第20話

「一部が欠けた死体が発見されたぁあ!?」

『ちょ、煩いですって。今朝方、匿名の通報が入ったみたいで。その場所に連絡を受けた警官が向かったところ、飛び降り自殺を行ったであろう右肘から下が欠けた死体が発見されました。伊月室長が現場に行く許可をもぎ取ってくれたので、今日はそこに向かいます。ので、早く事務所に来るように』

「わ、わかりました! ……って、もう切れてるし」


 早朝の六時。いきなりなりだしたスマホに強制的に起こされた理玖は、発信元を確認して急いで電話を繋げた結果伝えられたことに対して驚きを隠せなかったのか思わず声をあげていた。幸い彼は一人暮らしであり、このマンションは鉄筋コンクリートでできているので余程のことがない限り外に漏れることはないが、それでも叫んでいいことではないのは確かだろう。

 馨からの衝撃とも言える業務連絡を受けてから、理玖は急いでベッドから起き上がり出勤する準備を始める。

 基本的には、九時からが業務開始である異能課であるがそれが決まっているわけではない。今回のように、急に調べる必要があることが発生した場合は業務時間が早まる場合もある。もちろん、それらは残業としてつけられるのでサービスで動いているというわけでもない。


「……って、待てよ? 現場に行くってことは、まさか死体と直面するって、こと?」


 何気に、死体を見るということは行なっていなかったので今になってぞわりと言い難い何かが込み上げてくる。

 詳細は伝えられていないが、飛び降り自殺を行った死体となればその姿は凄惨なものになっている可能性も高い。そして、場所も告げられていないがおそらくは昨日花月との話に出ていた自殺の名所と言われている廃ビルから飛び降りたのだろう。現場にいったことは理玖もないが、ネットで調べたところそこそこの高さがあることだけはわかっている。

 そんな高さから飛び降りようものなら、どのような姿になるのか。


「考えるのは、やめておこう」


 首を軽く左右に振っては、何も考えずに冷蔵庫を開けて朝食の準備を行う。

 早く事務所に来い、とは言っていたが今すぐこいとは言われていない。現在時間は六時半なので七時には部屋を出て、異能課に向かったところで現地に到着するのは遅く見積もっても八時半程度になるだろう。通常の業務時間よりも早いので、問題ないかと自己完結させてはパンを食べながら器用に着替えていく。


 ――それにしても、なんだかスパンが早くなっているような?


 今回の一部欠損があった死体発見も、死体持ち去りの件も同一人物とは限らないが理玖が昨日見た期間を考えるとあまりにも早くなっているような気がしたのだろう。そもそも、死体持ち去りに関してはなかなか気付かれずに行方不明届から始まる場合が多い。ターゲットとなっているのは、決まって孤独なものたちであることも相まって発見が遅れがちなのだ。

 食事を終えて、スーツに身を包んでは鞄を持ち部屋から出る。

 急いで鍵をかけては時間を確認し、異能課がある警視庁へと電車を使って向かいだしたのだった。

 約一時間ほどかけて、職場の事務所についた理玖は目の前に広がっている光景に頭を抱えたくなる衝動を必死に抑え込んでは落ち着くようにして深く息を吸い込んでいた。


「高砂少年、早いですね」

「ほら、僕が言った通りだろう? 彼なら早すぎずいい塩梅でくる。よって、予測は業務が始まる三十分前にはくるってね。電車の時間なども加味して、早まる可能性があるが彼の性格を考えると高確率で三十分前。賭けは僕の勝ちのようだね」

「クソゥ……。莉音さん、ちょっと本当にカメラ入ってなかったですよね? ここまで正確だと、カメラに入り込んでそこから推測と計算をしたようにしか思えないんですけど。……ですが、負けは負けです。潔く、帰りにデパートによって焼き菓子アソートを買ってきます……」


 そこにあったのは、自席に座ってはパソコンを起動して何か調べ物をしている莉音と隣で項垂れている馨の姿。

 二人の会話から察するに、どうやら早くにくることはわかるが理玖がどれほど早くくるのかという賭けをしていたのだろう。結果は見事莉音の勝ち、と言った具合だった。馨は、そっと項垂れていた頭をあげてゆっくりと瞬きをする。まだ業務が始まるより確かに三十分は早い。

 何度見ても、時間が変わることもなく。

 何度目かもわからないため息をついてから、馨は自席へと移動しては出かける準備をする。ただの調査であれば、鞄を持つようなことは滅多なことがない限りは行わないが今回は莉音からのお使いもあるのだ。事件現場に行ったその足で、食べ物を買おうとしていることに関して突っ込みを入れる者は残念なことにここにはいない。


「僕で賭けをするほど、暇だったんですか……?」

「そうとも言うし、そうとも限らない。すでに許可はもらっているから二人とも現場に行って来ると良いよ。あまり遅くなると、野次馬が大量に湧き出て面倒なことになりやすからね。こう言うのって、すぐにネット社会では拡散がしては野次馬根性がある人は現場に行き写真をアップしてさらに拡散する。便利すぎるって言うのも、ちょっと考えものだね」


 莉音は肩をすくめてため息をついて笑っている。

 馨は用意ができたのか、鞄を斜めがけにしてはいまだに入り口近くで立ち止まっている理玖に向かって「行きますよ」と告げて事務所から先に出ていってしまう。理玖は、唖然としていたがすぐに正気に戻ったのか「待ってください!」と声をかけてそのまま扉に手をかけて思い出したように振り返って莉音に「行ってきます!」と告げて事務所から出ていく。

 そんな様子を楽しそうに、頬杖をつきながら見ていた莉音は「行ってらっしゃい、二人とも」と目を細めて笑いながら告げた。

 場所は変わり、事件現場までやってきた二人はすでに人が集まりかけていることに対して表情を歪めていた。


「えぇえ……、早すぎません? まだ朝もいいところですよ……。暇なのかな」

「暇なんでしょうね。さて、中に行きますよ。あぁあ、これがゲームだったら双剣を持って颯爽と切り刻んでいくのに。いや、ボウガンを担いで弾丸の雨を降らせるのもいいかもしれない」

「はいはい、行きますよ。……あ、聞くの忘れたんですが、中にその、死体は……」

「すでに回収して、現在確認中なのでありませんよ。死体が見たかったんですか? まぁ、異能課に戻り次第医務室の隣にある特別解剖室で邂逅することにはなると思いますけど。私たちは異能課です。お邪魔しますよ」

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