幕間「悪童寄ればトラブルの元」
第1話
一部の警察内部の人間には、とある三人とはなるべく関わらない方がいいという話が出回っている。
その三人、というのは東京本部異能課を取りまとめている宵宮伊月。東京本部特務室の室長である五島彰。そして、最後は府警異能課の取りまとめ桜ノ宮紀伊のことである。もちろん、これは一部の人間の間で言われていることであり当の本人たちはどこ吹く風の如くに興味を示すことはない。
三人とも、一部では「悪童」と名高い悪名を持っているが彼らの部下は口を揃えて告げる。
噂で思われているよりも、常識人でありいい上司である、と。ただ、自由すぎるだけで。
東京都心にある外れの場所でひっそりと経営している、知る人ぞ知る小料理店「宵ノ宮」を経営している女将の宵宮花月は目の前のカウンター席に座っている三人の男を視界に入れて呆れたようにため息をついていた。この三人がセットでやってきた暁には、面倒なことが起きかねない。そのようなことを考慮して、人がいない場合は早々に貸切状態にしてしまうのが常である。
花月の目の前にいるのは、警察内部で悪童という悪名をつけられている三人だ。
「いいねぇ、その飲みっぷり!」
「姫若、お前は酒が弱いんだから程々にした方がいい。また吐くぞ」
「さっき吐いたから大丈夫」
「何も大丈夫じゃないのだけど」
カラカラと楽しそうに片手でこの店に置かれている酒の中で一番度数の高い日本酒を煽るように飲んでいる男は、警視庁の地下に存在している特別異能対策課、通称特務室の室長である
紀伊に注意を行うのは、先ほどから静かに度数の高い酒を水のように飲んでいる宵宮伊月。この店の女将、花月の正真正銘地の繋がった姉弟である。普段は、府警で仕事をしている紀伊が東京までやってくることは滅多なことがない限り存在しない。故に、三人が集まったときは決まって花月の店でこのように楽しく酒を飲んでいるのだ。
「アキ、自分らのところでアルコールをすぐ様分解してどれほどでも飲めるようになる薬とか開発できないのかい?」
「まァ、開発費をくれるんなら出来るんじゃねぇか? うちにいるのは、研究一筋の優秀な研究者たちだからなァ」
ひっく、と何度かしゃっくりを上げて言葉を紡いでいるその姿はあまりにもひどい。
これでここにいる三人は、警察内では一応「警視」と呼ばれる階級に位置している。当人たちは、あまり気にしていないこともありそのことを忘れられていることも多い。
「姫若、お前はそろそろ酒を辞めるべきじゃないか?」
「な、にを言うか、伊月! こんなにも美味しい酒を目の前にして飲まぬとは人生を棒に振っているのと同じじゃないかい!」
「完全に酔ってんな、こりゃ。しかも酔ってやらかしたこと、全部覚えているんだから地獄にも程がある。花月ちゃん、こいつに水持ってきてやってくれや」
「はいはい。全く、紀伊ちゃんは伊月のいうとおりにお酒を辞めるべきだと思うの」
呆れながらそう告げた花月は、奥へと向かい水の準備をし始めていた。
そんな様子をぼんやりと頬杖をつきながら見ていた伊月は、何度目かもわからないため息をついて嗜めるように紀伊へ向けて話しかける。
「お前の酒好きはわかったから。あまり姉さんを困らせないでやってくれないか」
「伊月、そんなに姉さん思いやったか? まぁ、良いか。それにしても、久々に東京にやってきて異能課に顔を出したと思えば伊月んところの狂犬に右ストレートを喰らったんだが。あれは、絶対にうちの連中の入れ知恵だろう?」
頬を膨らませて、不満ですと言わんばかりの表情をして告げるその姿はあまりにも歳を重ねた男とは思えない。彼の顔立ちが中性的であることと、髪の毛が女性のように美しく長いことも加味して年相応には見えないのだろう。紀伊のことを男であると知らない新人と思わしき男性警官の数名が彼を見て美人だ、とか連絡先を聞こうか、と話していたことを思い出して苦笑をする。
余談であるが、たまたまその場に居た五島は肩を震わせて声を殺して笑っていた。
ともかく、紀伊は女性と見間違えるほどに一見すると華奢に見えるのだ。その実、普通に体力も筋力もあるために油断すれば返り討ちに遭ってしまうのは確定しているのだが。
「そういえば、府警の方はどうなんだ? 最近派遣されてきた姫と同じ階級のやつのせいで二分してるんだろ?」
「ああ、その件だな。それは力づくで解決したよ」
「お前、見た目の割に俺たちの中では一番脳筋だよな。嫌いじゃないけどよ」
「何かと、あそこは伝統や血筋を重んじる傾向が昔からあってね。異能取締室もその影響で、二分されているところがある。うちは、班が二つあるんだが。一つは、その派遣されてきたクソハゲがまとめているグループ。もう一つが私がまとめているグループだ。で、問題はどっちが異能取締室の室長をするかっていうところだったんだがね」
本当に酔っているのかも疑わしいほどにはっきりとした口調で話し始める紀伊。その声は通常よりも高く、顔も赤く視線も定まっていないので酔っていることは確定しているのだがいかんせん意識がはっきりとしているがゆえに、言葉もはっきりとしているのだろう。
「結局は、姫のままってことはそのハゲが負けたっつぅことだろ? どうやって蹴落としたんだよ」
「まぁまぁ。……ま、自然の法則だよ。有能な私が今のポストを維持している、それが答えさ」
「どうせ、府警内で二分しているのを逆手にとって異能取締室を潰そうとしたという連中の仕業だろうな。それにしても、京都は地上にあるくらいに権力は普通なのにそんないざこざがあるんだな。少しだけ意外だよ」
京都の異能取締室は東京や他の地方に比べて当たり前のように受け入れられている。
それはひとえに、昔から異能や怪異といったものと隣り合わせで生きてきた地方だからというのもあるのだろう。祈祷師や、陰陽師と呼ばれているものの多くは京都に存在しておりそれなりの地位を獲得していたというのは有名な話の一つである。それに比べて、東京は異能課本部やそれに関係している怪異専門の特務室が地下に設置されているので地位は分かりきっているだろう。噂程度ではあるが、東京も怪異などの専門があったとのことだがいかんせん記録もほぼ残っておらず証明することができない。
故に今の地位に収まっているのかもしれない。
「古風派と現代派、みたいなものだよ」
「ああ、なるほどね。穏健派と過激派って感じか」
「全く違うし、それだと私のチームが過激派になるような気がするからその例えは良くないな、アキ。……でもまぁ、そうかもしれないな。世の中はどんどんと進んでいく。よく無い方向にも、良い方向にもな。その場にとどまり続けているだけでは、生きていけない。いずれは淘汰されていく。ならば私は飲み込む方でありたいものなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます