第41話
まるで答え合わせでもするかのようなその口ぶりに、苦笑をする理玖。
彼は明確に言うことはしなかったが、馨の性格を理解したうえであのような言い方をした。やってはいけないことだけを伝えて、あとは彼女の好きにさせるつもりだったのだ。二人の会話を聞いていた、日葵は僅かに目を見開いて何処か驚いてるような表情を見せている。まさか、彼がそのような意思を持って指示をしたとは思ってもいなかったのだろう。
何せ、日葵から見た理玖というのは。何処までもお人よしで、何処か人に騙されやすようなものだから。
人に無関心だからこそ、容赦なく始末することができるのだろう。
「で、そっちは問題なさげですか?」
「はい、何とか。……でも、まだ解決していない問題があるので確認が必要だと思います。この人は、どうするんですか?」
「まぁ、放置していても問題はないんですけど。さっき、グループチャットで現在地を送信しているので誰かが回収に来ると思いますよ。では、高砂少年の言う通り。もう一つの謎を確認しましょうか」
目を細めて告げられる言葉は、何処か楽しそうに歪んでいる。
馨は地面に伏せて使い物にならなくなった男が邪魔だったのか、軽く蹴り飛ばしてからスキップをするように軽い足取りで屋上にあった扉まで移動して振り向いて笑っている。
彼女の笑みは、まるで子供のように無邪気で。それでいて恐ろしく歪んでいる。
「もう一つの、なぞ」
「はい。ああ、折角だから自己紹介をしましょう。初めまして、可愛らしいグールさん。私は甘羽馨。異能力者を取り締まる異能力者、異能官を務めています。そして、貴方の隣に居る彼は高砂理玖。私の担当監視官です」
そっと腰を低くして、日葵と視線を合わせた馨は至極普通の声色で告げる。彼女なりに、子供である日葵を怖がらせないようにという配慮もあるのだろう。目元は少しだけ垂れており、眠いのかそうでないのかは不明であるが幾ぶんと柔らかい雰囲気を纏っているようにも思える。
最も、日葵は先ほどの馨の発言や行動なども見ているので今の柔らかな対応がかえって恐怖を生み出しているのだが。
「異能力者でも、仕事ができるっていうのは本当だったんだ……」
「まぁ、異能課はある意味で噂程度の存在ですもんね。そういう部署があるらしいぞ、という感じの。情報収集をしっかりしている人であれば知っていて応募をする人もいるんですが。まぁ、世界的な認知としてはこれくらいでしょう」
馨はそっと立ち上がっては伸びをする。そのまま、躊躇うこともなく扉に手をかけてスタスタと足早にどこかへ向かって歩き出す。理玖はそんな彼女の後ろをはぐれないようについていくばかりだ。日葵に至っては脚の長さの問題で、少々小走り気味になってしまっている。
「ちょ、甘羽さん! 彼女との身長差を考えてくださいって!」
「おっと、これは失礼。……でも、私と日葵さんってあまり身長変わらないと思うんですけど。私の方が少々身長が高い程度では。最近の子供というのは、成長がいい意味で早いんですね。羨ましい限りですよ……」
口では羨ましそうに言っているが、馨の身長は低くもなく高くもない。つまるところ、平均的な身長である。それでも彼女が自身の身長はどちらかというと低い方である、と告げる理由は単純に異能課に所属しているメンツの多くが長身だからだ。周囲に長身しかいなければ、自身の身長が平均的であっても低く思えてしまうものである。
「でも私は成長が遅い方だよ、多分。満足な栄養だって摂ることもできないし……」
「そもそも、私たちとは体の作りが違うんでしょう。なので、私たちが思っている栄養で日葵さんが成長するとも限りません。うぅん、そこは検査をしないとちょっと。先生に見てもらうしかないんですよね」
当然のように告げられるそれは、日葵にとっては意外だったのか驚いたように目を見開いて瞬きを繰り返している。
理玖も彼女の言葉には意外だったのだろう。一瞬、唖然としていたがすぐに表情を戻して馨に対して質問を投げかける。いつの間にか、三人の距離はほとんどなく馨は日葵たちの歩幅に合わせていた。
「検査って、え。もしかして、異能力研究所にでも彼女を送るのですか?」
異能力研究所。
それは、解明が難しい異能力について調べるために設立されている政府公認の研究機関の一つである。そして、馨は過去にその研究機関の支部のほぼ全てを壊滅に追い込み研究員を殺し尽くしてきた。それらの詳細は彼女の口から語られることはまだないが、理玖は言ってから気づいてしまったのだろう。
どこかバツの悪そうな表情をしながらも、そっと伺うように馨を見ている。その表情は、まるで悪いことをしてしまったと自覚をした子犬のようにも見える。
「送りませんよ、あんな場所。……世間では、それなりのいい言葉を並べている研究施設ですが。あそこは、異能力者の墓場。もっと言えば、独房のようなものです。ああ、高砂少年は多分まだそこらへんの詳しいことは知らないと思うのでおいおい説明しましょう。なので、日葵さんをあの研究施設に送ることはしません。検査は、うちの医務室で行われる検査ですよ」
「ああ、あの死神先生」
「本当に、かなりのトラウマを植え付けられたんですね? まぁ、それはいいでしょう」
研究所について軽く話しただけで、それ以上のことを言うことはしない。
理玖は、馨の言っている異能課が抱えている医者のことを思い出してそっと遠くを見つめてげっそりとしてしまう。彼は初仕事で世話になっているので余計に嫌なものがあるのだろう。決して腕の悪い医者ということでもないのだが。彼の反応を見て、不安になってしまったのか日葵は少しだけ顔を青くして馨に質問をする。
「あ、あの。その、お抱えのお医者さんって、怖い人……なの?」
「怖いという定義は人によってすり替わるので、私か明言することは出来ませんが。まぁ、あの人は医療行為しか興味のない人ですけどマッドサイエンティストというわけではないです。あれでも、多くの人の命を救おうと奮起している医者なので。ちょっと、病原菌などに対してテンションが上がりやすいだけで普通の人です」
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