第2話

 手前に座っている莉音は先程のやり取りを聞いていたのか、苦笑をしながら理玖の呟きを拾って返答する。既に、この異能課にやってきて一ヶ月経過しようやく此処に配属されている者たちの自由奔放さを理解してきたのだろう。見てきた、といえどもまだ理玖が見ているのは一面でしかないことを彼自身は知らないことである。


「でも数値の可視化か。そうなると、必然的に様々なネットワークが構築されることになるから異能課がまた余計に先手で動くことができてしまうね」


 にこり、と楽しそうに微笑んで告げる莉音の言葉には様々な意味が含まれているのだろう。

 主に、仕事柄で勝手に様々なところに予防線を張り巡らせてハッキングをして先手を取る、とかなのだろうが。理玖はそれに気づいてしまったのか、口角をピクピクと動かしては「そうですね……」と言葉を濁す程度でとどめていた。

 そっと視線を、再び画面に戻す。そこに映っているのは、先ほど鳴無の話で調べることになった「各務早咲」についてがまだ表示されていた。


「まだ、それを見ているんですか?」

「折り紙をしている甘羽さんよりはましだと思うんですけど。……いや、見えないものを数値化するっていうのはなんか。科学は進歩するんだなぁって思ったんですよね。こういう分野っていうか、こういうことはきっぱり情報収集をしてこなかったものですから。鳴無さんのいう通りですけど、実用化してどのように使用されるのか。今から楽しみですね」

「多分ですけど、それ。実用化することはないと思いますよ」

「……え!?」


 しれっと、思ったことを当然のような声色で告げる馨に対して驚く理玖。先ほどの話の中では、そのような素振りは一切見せなかったこともあり、余計に驚いているのだろう。あの会話の中で、そのようなことをいえばどうなるのか馨は分かっていたから言わなかったのか。もしくは、面倒だったから話すことはなかったのか。おそらくは後者だろうが、理玖はその馨の言葉が気になったのか、なぜそう思ったのかを聞こうとした刹那。

 遮るように扉が開いて入ってきたのは、見ず知らずの少女の姿。


「すみません、伊月さんはいますか?」

「あれ、蝶々。いきなりどうしたの? それにしても、いつ見てもお人形みたいで可愛い」

「えへへ、ありがとうございます、傷蔵さん。えっと、まぁ。その、灯牙くんに相談したら伊月さんに報告したほうがいいっていう案件が来たから……。伊月さんは会議中? もしくは今日はお休みとか……」

「室長は、外出中。次の夏鈴たちの任務先の調整をしているんだって。どんな案件なの? 私たちが代理で聞くこともできるけど」


 扉の近くにいる小柄な少女に話しかけたのは、羽風と藍の二人。二人は長身な部類に入ることもあり、余計に少女が小柄に見えてしまう。理玖は、初めて見る顔に首を傾げて隣にいる馨に少女について聞こうとそっと近づくもそこには人影一つ存在していない。


「お久しぶりですね、蝶梨さん」

「はい、お久しぶりです甘羽さん! 百瀬さんもありがとうございます。みなさんに相談しても大丈夫な内容なので、早速相談したいのですが……えっと、ここでも大丈夫です?」


 少女は両手で何か書類の入った封筒を抱えては首を傾げる。

 この異能課にはいない癒しの雰囲気を纏っており、少女の前にいる女性三人は現在進行形で癒されているのかニッコニコである。心なしか彼女たちの背後には機嫌の良さを表す花が舞い散っているようにも思えるほどだ。理玖は目を細めて、そんな三人を呆れながらもそっと視線をパソコンに戻す。確かに謎の少女は謎の癒しを提供しているようにも思えるが、それだけでしかない。少女からの癒しよりも、もふもふとした獣からの癒しを求める理玖からしてみればどうでもいいことだったのだろう。

 莉音は、そんな理玖を視界に入れてから苦笑をして説明をする。


「彼女は、御堂蝶梨ミドウチヨリ。見た目は少女だけど、ああ見えてもう年齢は二十代後半だったと思うよ。正式な、異能課の人ではないけど異能課関係者ではある。利害の一致、というやつなのかな。基本的にはボスの駒って感じだけど、僕たちとも交流があるから仲はいい珍しい協力者って感じだよ」

「……異能課にいる協力者の人たちは、見た目と年齢が一致しないんですね」

「一致しないことには理由があるんだけどね。本当に若々しいというよりも、まぁ。ちょっと呪われてて成長することができないというべきなのかもしれないね。その話は、また今度にでもしよう」


 御堂蝶梨。

 莉音から説明された少女を再度視界に入れては、再び首を傾げる理玖。どこからどう見ても、十四歳くらいの子供にしか見えない彼女は彼曰くはすでに二十代後半ということらしい。確かに、若わしいというわけではなく成長が止まっているようにも見えなくはないのだろう。理玖の視線を感じたのか、少女改め蝶梨はそっと理玖がいる場所へを視線を向ける。そのことにより、ばちりと視線をあって目が合う。

 やましいことを考えているわけではなかった理玖であるが、突然目があってびっくりしてしまったのか急いで目を背ける。その様子を見ていた莉音は小さく笑っており、馨は呆れるように目を細めてため息をついていた。


「高砂少年、急いで目を逸らすとかえって怪しく見えますよ」

「ですよね。僕もやってから気づきました……。あ、さっき浅海さんから説明をもらったので大丈夫です」

「いや、高砂少年は良くとも蝶梨さんは良くないでしょう。彼は、高砂理玖少年。最近スカウトで加入した私の専属監視官です。何かと私は蝶梨さんの案件を持つことも多いので、これからはお世話になるかもしれませんね」

「高砂さんですね、覚えました。私はすでに、紹介があったかもしれませんが御堂蝶梨と言います。えっと、一応関係としては伊月さんのお手伝いというか、協力をしている感じです。本職は剝製標本士をして、最近は大学でそれらについての講義をしています。よろしくお願いしますね」


 腕に抱えていた資料を机の上に置いて、所作よく綺麗に礼をしてはにこりと微笑んで紹介をする。

 まるでそれは、ドラマなどに出てきそうなお嬢様のような所作でありあまりにも違和感がなく美しく無駄がない。これには理玖もポカン、と軽く口を開けて唖然としてしまう。年齢に続き、そのどこかアンバランスにも見える美しさに対して言葉を失ってしまったのだろう。


「えっと……」

「ああ、気にしないで大丈夫ですよ。高砂少年は、今脳内処理が遅れているだけなので。蝶梨さんが持ってきたということは、面白い死体が運び込まれた、ということですよね。話を聞きますよ、ええ、もちろん」


 馨は心底楽しそうな声色で、蝶梨のエスコートを行い執務室内にある休憩スペースへと誘い込む。本来であれば、執務室で話すようなことはなく応接室へと案内をするべきであるが、彼女に至っては執務室で話をしても問題がないほどに異能課と密な関わりがあるのだろう。

 もちろん、普通の客人であればこの地下に来ることはできず担当者が地上まで行くのが通常である。


「お、面白い死体が、運び込まれた!?」

「彼女はなんでも剥製、標本にすることができるからね。ちなみに、人間を剥製にしたいなら彼女に依頼するしか道はないよ。いや、裏側に行けばあるかもしれないけど。彼女の腕は、さまざまな人たちに知られるほどに素晴らしいから。あと、値段も法外じゃないし、内訳もしっかりと説明してくれるから一定の固定客がいるんだよ」

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