第2話

 いっている事はやや、過激なものがあるかもしれないが彼らは部下をもち彼らを守る立場でもあるのだ。

 新しいものを取り込み、進み続ける。それこそが、紀伊なりの部下を守る方法なのだろう。当然、このような方法は五島が穏健派といった歴史や伝統を重んじる派閥からは受け入れられることがなく異端扱いを受けているのだが。

 東京にいた時代に「悪童」と呼ばれていた紀伊が、それくらいでめげることもないのだ。


「くぅ、かっこいいねぇ、姫は」

「さすが、姫若だな」

「前々から思っていたんだけど、その姫呼びなんで?」

「さぁ、なんでだろうなぁ」

「気にするようなものでもないだろう」


 今更の話であるが、五島と伊月はなぜか紀伊のことを「姫」や「姫若」と呼んでいる。これは今に始まった話ではなく、彼らが出会った警察学校時代から続いている呼び名なのだ。姫、と呼ばれているのは単純に見た目が女性よりも女性らしく美人であるからという安直な理由もあるのだが、彼の出自も問題している。それは、伊月が「姫若」と呼んでいる一つの理由でもあった。もちろん、そのような理由を紀伊は知る由もないのだが。

 唯一、彼らのことを知っている花月だけはこのメンバでいても紀伊のことを名前で呼んでいる。


「顔の赤みも引いてきたようだな」

「すぐに酔うくせに、すぐに酒が抜けるよな。なんでそれで酒が弱いんだ?」

「知らん。私に聞かないでくれ。……そういえば、まだこっちに三日ほど滞在するつもりだが。何か、私が手伝うような仕事はあるのだろうか? 基本的に異能課もしくは特務室にしばらく厄介になることになると思っているのだけど」

「またの名を、上層部の厄介払いともいう。全く、上の連中は何かとすぐ面倒ごとがあれば埋め立てればいいとでも考えているようだな。正直、埋め立てられたらそれはそれで、いわくつきの土地になりそうな気がするのだが……。そこまで、頭が回らないのはさすが上層部というべきなのかもしれないな」


 クツクツ、とまるでバカにするような声色と言葉を紡いで伊月は酒を飲む。

 普段の執務室で見かける彼とは印象が大きく異なることだろう。付き合いがそれなりにある、異能官のメンツであれば彼のこのような態度を見ても思うところはないだろうが監視官が見れば数回瞬きをして数秒間は固まってしまいそうである。特に、最近監視官として加入した理玖などは想像に難くもないだろう。


「そうだ。せっかく、花月ちゃんが貸切にしてくれたことだしよ。……実は、午後にうちにこんな面白い招待状がきたんだ」


 思い出したような声色で五島が鞄から取り出したのは、一枚の手紙。彼はこれを「招待状」と称したが、その紙を見た刹那伊月と紀伊は猛烈に嫌な予感を感じとる。カウンターから三人のやり取りを静かに聞いていた花月でさえも嫌な予感を感じ取ってしまったのだろう。そっと首を左右に振ってため息をついている。

 付き合いが長いからこそわかる、嬉々とした五島が持ち出すものは面倒な案件であることが多い、という経験則がぴこぴこと音を鳴らして警戒が強まっていく。だが、ここで何かをいったところで彼が止まったことは今までに一度もないのも事実である。つまるところ、一度でも高なってしまえば最後まで付き合うしか二人には道が残されていないのだ。


「一応聞こうか、彰。その招待状は一体なんだ」

「いっちゃん、珍しく乗り気か? いやァ、それなら結構! 姫も三日間は東京にいるっていうんで、好都合だしな。別に俺やいっちゃんが抜けても仕事に支障はでねぇだろ」

「俺の場合はそうなるようにシステムをしっかりとしているからな。それは、お前のところもだろう。……そして、その口ぶりからするとその案件は俺たち三人で処理を行い、しかも三日以内に片付く案件ということになるのだが」


 伊月は嫌な予感が的中してきていることに、わずかに嫌そうに目を細める。

 紀伊は普段であれば、面倒だと一蹴りするところであるが彼としても東京までやってきて正直面白いことをしたいと思っているのだろう。何せ、京都では毎回の如くこのような面倒で厄介な案件は転がっている。基本的に、なんでも率先して受けていくタイプの紀伊からしてみれば些細なトラブルはある意味楽しいことであるのだ。

 残念なことに、この場に五島のことを嗜めるようなものはいなかった。


「おうよ。まぁ、二人のことだ。この招待状を見てくれたら、大体はわかるんじゃあねぇなかな」


 そう得意げに告げて二人に招待状を手わたたす。彼はそのまま、追加の酒を頼んでしまっている。カウンターの中で、花月が「ほどほどにしなさいね」と嗜めるも効果は何一つとして存在していない。彼女からしてみれば、別に店の酒を飲み干されようともその分絵の前にいる男からぶんどれば問題ないので特に強く注意することもないのだろう。加えて、五島も自身の酒ぐせのことを理解しているのか基本的に会計時は提示した金額よりも多めに出している。彼いわく、店の酒を飲み尽くした迷惑料金ということらしい。

 五島から渡された招待状を開いて、仲良く覗き込むようにして見ていた伊月と紀伊は思わず悲鳴が出てしまうのを必死で飲み込んで軽く五島を睨みつけるだけで止める。


「おい、彰」

「アキ、これはどういうことなんだい」

「どうもこうも。異能力者の地下闘技場だ。そこは面白くて、異能力者と異能力者を戦わせるのはもちろん、三人組であれば異能力者と戦うことだってできる、まぁ、基本的にはそういう施設だろうな。非異能力者で人殺しがしたい、甚振り、残酷なまでに殺し尽くしたいっていうやつが行くんだよ。そこにいる異能力者を殺しにな。地下闘技場なんてマイルドに言っているが、やっていることはコロシアムと同じだ」


 そっと真剣な表情をして、告げられる言葉は本当に比較的平和とされている日本での出来事なのかと疑わしくなるものばかりだ。平和の裏には、そうではないものが潜んでいるものである。平和、とは見せかけであり裏ではこのようなことを行なっている連中もいる。だからこそ、そういう仕事が成り立ち循環しているのだろう。

 伊月はそれ以上文句を言うことはせずに、招待状へと視線を滑らせる。

 そこに記載されているのは、演目という名前の「殺し合い」に参加するキャスト。キャストの隣には、確認できている異能力なども記載されている。確かに、演目は異能力者と異能力者による戦い。そしてそれらを娯楽とする、というものであるが飛び入り参加、大歓迎という言葉も存在している。非異能力者である場合は、必ず三人組として登録するように、と。


 ――この時代にもまだ、地下闘技場があったのか。これはいい発見だな。


 口では批難をするようなことを言っておきながら、伊月は自身の口角がわずかに上がったことを感じる。彼によって、このようなものは娯楽ではなく。自身の使える武器になり得るのだ。駒は多く持っている方が戦略を考えるに有利になるし、武器は多く隠し持っている方が切り札に使えることもある。


「伊月、笑っている」

「はは、すまないな。……それはそれとして、なんでこんな招待状をお前が持っているんだ、彰」

「そう睨むなって。ちっと、まぁ、オトモダチがくれたんだよ。わかってくれや?」

「へぇ? アキってば良いオトモダチを持ってるんだな。ああ、そういえば伊月もそれなりにオトモダチを持ってたか」

「姫だってオトモダチ多いだろうが。……まぁ、そういうわけで詳しくはいえないが。端的にいえば、そいつらは気に食わないから潰すなり煮るなり殺すなりどうぞってわけだな」

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