通り道を使って直送します!」

「だと思いましたよ。……はぁ、まぁ。うん、確かにその方が効率がいいですけど。搬送される彼女は大丈夫なんですか?」

「何を心配するのか。私の風の通り道は一番安全といっても過言ではないですよ、ええ、本当に。なので、その点は安心してください。交通事故なんてものはそうそう起きませんし、起きたところで怪我をするのは日葵さんではなくぶつかってきた方だと思うので」


 まるで決めポーズを決めるように高らかに腕を上げて、パチンと軽い音を指で鳴らす。

 刹那、ふわりと風が集まってきては道のように馨が思い描いたものが出来上がっていく。日葵は疑問符を浮かべてそれらを見つめていたが馨によって腕を掴まれてその見えない道のなかに放り込まれる。


「え、うわぁ!?」

「じゃあ、そっちはよろしくお願いしますね。莉音さん、先ほど日葵さんを風の通り道の中に入れたのでついたらよろしくお願いしますね」

『わかったよ。じゃあ、百瀬監視官にお願いしよう』


 馨はその言葉を最後に、静かに繋げていた無線機を切断する。

 ゆっくりと自身のスマホを取り出して時間を確認してから、先ほどと同じように腕を上げて高らかに。そして得意げに指を鳴らしてもう一つの風の通り道を突き出していた。

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