第21話

 シートの前にいる警官に一言を掛けながら、警察手帳を見せて中に入る馨とそれに続いて手帳を見せる理玖。

 すでに彼らに話は通されているのか、多くの警官や刑事と思われる人物たちが馨をいやそうな表情で見ながらも文句を言うことはなく各自で確認を行なっていた。


「な、なんかちょっと、歓迎されていない感じが凄くないですか……?」

「そりゃ、異能課と言えば関わりたくない部署ナンバーワンですので。異能力者の扱いは、彼らの目を見るとすぐにわかるでしょう? さて、私たちはある程度の現場を確認してから事務所に戻りましょう」

「え、聞き込みとかしなくていいんですか? カメラ、は近くにはないからチェックも出来ないか。ほら、匿名の通報があったって言ってましたし」


 理玖の素朴な疑問に対して、ちっち、と演技かかった表情と声色で告げてから馨は説明をするように話だす。

 曰く、すでに犯人と思われる影は別の監視カメラで捉えていることとそれを現在莉音が調べていると言うこと。曰く、この場所に来たのは念のために過ぎないと言うこと。彼女風に言って仕舞えば、何も調査が進んでいない刑事課への冷やかしのようなものも含んでいると言うことなのだろう。馨としては、一度はこの自殺の名所と言われている廃ビルの確認はしておこうと思ってはいたが事件現場にくる必要はないと思っている。

 それでも伊月が手配をした、と言うので来ているだけなのだ。彼の意図は不明だが、彼自身も刑事課のことをよく思っていない節があるので馨もだが「冷やかしで来ている」と言うのが一番だろう。


「ひ、冷やかし……」

「伊月室長って、結構アレな性格なので」

「昨日、女将さんにも言ったんですが。あの紳士の塊みたいな宵宮さんがですか?」

「紳士の皮を被った皮肉の塊ですよ。事実、彼らは何も出来ませんからね。刑事課としては、この案件が異能課に取られることを良しとしていないのでそそくさと犯人を見つけるか自殺として処理をしたいと言う感じでしょう。まぁ、どこからどう見ても自殺であることには変わりがないでしょう。一番厄介なことにしているのは、今回の死体も一部が欠損していると言うこと。まぁ、死体損壊罪は成立していますし」


 死体があったであろう場所には、その場で切断されたのか赤黒い何かが地面に染み込んでしまっている。

 思わず口を押さえてしまった理玖であるが、この場に死体があればどうなっていたのだろうかと頭の片隅で考えて思考を停止させる。考えることをやめたのは、ゾッとするからという理由ではない。

 どうせ、死体を見たところで「タンパク質の塊」もしくは「肉塊」としか認識しないのだろうな、とひとごとのように思えてしまったからだ。


「つまり、刑事課はこの死体損壊罪を行った犯人を捕まえようと躍起になっているってことですね」

「まぁ、言ってしまえばそうとも言えます。……ちなみにですが、相手が異能力者である場合は異能課が担当する案件になるんですが。面倒なことに、刑事課に先に取られると面倒なことになります。確実に、その人物は異能力者であると決定されたら無期懲役、もしくは死刑のどちらかでしかないです。どれほどの理由があったとしても情状酌量の余地はありません」


 異能課が先に、犯人を捕まえた場合はそれなりに情状酌量の余地がある場合に限っては対応がされている。以前京都で行われていた村人たちに強要されて盗みを働いていた異能力者などもその例の一つだ。罪は罪として裁き、そこに異能力者や非異能力者は関係ない。しっかりと、それに応じた贖いを行わせる。それが、東京本部異能課の方針でもあるのだ。

 全ての異能課が、このようなしっかりとした方針を持っているわけではないのだが。

 馨は気になる場所を持っていたスマホで撮影している。理玖は、少しだけ居心地が悪そうな表情をしつつも周囲を見渡して僅かに見える野次馬を観察していた。


「君は新しい監視官か?」

「え、ああ、まぁ、はい」

「見る限りだと、……別にそういう学校に行っていたわけでもなさそうだ。こんなひよっこのようなもんで、異能課も落ちたもんだ」


 どこか屈強そうに見える体をした一人の男が、理玖の姿を見て鼻で笑いながらそう告げる。

 彼は不服そうに眉を顰めるが、この場で反論をしてもいいのかと考えた結果黙り込むということをしたのだろう。いくら理玖であろうとも、不要な争いは行いたくないと考えているのかもしれない。もしこれが、二度と会うことはない人であるならば文句の一つや二つを言っているかもしれないが、目の前でバカにしてきた人物は刑事課に所属しているであろう男。

 同じ警視庁に所属している手前、何かを言うことを憚れるのだ。


「いくら見た目が屈強だったとしても、それがちゃんとものにできない限りひよっこ以下では?」

「何……?」


 周囲の撮影を終えたのか、すっと音もなく理玖の隣にやって来て反論を告げたのか意外にも馨の方だった。

 男は眉を顰めては、彼女のことを見下すようにして鼻で笑い乱暴な言いようで口を開いて言葉を紡いでいく。この場が、事件現場であり周囲には野次馬もいると言うことを忘れてしまっているのかと思わざるを得ない聞くに耐えない言葉だ。


「……うわ、文句があるなら綺麗に言えよ。きったねぇ唾を飛ばして言うなよ、刑事課。お前がどう思っていようが私には関係ないですが、一つ言えることがあるならば。実践経験もねぇ奴がこっちのやり方に口出しすんなよ、クソ野郎が」


 馨は下から睨みつけては、理玖の首根っこを掴んで現場から出ていく。

 周りでは、異能課と刑事課の生喧嘩であるとある種のお祭り騒ぎだ。この場で馨が異能の一つでも披露していれば、もっと面倒な盛り上がりを見せていただろうが彼女も分別がある大人である。睨みつけて、文句を言ってきた男に暴言を吐く程度で済ませているのだ。

 二人はある程度事件現場から離れて、そっと伸びをする。


「な、なんなんですか、あの人!!」

「今頃キレるんですか。あの場で言えばよかったんですよ。てめえのように筋肉しか詰まってねぇ脳みそじゃねぇんだよって」

「いや、流石にそれは。……と、いうか。いくら案件を取り合っているような仲といえども刑事課とばちばちすぎません?」

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