第3話

 五島の「オトモダチ」という発言を聞いてから、二人は全てを理解したように詳しく聞くことはやめる。もちろん、彼のいう「オトモダチ」は一般的にいう友人ではない。この世界には、有利に立ち回れるようにさまざまな餌をばら撒き器用に使いこなす人間がいるということだ。彼のいう「オトモダチ」を持つのは、何も五島だけではない。この場に限っていえば、伊月や紀伊だってそういう「オトモダチ」は当然のように存在している。

 誰もがその存在をはっきりということはしないのは、ある意味で暗黙の了承なのだろう。

 中には、組織を裏切ってスパイ活動をしている「オトモダチ」だっているのだろうから。このようなもので大事なのは、金と信頼、信用である。


「それにしても、このキャストの能力はうちでは管理していないものだな」

「人工か? もしくは連中が独自の情報とルートを使って捕まえてきたかのどっちかだと思うけど。京都でもこういうのは、結構あるからなぁ。流石に、地下闘技場はないけど。花街、というか。そういうところを隠れ蓑にしている連中は多くいるんだよ。きっと、それと同じようなものだろうね」


 どのようなことがあれども、結果があれば過程などいくらでも捏造することができる。

 結果を手の内に収めなければ、どのような脚本を描くことさえもできない。紀伊は、にっこりと笑うもその瞳には笑みは浮かんでいない。美人であるが故に、そのアンバランスがひどく恐ろしいものに見えてしまう。生き残るためには、手段は問わない。それこそが、この三人が悪童と言われる所以であり好き勝手行っても変わらずこの地位に居る理由である。

 上層部も下手に三人を突くことができない、ということなのだろう。


「まぁ、そういうわけだ。東京観光にはもってこいだろ。ついでに、先日うちで開発した対異能力者武器のテストもしたいから丁度いい」


 五島が所属している特務室は、異能と同じくらいに摩訶不思議な現象である怪異専門であるが同時に対異能力者武器を開発する場所でもある。彼らが開発した武器は、不思議なことに異能力者にしか効果がない代物だ。異能課はその武器を使用して仕事をしている。普段は武器の携帯をすることも少ないが、戦闘地域への派遣などがあった場合や標的となる異能力者が凶悪犯罪者である場合は携帯することを義務付けられている。

 もちろん、武器を携帯するのは監視官だけではなく異能官だって同様だ。


「まさか、お前……」

「あっはは。いやぁ、まぁ、な?」

「アキから卸される武器は本当にびっくりするくらいに異能力者にしか効力を発揮しない上に、怪異にも使える。本当に質のいい武器ばかりだ、と思っていたがそういうことだったんだね。いやぁ、……まぁ、そういうものだと思うよ、私も」


 口にはしないが、そういうことなのだろう。

 五島の取りまとめをする特務室のつく武器は品質が良すぎるほどであるが、どこでテストなどをしているのかは全て非公開となっている。それは、それなりの付き合いがある伊月や紀伊にも知らされていないほどである。当然、この二人が知らなかったのだから他の警察関係者や上層部の人間が知る由もない。

 全てを察した二人は、何度目かもわからないため息をついてからイタズラを思いついた子供のように笑う。


「私は銃がいいな」

「なら俺は足技を使いたいからそこら辺の強化パーツで頼む」

「んじゃ、俺は拳でお話をするかねぇ。全部ちょうどテスト待ちのもんがあったんだわな、これが。いやぁ、びっくりだわ」

「確信犯め」


 クツクツと喉を器用に鳴らして笑って酒を煽り続ける五島を横目に、これまた悪人のように楽しそうに笑って酒を飲み続ける伊月。紀伊は完璧にアルコールが抜け切ったのか、頬杖をつきながら両隣の男の楽しそうな笑い声を聞いては目の前にいる花月に料理の注文をする。


「花月さんもなんだかんだ、よくしてくれて頭が上がりませんね」

「悪童と言われている三人だもの。それに、弟ってばこういう性格だからね。弟と気が合うっていうことは、そういうことなんだって思うようにしているの。安心して頂戴な。今回も私は何も聞いていないわ」


 感謝します、と困ったように笑った紀伊に首を振っては注文を受けて料理を作り始める。

 本来であれば彼らがしようとしていることは、違法と言っても差し支えがないほどだ。つまり、警察内部で知られれば免職を言い渡される可能性だって存在している。もちろん、そのようなことになったとしてもこの三人には切り札があるので問題はないのだが、その事実を花月は知る由もない。

 彼女は彼女なりに、何も聞いていないと告げて何も言わずに平然とさまざまな人たちと接客をする。そして、その中で伊月たちが求めている情報があれば当然のように彼らに提供をする。親族でありながら、情報提供であるのだ。


「お、姫もアルコールが抜けたか。飲むか?」

「結構。私はお茶で間に合っている」

「ああ、しっかりと戻ったようだな。顔の赤みも引いている。……なんで、そんなにアルコールの分解が早いくせに酒に弱いんだ? 体質とかの問題なのだろうか」

「さぁね。私の家系は皆、酒豪が多いと母に聞いたことはあるが。父方とは、最低限しか接触しないようにしているんだ。色々と少しいじって今の職にいるからね。私は立派な堅気だというのに、一部のものからしてみればそうではないというし。全く、実家がそうなだけで私は彼らとは関わりがない、わけでもないが」


 実家のことを思い出して項垂れては、そっと出された追加の刺身に箸を伸ばして咀嚼する。

 紀伊の実家は少しだけ複雑な事情があるのだ。彼は警察官として職務を全うしているが、彼の実家は京都では知る人ぞ知る極道の家である。本来であれば、厳重な身辺調査が行われて彼は不合格となるはずだった。だが、当然のことのようにそれらのチェックを理解していた紀伊の父親が最初から紀伊とは関係がないように戸籍上では手続きをしていたのだ。よって彼は、警察官になろうと志したその時まで戸籍が存在していなかった。


「それにしても、本当に蔵馬のおっさんは頭がいい。こういうことを見越していた、のかは知らねぇが。子供思いのいいおっさんだよなぁ。で、元気にしてんのか?」

「バリバリ元気だよ。今はもう現役ではない、はずなんだけどなぁ。まだカシラとしているみたいだからきっと元気だ。母さんから話を聞くし、もうちょっと落ち着いてほしいとも言っていたからな」


 幼い頃は、ずっと父親の居た屋敷に居たこともあった。その時から見目が色白で細く、華奢だったこともあり生物的な性別及び性自認が男でありながらも「姫」と呼ばれていたのだ。伊月と五島の姫呼びはこれが理由である。


「警察が無能、というよりも。認識を書き換える異能っていうのは便利だよなぁってつくづく思うわな」

「確かにそれは言える。また、人の思い込みというもの末恐ろしいという感想もセットで頼む。……でもまぁ、元気そうでなによりだな。気づいたら蒸発していた、なんて洒落にならんし面倒臭い。で、彰。この闘技場にはいつ行くんだ? 明日は作戦会議という名ばかりの集会が必要じゃないか。最短でも明日の夕方か、明後日になりそうだが」

「いや、さっさと潰したほうが楽しそうだし明日の午後から行こうぜ。午前中は、特務室に集合な。そこで、各自の使う武器を持ってメンテナンスをしてもらう。なぁに、心配はいらねぇ。なんたって、うちの所属研究者は優秀だからな!!」


 楽しそうに繰り広げられる会話は、まるで子供のようだ。話の内容は子供がするようなものでもないのだが。

 その後は、五島によるいかに部下が優秀かの話から紀伊の職場での話などを行っていた。伊月は特に、これと言って何か話題があったわけでもなかったのか彼らの話を頬杖をつきながら聞いては時折相槌を打つ程度で留めていた。

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