第6話

 ――殺された、あれ。


「あの、甘羽さん」

「はい、なんでしょうか」

「この人たちの死因ってなんですか? 死体持ち去りばかり気を取られていましたが、死因ははっきりしているんですか?」

「……身元がわかった人は孤独死でしたが、老衰で寿命による死亡。身元不明な死体は色々です。でもまぁ、多かったのは病死でしたね。末期癌だったのだろうと、鳴無先生は言っていました」

「……ああ、あの医務室の悪魔」


 鳴音圭オトナシケイは、異能課担当の医務官である。もちろん、彼も異能力者であるのだがその事実は何故か秘匿とされており異能課のメンツや特務室のメンツしか知ることはない。そんな彼は、凄腕の外科医という顔を持っているので時折地上の病院に臨時で呼ばれて手術を担当していることもある。

 理玖は彼に一度世話になったことがあるために、彼のことを「医務室の悪魔」と臆することなく呼んでいるのだ。余談であるが、普通に本人を目の前にしてこの呼び名で呼んでいる。


「ということは、殺されたというわけじゃないんですね。ちなみに、持ち去られた人たちの死に際はわかっていますか?」

「それは今からの聞き込みで知り得ることでしょうね」

「現状は不明、と。わかりました。まずは、彼らの死に際を調べる必要がありますよね。そこで、不審な人物が出ればその人と警視庁のデータベースを照合してみるという王道な調べ方をする方向でいいですか?」

「一旦は、それで行きましょう」


 ある程度捜査方針を決めた二人は、再び資料と鞄を手にして部屋から出ていく。

 そんな二人を口角を上げて見ていた伊月はどこか満足そうな雰囲気を出しては、静かに仕事をしていた。

 地図に記されている場所へとやって来た理玖は、どこか視線を遠くにしては目の間に広がっている段ボールハウスを見て息をつく。この都会に、このような場所があったのかという思考と金輪際関わることはないだろうと思っていた人種と関わっているという現状に情報が追いついていないのだろう。馨は特に気にすることもなく、周囲の写真を撮っている。

 彼女は器用に、風景を撮っているように見せているがその実この場所にいるホームレスと思われる人物たちの顔がしっかりと入るようにしていた。今後再び死体消失があった際にも、すぐに照らし合わせることができるようにしているのだろう。最も、事件が起きないのが一番であるが原因や犯人がわからないことには阻止することも難しい。


「それにしても、小説とかドラマの話だと思っていましたけど。本当に、こういうのはあるんですね」

「これが現実ですよ。まぁ、彼らは非異能力者ですのでそこまで酷いことにはならないでしょう。異能力者であったとして、それをいうようなことはしないでしょうし。ちなみに、このような環境で異能力者であるとバレたらもう集団リンチからの死体発掘でしょうね」

「なんでもないような声色でいうようなことじゃあ、ないんですけどねぇ……」


 理玖は自身の頬を軽く叩いて気合いを入れ直している。

 この場所にいるのは、数名のホームレスと思わせる男性と女性。彼らはお互いに何か話すようなこともしておらず、個人で何かをしている。ゴミ拾いをしている者もいれば、ゴミを漁っている者だって存在している。馨は、何かを考えるそぶりをしてからそっと鞄の中からおにぎり一つとお茶一つ取り出してゴミ箱を漁っている老人へと近づく。それも迷うことなく、堂々と。

 理玖でさえも、彼らに近づくのはどこか抵抗があるのかそっと腰を引きながら馨の後ろにくっついて歩いている。


「すみません。ちょっと、話を聞きたいんですけど。一緒にお昼ご飯を食べながらお話ししませんか?」


 平然と、それでいて自然に。

 馨はおにぎりとお茶が入っている袋を老人の目の前に掲げては、人の良さそうな力のない笑顔を見せる。理玖は、その表情を見て眉を顰めてしまう。彼の家族は、理玖以外の家族は全て女性だったこともありすぐにわかってしまうものがある。女の一番の武器は、その演技力である。何食わぬ顔をしながら、思ってもいないことを告げては褒め称える。男はすぐに気をよくしてしまい、女の思うつぼ。そのようなことを何度も見てきた理玖は、そっと誰にも気づかれない程度にため息をついた。

 どうやら、この馨もなかなかに演技派らしい。

 老人は訝しげに馨と彼女の後ろにいる理玖を見つめている。疑っているのか、もしくは他にも考えていることがあるのか。


 ――さて、ここからが私のターンといったところでしょうか。


 馨はそっと瞬きをして、ジィと目を逸らすことなく老人を見つめてにこりと微笑んでいる。

 刹那、彼女は何を思ったのか近くのベンチを指さしてから物腰柔らかな口調と態度で老人に話し続ける。


「実はまだ私はお昼を食べていないんですが、どうにも買いすぎてしまって。他の人はお腹を空いているわけではなさそうなので、おじいさんに声をかけた次第です。どのような人であろうとも、誰かと一緒に食べた方が美味しいでしょう?」


 声色に、嘘は見えない。否、見せない、なのだろうか。

 女性の演技に関してはこと敏感な理玖でさえも、彼女の声色から真意を汲み取ることはできない。それほどまでに、彼女は演技が上手いのか。もしくは、他の理由が存在しているのか。


「……こんな汚い老耄に声をかけるたぁ、お嬢ちゃんは好きもんか?」

「まさか。それに、汚いのは些細なことでしょう? 別に気になりませんよ。悪臭がしているわけでもないですし。それに、買いすぎてしまったものを捨てるのはもったいない。ならば、必要としている人とともに食べるのが一番の消費ではないでしょうか。……まぁ、私がそう結論づけただけですよ。で、どうするんです? 一緒に食べますか? それとも断りますか?」

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