第46話
「言いたいことがあるなら、はっきり言うほうが良いですよ。それで関係性が壊れるときもあるかもしれませんが、それまでの関係性だったということでしょうし」
「僕と甘羽さん、まだ出会って一週間も経ってないんですけどね。……色々と聞きたいこともあるんですけど、その前に僕は甘羽さんに伝えないといけないことがあると思いまして」
お粥を半分食べて、息をつく。
流石の馨でも、病人の食事を奪うという真似はしない。むしろ、それをしないために大量のお菓子を食べ続けていたのかもしれない。
「僕は結局のところ、伽藍堂なんです。本当にね。……だから、自分というものをしっかりと持っている甘羽さんが眩しく見えます」
「元死刑囚の犯罪者ですけどね」
「あまり僕にはそれ、関係ないんですよね。確かに、世間的には甘羽さんは大罪人なのかもしれないですけど。僕からしてみれば、横暴で強くて意地悪で良く分からない相棒ですから。世間が甘羽さんのことを指さして悪く言っても、僕は相棒解消なんてしませんから」
それは、理玖なりの答え。
答え、というのにはまだまだ稚拙なものなのかもしれないが考えてこのような答えしか出てこなかったのだからしょうがない。そして、頑張って自身で考えたその答えを無碍にするほど馨も冷たくはないのだ。
「僕にはまだまだ分かりませんけど。それでも、朱鳥さんの村の出来事をみてやっぱりおかしいなって。そう思う僕のほうが世間から見たら、おかしいのかもしれないけど」
視線を下げて伏せられた瞳に、影がかかる。
馨は机の上に置いてあったお茶の入ったコップを手に取って喉を潤す。コツリ、と小さな音を立ててコップをおいては何処か満足そうに微笑んで言葉を紡ぎだす。
「良いんじゃないですか、そういうので」
「え……?」
「確かに、異能課に居る面子は。大層な理由が皆存在しています。皆が持っている異能課に居る理由は、言ってしまえば生きる理由のようなものです。君はきっと、それくらいが丁度いいんですよ」
頬杖をついては、ニカリと微笑んで指をさす。
その笑顔は、何処か。理玖が夢の中で見た、黒髪の少女に向けていた桃色の少女の笑顔にそっくりだ。瞳が、雰囲気が。何処か、懐かしんでいるような。
言っていることは、失礼な物言いかもしれないが全く棘がない。毒気が抜けている、と表しても問題がないだろう。
「最初に言ったじゃないですか」
「……そうでしたね。監視官としてやっていくなら、ある程度イカレてないと続かない」
「そうそう。……世間のためとか人のために生きていけるほど、優しくもなければ自己犠牲が強くないもので。お前を殺して私は生きる、というのが私です」
「それ、ただの殺人ですので」
まるで、何かのゲームや小説に出てきそうなセリフをクスクスと笑いながら少しふざけた調子で告げる。二人を纏っているその雰囲気は、この京都にやってきた時よりもずっと相棒らしく映ったことだろう。
馨は、ニコニコとしながらとんでもないことを言う。
「私って、実はとても喧嘩っ早いみたいで。自分の前をちんたら歩かれると、背中をどつきたくなるんですよね」
「甘羽さんらしくて何よりですけど、そういうのはしっかりと全力で止めますので」
「楽しみにしておきます」
理玖の怪我を一瞥してから、特に問題もないのだろうと判断して馨はゆっくりと立ち上がって伸びをして部屋から出て行く。
元より、怪我を舌のは彼女が攻撃をよけようとしなかったからということになる。つまり、突き詰めれば原因は多少なりとも馨にもあった。だからこそ、珍しく彼女は手当を行ったのだ。応急的ではあったが、自身の異能力である風を巧みに使ってぱっくりと切れてしまった腕を繋ぎ合わせて。
医療の心得などはないが、人体の造りに関しては今まで多くの人間を殺してきたことによりそれなりに理解をしている。だからこそ、出来た応急処置もあるのも事実だ。勿論、それを理玖は知る由もないし馨が自ら話すこともない。
「ああ、そうだ」
扉い手を掛けてから、何かを思い出したのか振り向くことなく話をする。
「言い忘れていました」
「まだ、何か?」
「……ありがとうございました。明日は、京都を観光してから東京本部に戻ります。今日一日は安静にしておいてくださいね」
静かに告げて、そのまま居なくなる。
理玖はふと、自身の左腕を見ては首を傾げる。倒れる前は確かに、血まみれでぱっくりと割れていたその腕は今では綺麗に治っている。まだわずかにしびれて、痛みは存在しているがそれでも。傷跡は最小限に留められている。
「甘羽さんの異能力なのかな」
残念ながら、馨は治癒系統の異能力は保持していない。だが、彼女がどの様な異能力を保持しているのか理玖はまだ完璧に把握していなければ思考が通常のように回っているわけでもないので気づくことはない。
ただ、質問をしようとしていた夢のことは聞けずじまいだったなと思う。
「甘羽さんは、……多分」
守るために、一緒に居るという約束を破ったのだろうなと思った。
彼女の身体に無数に存在している、両親からつけられたという生々しい傷跡。計り知れない何かを馨は背負って、今を生きているのだろう。
呆れるほどに抱えて。それを飲み込んで、ずっと生きているのだろう。
今まで平和の中で、流されるように生きてきた理玖とは正反対だ。
「……少しでも、役に立てたら良いんだけどな」
今はただ、もう少し。
自分の相棒になる異能官、甘羽馨のことが気になってしょうがない。今まで出会ってきた人種とは全く持って違う感性に意思に思考。そのすべてが、理玖にとっては新鮮に映っては興味を引き立てる。
「……そういえば、京都の旅行って。何処に行くつもりなんだろう」
仕事で京都に来ているのに。
それも忘れてしまうほどに、明日の観光を楽しみにしている自分が居ることに呆れながらも「こういうのも悪くないかな」と思っては残りのお粥を食べ終わり再び寝転んだ。
馨に思っていることを。考えた言葉を告げた彼は、どことなく。
満足そうに、そして。
何より欲している「自分」というものを持った意思のある笑みを浮かべては夢の中へと再び旅だって行った。
何もできないなりに。何もない自分に何ができるのか。そう、ぼんやりと考えながら。
翌日、馨は早くに起きてしまったこともあり季楽の家の四方八方に設置をしていた効力の切れてしまっている異能弾きを回収していた。傍らには、不思議そうにブラックボックスを見つめている朱鳥。
「これは一体なんですか?」
「異能弾きです。まぁ、もう効力もありませんけどね。……朱鳥さん、別に二度寝をしてても良かったんですが」
「んーん。私、あまり二度寝とか好きじゃないから。それに、早起きはいいことだからね。しっかりと朝に日差しを浴びないとすっきりしないと言いますか」
子供の癖に、まるで年寄りじみたことをいう。自分の発言が、どことなく子供らしからぬことに気づいているのか苦笑をしながら自身の頬を軽く掻いている。
「馨くんから見て、お母さんってどんな人だったんですか?」
「円香さんですか? ……絵にかいたようなお人よしですね。まるで砂糖のような人だったと思いますよ。後は、ああこの人は愛されて育ったんだろうなっていうのを思わせる何かを持っていました」
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