第22話

 理玖の言葉にそっぽを向いて、何くわぬ顔で馨はあくびをしてはスマホを取り出して先ほど撮影していた写真を全て事務所にいるであろう莉音へと送付していた。連絡を終えたのか、彼女はすっと目を細めて画像を見つめる。途端に静かになった馨を不気味に感じた理玖は、ゆっくりと彼女の隣に近づいてはそっとスマホの画面を覗き込む。

 そこに写っていたのは、なんも変哲もない至って普通の風景が収まれている写真である。


「普通の写真に見えますが……」

「ええ、普通の写真に見えますね。……あの現場からわかること、何かありましたか? 高砂少年」

「そうやっていきなり振ってくるの、やめてくれません……? そうですね。パッと見る感じでは、死体はすでに回収されているようですがこのビルから飛び降りたであろうということ。欠損していたということ、地面にこびりついていた血を考えると現場で刃物か何かで切断をしたって感じですよね」

「はい、正直あの現場からではそれくらいしかわかりません。では、時間もいい頃合いですしデパートによってから事務所に戻りましょう。莉音さんへ焼き菓子アソートを買って帰らねば……」


 数回ため息をついてから、馨は切り替えるように自身の頬を軽くつねっている。

 昨日の彼女の外出時の態度を思い出した理玖は、まさか今回の焼き菓子も経費で落とすのではと無意識にでも思ってしまったのだろう。運よく、その雑念をキャッチしてしまった


「ああ、僕の到着時間で賭けをしていましたもんね」

「莉音さん、本当にカメラ入ってなかったのか……。いや、負けは負けだしイカサマをしていたとしても瞬時に見抜けなかった私の落ち度ですね……」


 トボトボ、と歩いている馨の言葉にふと首を傾げてしまう理玖。

 馨は複数の異能を保持しており、その中の一つに「人の本質が見える程度の能力」を保持している。もちろん、この異能力の名前は自己申告なので多少語弊はあるかもしれないが。人の本質、ないしは内心などが見える、聞こえる程度の能力であれば莉音がイカサマをしていたところで瞬時に指摘することができたのではないか、と考えたのだろう。


「甘羽さん、異能力で見抜けなかったんですか?」

「……異能力に夢を見てませんか、高砂少年。異能は有能ではありますが、万能ではありません。確かに、莉音さんの本質は大体わかります。ああ、こういう人なんだろうなっていうことくらいね。わかりやすく言えば、人よりフィーリングに受けるものが多いって感じです。それに加えて、異能が研ぎ澄まされていれば何を現在考えているのかわかる程度です」


 それらは全て「程度」と片付けてもいいものなのかは、疑問が残るものであるが理玖は彼女のいう「フィーリング」の延長線であるということで大体イメージができたのか納得したように頷いている。つまるところ、現在何を考えているのかわかるのはおまけ程度のものなのだろう。馨が今告げたことに、何一つとして嘘が混じっていなければの話になるが。


「こればかりは、実際に異能力者にならないとわからない感覚ですよ」

「そうですよね。……ならないことを僕は祈っておきますけど。今日は事務所に戻ったら、浅海さんの調べた結果を確認して方針を決めるという形になりそうですね。なんだかんだ言って、僕たちの担当案件なのに他のコンビにも救援を出してしまっているような」

「仕事というものはえてしてそのようなものですよ。一人でするには限界があります。随所で連携は必要になってくるものです。それに、餅は餅屋という言葉だってありますので気を負わなくていいんですよ。得な人に得意なことを頼めばいい。その依頼をするための材料ら依頼する要件を事細かに伝えればそれでいいんです」


 彼女にしては珍しいほどに、何も裏で考えていることがなさそうな無邪気な笑顔を見せる。

 理玖はまだ社会人一年目であるが、彼女はそうではない。故に、彼女なり今までの経験でわかっているものも存在しているのだろう。もちろん、それらは全ていいこととも限らないのだが。全て一人でできるわけがない、というのは彼女の経験と一般的に基づいての言葉なのだろう。それでも、理玖からしてみればどこか頼りになるように見えてしまうものである。

 それが、過去に日本を震撼させたほどの大量殺戮を行った元犯罪者であったとしても、だ。


「餅は餅屋って……。でもまぁ、できないことに時間をかけているよりもできる人に依頼をした方が格段にスムーズに仕事は進みますもんね。僕もデータ分析とかできたらなぁ」

「なら、今度莉音さんに習ってみればいいんでしょう。彼、かなり頭がいいですし教え方も上手いのでいいですよ。莉音さん、夏鈴ちゃんの勉強を見ていますからね、現在進行形で」

「そうなんですね。……うん、仕事が暇な時か都合が合えば今度聞いてみよう。ところで、どこの百貨店に行くんですか? 近場だったら嬉しいんですけど」

「歩いて行ける範囲なので大丈夫ですよ。ほら、少し先に見えていますよね。あそこです。あそこに入っている焼き菓子店がおすすめなんですよ。高砂少年は紅茶を嗜みますか? もしも紅茶がお好きであれば、今から行くお店の焼き菓子をお供にしてみてください。ハマりますから。あ、でもスコーンも捨て難いんですよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る