第19話
「私たちの推測では、グールという結論になっていますけどね。まぁ、高砂少年はまだ非異能力者も絡んでいると考慮して動いているようですけど。確実にいえますね。これは、異能力者によるものだと。……実害は出ているわけではないけど」
実のところ、調査として彼女たちは動いているが何が実害があって上から調査依頼が来たわけではない。
そもそもな話、異能課は殺人事件や厄介ごとや事件が発生してから初めて動くような部署ではない。彼らは常に、特務室と連携をとりながら管轄の異変を監視している。そして、何か厄介ごとがありそうな場合は事前に芽を摘み取っておくのだ。上からの命令で出てきた任務の場合はどうしても、当たり前だが報告が必要になる。
だが、事前にこちらが察知しておけば報告をしたところで多少捏造をすることだって可能なのだ。
以前、馨と理玖が京都まで出向いた件に関しても伊月が相談を受けたために発生した案件でしかない。故に、報告書として記録は残っているが多少捏造されている。
「正確には、上が問題視する実害というのが正しいだろうな。ところで馨。話は変わるが、妹さんの方は順調か?」
「……いいえ、全く? 蛾の彼は何か知っているようですが、どうやら先手を打たれているようで何も話してくれないんですよね。なので、蝶の彼女から当時の研究施設について話を聞く程度で止まっています。それに、今はその話関係ないですよね?」
「何、雑談さ。……馨、雑談が好きだろう? 今日はお疲れ様」
「ええ、お疲れ様でした」
そっと目を伏せては、スマホや鍵、財布などの貴重品だけを手にして事務所から出ていく馨。
彼女が出ていったことを確認して伊月は自身のデスクへと足を進めて、椅子を引いて静かに座り時計を横目で確認する。もう時間は夜の十時を回ろうとしている。そっと業務で使用しているパソコンの電源を落としてから退勤を行い、鍵のかかっている机からもう一台のパソコンを取り出して机の上に置く。
そのまま流れるようにして電源を入れては、そっと何かを操作し始める。ゆっくりと耳につけられている無線機を操作してはパソコンの通話機能を起動させてはとある人物へと通信を繋げる。
『これは、宵宮伊月室長殿じゃないか。……こんな夜に何かご用事かな?』
「用事がないと基本的に通話を繋げることはしないさ。馨たちは、用事もなくゲームをするために通話を繋げることもあるらしいが。残念なことに私はゲームはからっきしでね」
『何も雑談のため、ということでもないんだろうな。……要件は?』
「まずは、彼女にあの子の情報を伝えていないようで感謝をするよ。案外、口は堅い男のようで。本題は、ここ数日に出ている身元不明の死体について何か知らないか? もしくは、死体を持ち去っている人物を知っているか。最近、標本師殿のところに多くの死体が運び込まれたとか」
カタカタ、と軽くキーボードを打ち込みながらも通話先の人物に感謝と要件を述べる伊月。
画面に映っているのは、おそらく通話相手のアイコン。カメラ機能を使っていない、単なる通話なのだろう。通話先の人物は、「ふむ」と何か考え込むような声色でつぶやいてから「ないな」と告げるだけだ。
「なら良かった。君たちが絡んでいないだけでましだ」
『絡んでいたらどうしたんだい? それに、俺が嘘をついていないとも限らない』
「はは、君が嘘を? それこそ面白い冗談だ。君は、状況を十二分に理解をしている優秀な男だ。嘘をつくメリットもないことくらいわかっているだろう。絡んでいれば、仕留めるだけであり。そして、君が嘘をついて私たちの業務を邪魔した暁には協定を撤回して、そうだな。……生きたまま研究材料になる、とかどうかな。異能力者を研究したいという人物は、この世界に山ほど存在している」
『おっかない男だ。……思っていないことを平然とペラペラ告げるあたり、あんたの方が正直信用ならないよ。しっかりとした契約や協定がない場合は手を組みたくないね。なおのこと、プライベートではな。それだけなら、切るぞ』
「ああ、確認だけだったからな。……そうだ、最後に一つ」
『まだ何かあるのか?』
「いずれ君たちを陥れた研究所は全て摘発されて、塵さえ残すことなく消えさえる。これは確信だ」
伊月はそれだけを告げて、通話を切断した。
静かに光り輝く月を見ていた。
ふわりとなぐ風は、少しだけ冷たく辺りに死臭を漂わせるには十分だった。猫を思い浮かばせる耳のついたパーカを目深に被っていたその人物は、ゆっくりと顔をあげて眩しそうに目を細めて月を眺めている。
この廃ビルにあるのは、息絶えたタンパク質と水の肉塊と小柄な人物、否。幼い少女の一人と一つだけ。
「何か身分証明書みたいなのは、あるのかな」
しっかりと手袋がつけられたその手で、目の前に存在している死体を漁っている。
決して彼女は、この死体から金目のあるものを強奪したいというわけではない。探しているのは、目の前の死体の身分を証明する何か。車を運転することができるならば、運転免許証。もしくは、保険証や個人カードでも問題ないだろう。ポケットの中にあった長財布を取り出して確認をしている少女は、どこか異質で不気味だ。
身分を証明する何かを見つけたのか、少女はそっと財布の中から一枚のカードを取り出して見つめる。
「生年月日から、まだ学生さんだ」
自分より大きい背丈のその肉塊は、自分より少しだけ大きいだけの子供だった。
彼女がいる場所は、自殺の名所としていつの間にか有名になってしまっていた廃ビルである。この場所で飛び降りれば、今までこの場所で死んできた魂に導かれて必ず死ぬことができるという噂があるれっきとした曰くつきだ。
少女はそっと手を合わせて、目の前の死体に向かって合掌をする。
「生きることが、幸せとは限らないもんね。生きることが辛いことだってあるよね。……私も、そう。でも、私は生きる、生きていたいよ。だから、ごめんなさい。……いたただきます」
手を合わせてから、懐からそっと取り出したのは月明かりでわずかに反射をしているサバイバルナイフ。
しっかりとしたそれを握りしめて、死体の右肘にくっつけて思い切り刺す。本来であれば、サバイバルナイフで骨を切ることは不可能であるはずだが少女はそのようなことも気にせずに手際よく切っていく。彼女が最も簡単に骨までサバイバルナイフで切れている理由は限られてくる。
少女が、小柄であるのにも関わらず屈強な怪力を持っている場合。もしくは、このサバイバルナイフは見かけによらず実は骨まで切ることができる代物であるか。そして、最後に残される可能性は彼女が異能力者であるか、の三つである。少女は切り落とした切断部にそっとガーゼを当てて器用に包帯などで丸めては、持参していた袋に入れて何食わぬ顔で鞄の中にしまい込む。
そして鞄の中からは、未使用のガーゼや包帯、水の入ったペットボトルなどを取り出して残った死体の切断部を綺麗にして軽く手当てを行い再び手を合わせる。
「ありがとう。大事にいただきます。……あなたが早く発見されますように」
他にも飛び降りた際にできたであろう傷や、泥などを綺麗にしては会釈をしてその場からそそくさと立ち去った。
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