第24話
くすくす、と楽しそうに笑っては再びパソコンへと視線を戻してしまう藍に苦笑をしている理玖。
馨は楽しそうに笑ってから、じゃあ、任せます。と告げて自席へと戻ってしまう。もちろん、当然ですが、と言わんばかりに自分で出した椅子はそのまま放置して戻ったためそれらは立っていた理玖が片付けることになったのだが。
「甘羽さん、出したらしまうって習わなかったんですか……?」
「習った覚えはありませんね。何せ私は、義務教育も満足に受けていないものでして。……まぁ、それはさておき。カメラの解析は莉音さんが行ってくれるのであれば確実に刑事課よりも先手を取れるのでいいでしょう。彼らはそもそも、自殺と他殺で動くと思いますし。まず、この日葵少女までたどり着くことはそうそうないでしょう」
「刑事課と過去に何かあったんですかってレベルの毛嫌いっぷりじゃないですか……。僕たちとしては、先手を打てる状態ということですけど。そうですね、まずはホームレスたちに話を聞きますか?」
「そうですね。まずは話を聞きたいところではあります、が。その様子をあいつらに見られるのは嫌なので、こうしましょう」
にっこりと微笑んだ馨。彼女の笑みに、どこか嫌な予感を覚えてしまった理玖は、静かに頭を抱えて机の上に突っ伏してしまう。先日の京都の時もしかりであるが、馨は何かと事前に伝えるようなことはしない。理由は不明だが、それが命にかかわることではないと判断し、なおかつその方が理玖の反応がいいからなのだろう。
流石の彼女でも、命の危険性がある場合はしっかりと事前警告を行なっている。今回、それらはないということは命の危険性はないが馨が十分に楽しめることであり、しかしそれにより理玖の苦労は増える可能性があるというものだろう。
「ああ、君たち」
手前の席に座っている莉音は、そっとその場に立ちあがってから一枚の資料を馨に手渡す。
「もしも外に出るなら、そこから行けばいいよ。何せ、あの周辺は鼻の効かない動物がうろついているからね」
「犬じゃあないんですね」
「犬に失礼だろう? それに僕は犬は好きなんだ。特に従純なところとか、ね。刑事課は、上にはやけに従順だけど僕たちには歯向かってくるから嫌いだ。僕の好きな犬で例えるには違うだろう。じゃあ、何か進捗があれば僕か百瀬監視官から連絡が入ると思うからそれまで楽しく外で聞き込みをよろしくね」
資料一枚渡してからは、そっと座り直して机の上に置かれていたコーヒーを飲みながら再び仕事に戻る莉音。
本当にこの部署は、自由な人が多いなと思いながらも理玖は伊月の席を視界に入れる。そこには、基本的にこの部署の主人である伊月がいるのだが今日は何故か一回も姿を見ていない。彼もそれなりに仕事が多くあり、ずっとこの場所にいるということもないのだろうと自己完結させては静かに頷く。
馨はいつの間にか、再び外に出る準備を済ませていたのか扉の近くで理玖を待っている。
「高砂少年、行きますよ」
「はいはい。じゃあ、行ってきます! 今日はやけに外回りが多いな……」
「でも、自分の足で現場に赴いたり事件を解決するというのはなかなかに楽しいものではありませんか? まるで、ゲームをしているような感覚になります。私的には、選択肢なども出てきてくれると尚のこと楽しいのですが。あ、好感度は不要です。昔は乙女ゲームもしていましたが今はめっきりなので。ノベルゲーがいいですね」
自身の顎に手を添えて、満足そうに「うんうん」と一人でに呟きながら話している馨を横目に理玖は本日何度目かもわからないため息をついたのだった。
「日葵ちゃん、いつも悪いわねぇ」
「ううん、大丈夫ですよ! 私だって、おばあちゃんのことは大好きだし。何より、身寄りもない私をここに置いてくれてくるだけでも私としては十分!」
都心から離れた住宅街に建てられた美しい庭が存在している一軒家。
少女、改め脛巾日葵は鼻歌を歌いながら部屋の掃除をしていた。リビングには、椅子に座って編み物をしている老齢の女性が一人。日葵は、老婆に感謝の言葉を伝えたながら今日のスケジュールを頭の中で組み立てていく。
――テレビで見たけど、あの周辺はしばらく行けないなぁ。あのホームレスたちがいっぱいいるところもしばらくは避けた方がよさそう。
「それにしても、本当に日葵ちゃんは働き者ね。助かるわぁ」
「えっへん。これでも私の掃除技術に隣に出る人はいないんだよ! おばあちゃん、今は何を編んでいるの? 昨日は、確かレースのハンカチに何か刺繍をしていたような気がするんだけど」
掃除道具を持っているため、老婆とは一定の距離を空けて彼女の手元を見ながら話しかける日葵。老婆は、目尻の皺を深くさせて楽しそうに微笑んで「内緒よ」と告げるだけで彼女に詳細を話すようなことをしない。日葵は、「内緒かぁ」と呟いて、それ以上を聞くことはなく掃除に戻りリビングから出ていく。
日葵とて、人との距離感は弁えている。
それが、実際の血がつながった家族ではない場合は尚のことだ。彼女が、この家にやって来てから数年は経っているため老婆にすでに家族と呼ばれるものがいないことは知っている。老婆の旦那は、彼女がやってくるよりも随分と前に病気により亡くなったのだそうだ。そして、彼女の子供は日本から出て海外に住んでいる。元々、親子仲は良くなかったらしくほぼ絶縁状態と言っても過言ではない。
だからこそ、日葵はこうやって入り込むことができているのだが。
「テレビには、昨日話しかけた人たちが映っていなかったから。警察関係者じゃないのかな。いや、でも警戒しておかないと何があるかわからないもんね」
日葵の脳裏に浮かぶのは、よく出向くホームレスたちがいる場所にいた二人組だ。
一人は髪の毛を染めているのか、まるでミルクチョコレートをかけたいちごのような髪色をした女。そして、もう一人はお人よしが雰囲気からわかる男。日葵はその中でも男と会話をしていたのだが、会話をすればするほどその青年がお人よしなのだろうということがわかってしまったのだろう。
老紳士と話していた女は、どことなく近寄りがたい雰囲気を出していた。
「あの女の人、髪の毛を染めているのか、同じなのか。あ、おばあちゃんに人が来ても私はいないって言ってもらわないと」
この場所は、事件現場よりも遠くそれなりに離れている。
加えて、日葵はこの周辺を熟知しておりカメラに入ることがない位置なども把握しているのだ。そして、彼女が動き出すのは夜中が多い。夜中出歩く時は、その闇に溶けやすいように黒い服をきて顔はフードを目深に被りカメラがあっても見えづらいように工夫している。
故に、慢心をしている、ということもあるかもしれないが。この場所がすぐに知られるようなことはないだろう、と確信していたのだ。
「おばあちゃん、ちょっと良い?」
「なんだい、日葵ちゃん。あ、ご飯の買い出しかしら?」
「買い出しは昨日しているから大丈夫! 何か食べたいものがあれば頑張って作るから教えてね。……っと、そうじゃなくて。もしも、お客さんが私について聞かれても脛巾日葵は今はいないって伝えてくれるかな?」
「ええ、わかったわ。あら、でもそれだったら私が嘘をつくよりも日葵ちゃんはお散歩とかに外を出た方がいいんじゃあないかしら?」
「んー、そうだけど。ほら、さっきテレビで少し歩くけど事件があったみたいだから。なるべく一人で出歩くことは控えた方がいいかなって。おばあちゃんも出歩く時は私が一緒に行くからね!」
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