第23話

「莉音さん、こちら私のおすすめの焼き菓子アソートです。監視カメラから何かわかりましたか? ちなみに現場は本当に何も意味がなかったです。ただただ、刑事課と喧嘩をしただけでした」

「え、刑事課と喧嘩? 僕も一緒に行けばよかったな。個人的に、あそこにいる人たちは気に食わなくてね。……っと、監視カメラに関してはバッチリ完了したよ」


 寄り道をして事務所に戻ってきた馨と理玖は、自席にカバンを置いてから莉音の元へと進捗報告を受けるために歩いていく。そこには、パソコンを広げて何かの印刷された資料を眺めている莉音の姿。馨はそっとパソコンを覗き込んで、その画面を確認するように流し見していた。

 理玖は莉音の隣に座って仕事をしている、彼の監視官である藍に向かって「協力ありがとうございます」と会釈をしながらお礼を言っていた。


「気にしないでちょうだい。餅は餅屋って言葉があるでしょう? あれと同じよ」

「百瀬さんも甘羽さんと同じことを……」

「できないことで悩んでいるくらいなら、できる人に頼むほうが時間の無駄にならないわ。ま、いずれわかっていけばいいんじゃないかしら。まだまだ高砂くんはいい意味でも新人なんだから」


 新人にいい意味も、悪い意味もあるのだろうかと思考したところで考えることをやめる。

 藍がどこか楽しそうに喉を器用に鳴らして笑っている姿を見て、その言葉に特に大した意味はないということをすぐさま理解してしまったのだろう。苦笑をしながら、理玖はそっと隣に座っている莉音の机の上にある資料へと目を向けてゆっくりと画面へ視線を移動させる。


「え、誰かもわかったんですか!?」

「莉音にかかれば、それくらい朝飯前よ。……今朝、飛び降り自殺をしたであろう腕が欠けた死体現場の近くに夜中行く影が一つ見つかった。その影の主は、脛巾日葵ハバキヒマリ。年齢は、夏鈴と一緒の十五歳よ」

「……あ、この子」


 紙の資料にあったのは、一人の少女の顔写真と名前や経歴など。

 理玖はその資料を手に取り、わずかに目を見開いてから息をつく。その写真に写っている少女は、確かに昨日何気なく理玖と会話をした少女にそっくりなのだ。否、少しだけ雰囲気は違うが同じ人物と言っても過言ではないだろう。


「知り合い?」

「いえ。……昨日、甘羽さんがホームレスのおじいさんと話している時に話したんです。子供があんな場所を一人でいるのは珍しかったこともあって。あれ、でもここの家族構成にすでに両親は死亡して現在は施設にいるって」

「文章上はそうなっているようだよ。だけど、実際に彼女がいた児童養護施設はすでに潰れていて存在していない。つまり、この施設がなくなってからの彼女の動向は不明だったということだよ。生きているのかも、死んでいるのかも不明。一時期は、政府側でも要注意人物として監視していたようだけど養護施設内で問題ないと判断されてからは監視もなくなっている」


 政府から監視されていた、という言葉を聞いて首を傾げるもそっと資料へと目を向けて莉音がそのようなことを言った理由がすぐにわかったのだろう。そっと目を細めて「なるほどね」と小声で思わず呟いてしまうほどに納得のできる理由がそこには記載されていた。

 今回の関係者と思われる少女、脛巾日葵の両親は殺人と死体損壊の犯人として捕まってどちらも刑務所内で死んでいた。死因はどちらも病死とされている。元々持病があり、体も弱かったこともありストレスなどで体力が尽きてしまったのだろうというのがそこには情報として記載されている。

 しかし、どこか違和感を感じさせる曖昧な書き方なのだ。


「なんで、これって……」

「曖昧な書き方をしているんだ、かな。僕もそれは思っている。当時の警察は、両親が食べるために人を殺していたという自白を元に調査してそのまま終わったようだね。同物同治って言葉は知っているかな。例えば、心臓が悪いなら心臓を食べるといいっていうやつさ」

「まさか、彼女の両親は……」

「そう。自身の体が悪いところを食べていた、と供述していたようだ。自分の子供には内緒で、ね。政府は、この両親の異常性を危惧して子供に影響が出ていないかを監視していたが問題なかった、と結論が出ている」


 文字だけでみれば、確かに両親の異常性で終わる話なのだろう。

 だが、残念なことにこの世界には科学でも説明ができない異能力という奇怪な存在がある。この事件は、十年前ということもありまだ異能課が設立される前の話なのだ。残念なことに、異能力者を起用して異能力者を取り締まるということが決まったのはここ最近の数年の出来事である。

 京都は元々そのような部署は存在していたが、表に出てくることはなく裏方の存在でしかなった。東京本部が正式に認められてから、京都も表に出すことができたと言った具合なのだろう。


「まだこの部署は設立されてから数年程度だからね。当時から、異能課があればもしかするともっと違う方面からさまざまな調査ができたかもしれないわね」

「百瀬監視官、それは無理な話だと思うよ。何せ、非異能力者は異能力者のことを人とさえも思っていない。体のいい駒がせいぜいだろうね。ボスが来なかったら、きっとまだ異能課さえも設立されていないだろうに」


 涼しい顔で、どこかトゲを踏ませた口調と声色で告げる莉音に対して「そうね」というだけでそれ以上の言葉を言うことはない藍。そんな中、馨はそっと理玖の持っている資料を隣から覗き見しては写真に写っている少女を指さして話しかける。


「で、高砂少年から見て。この少女はどんな印象を?」

「え?」

「だって、偶然なのかは不明ですけど。この少女のことを知っているのは、高砂少年だけなんですから。どんなことを会話したのかも聞ければありがたいんですけど」


 そっと近くにあった椅子を持ってきて座り込んでは、足を組んで話すように目で促す。

 促された理玖は、少しだけ眉を顰めては思い出すように静かに唸る。


 ――あの時話したのは、なんだったっけ。ああ、そうだ。


「子供が一人で、あんな場所をうろうろしているのは珍しかったんで。話しかけたら、散歩とかそういう感じだったみたいです。あそこにいる人たちとは大抵知り合いなんだとか。あとは、おばあちゃんと二人暮らしということと。ああ、そうだ。やけに、甘羽さんと話していたお爺さんのことを気にかけていました。僕に、甘羽さんとあのおじいさんは家族なのかと聞いてきたくらいですし」

「あそこの人たちとはほぼ知り合い、か。わかった。じゃあ、僕はあの場所を重点的に少しカメラに入り込んで録画されている全ての映像を確認してみるよ。百瀬監視官、それでも構わないかな」

「ええ、問題ないわ。どうせしばらく私たちに案件は回ってこないだろうし。暇しているくらいなら、誰かの案件の手伝いをした方が楽しいもの。場所によっては、監視官しか入ることができない場所とかもあるし。そういう時は、私が高砂くんをエスコートするわ」

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