第47話
平然と遠回しに、今回のブラックボックスは欠陥品であると告げる馨に対して朱鳥が何か村人に言われて二人の中を盗んでくるように言われていたならば、理玖の言う通り笑い話で終わらせる話ではなくなる。
それ以前の問題で、村人たちは馨と理玖がこの季楽の家で寝泊まりをしているということさえも知りえることはなかったのだが。
「さて、本日ですが。私たちの任務は完了しましたので、簡潔に伊月室長にメッセージを送っておきました。すると、なんと観光してきてのんびり帰ってこればいいとの言葉を」
「メッセージで簡易報告が許されるという事実に驚きが隠せないんですけどね」
普段であれば、簡易報告であれども電話でするのが普通だ。だが、それすらも面倒だったのか。もしくは、朱鳥が臨時的に同室ということもあり通話を控えたのかは定かではないが彼女は板も簡単にメッセージだけで終わらせてしまったのだ。
何一つとして変わることがない二人の会話に対して首を傾げて見ている朱鳥と、クスクスと楽しそうに微笑んでいる季楽。季楽の手には、パンプレットのようなものがある。それにいち早く気が付いた馨は視線を目の前に居る理玖から季楽へと向ける。
「なんと。これは、京都観光のパンプレットではないですか」
「はい。実は先ほど、高砂さんから京都観光の話を聞いたので。あまり良いパンプレットを揃えているわけではないのですが、元々こことは宿も兼ねているので一応取り揃えていたんです」
「何だかんだ言って、高砂少年も観光が楽しみだったというわけですね。ありがたい限りです。では、佐倉さんからパンプレットも頂きましたしある程度準備を済ませて都心へと向かいましょう。哀しいほどに、ここから都心へ行くのにも時間がかかってしまいますからね」
なんと言っても、彼らが居るこの場所はあまりにも都心から離れており辺鄙な場所だ。都心に本拠地を構えている府警異能課の車で合法的にもサイレンを鳴らして事故を起こす寸前の猛スピードでやってきても一時間以上はかかってしまう。
それほどまでこの場所は立地が悪い。しかし、そのほかの条件があまりにも良いのだ。街灯が少ないことから夜になれば両手いっぱいの金平糖が落ちてくるのではないかと思わせるほどの見事な星空を見ることが出来る。
「今回は、ありがとうございました」
髪の毛を片手で押さえては、控えめに微笑んで告げられる感謝の言葉。感謝の言葉に慣れていないのか、少しだけ恥ずかしそうに。どこか照れるように頬を掻いてから、「いえ」と曖昧に微笑んで言葉を濁す。
感謝を言われた際の、返答の仕方がすぐさま思いつかなかったのだろう。そんな理玖を見かねたのか、馨は肩を竦めて「はぁ」と大げさにため息をつく。
「良いですか、高砂少年。こういう時は、素直にどういたしましてって言えば丸く収まるもんなんですよ」
ぱしり、と少し強めで背中を叩いてから馨は季楽に向かって得意げに「どういたしまして」と告げては欠伸をしながら借りている部屋まで向かっていく。おそらく、荷物を回収しに行くのだろう。
「いてて……。全くけが人にするようなことじゃないですよね」
「大丈夫?」
「まぁ、なんとか。腕を刺されたときよりはマシかなぁ。というか、あれ以上の痛みがこれからの仕事でやってくるかもだなんて思ったら命がいくつあっても足りないような気もするんだけどね」
理玖は既に、荷物をロビーに置いている。また、朱鳥も荷物という荷物が存在していないので二人は馨待ちということになる。朱鳥は、理玖をぼんやりと見ながら何を思ったのか首を傾げては子供のような質問をする。
「どうして理玖くんは、監視官になったんですか?」
「ん?……どうしてって言われてもなぁ」
一番最初に、馨に聞かれたときのような困惑はその顔から伺うことは出来ない。ただ、何処か遠くを見つめては楽しそうに笑っている。
「だって、痛いのだって嫌じゃないですか。でも、お仕事の上ではそういう危険もあるんでしょう? 村であったことみたいな……」
「あれは半ば、自業自得な気もするけどね。そりゃ、確かに痛いのとか嫌だし死ぬのなんてもってのほか! ……でもさ、それを見て見ぬふりをして自分は守られるべき存在だって思うのが嫌だなって思ったんだ。自分は守られる程の人間だなんて、勘違いが気持ち悪くて」
今まで、無関心だった人間が何を言っているんだって思うけどね。
口から出てくる言葉は、少しだけずれていても全て理玖の思っているには変わりはない。彼は、何もないからこそ今回の一連を見て。ああはなりたくはないな、と確かに思った。そして、無関心だったからこそ。異能力者と非異能力者を訳隔てる壁を理解できない。
「馨くんにも言ったんだけどね」
「ん?」
「理玖くんって、なんだかちょっとずれているね」
「えっと……?」
「だって、普通は異能力者のことを怖がるよ。非異能力者のほうが、地位が高いし疑うなんてことしないから。だから、理玖くんは少しだけ変わっているね」
悪い意味で言っているわけではない。だが、唐突にそういわれて直ぐに反応が出来るほど理玖は残念なことにコミュニケーション能力が高いというわけではない。馨との会話は難なくこなしているのは、波長が合っているからに過ぎないのだ。
そして単純に馨が、適度にボケを入れてくるので突っ込みやすいだけだ。
「私の担当なのだったら、少々変わっているくらいが丁度いいんですよ。ほら、無駄口叩いてないで行きますよ。本当にココって辺鄙ですから、一本電車を逃すだけで一時間も待つ羽目になるんですから」
「そうですね。そろそろ電車も来る頃合いですから、急いだほうが良いかもしれませんよ」
季楽はニコニコと微笑んだまま、壁に掛けられている時計を指さした。電車が定刻通りに来るのであれば、到着まであと十五分。この家から、駅までは決して遠いわけではないが早めに駅に居て悪いことはないだろう。
馨は荷物を自身で持っては、そそくさと玄関まで移動してブーツを履き始める。履き終えて、伸びをして中々やってこない二人に不機嫌そうに眉をひそめては頬を膨らます。まるでその姿は、朱鳥よりも子供っぽい。
「早く行きますよ、高砂少年。朱鳥さん」
「うん……!」
馨に続いて朱鳥も急いで靴を履いてここを発つ準備をし始める。靴ひもを結び終えて、それでも中々来ない理玖にしびれを切らしたのだろう。馨は扉を開けては、背中を開かれた扉に預けて首に手を添えて気だるげな表情で振り返る。
「ほら、さっさとしますよ。まったく、私の担当監視官は手のかかる子供ですか」
「……これでもまだ社会人一年目なんでもっと優しくしてくださいよね」
――伽藍堂だからこそ、まだまだ何にでもなれると思うのは。まだ言わなくても良いか。
鞄を持って革靴を履き、満足そうに微笑んでいる馨の元へと急いで向かう。
そっと足を外に踏み出してから、後ろに振り返って季楽を視界に入れては何かをいう訳でもなく会釈をして少し先を歩いている馨と朱鳥の元へと向かって立ち去る。
――文字通り消さなくとも、私たちは自由になれるんだよ。
風に乗って、誰かの声が聞こえたような気がした。
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あとがき:https://kakuyomu.jp/users/Chatte_Noire/news/16817330658695070370
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