第38話
「馨くんは、どうしてそんなに、平然としているの、ですか」
「まぁ、言ってしまえば慣れているから、ということしか。……別に好き好んでこの場所に居るわけでもないんですけど、あとは、まぁ。それは良いでしょう。ところで、話を戻しますけど。なんで、朱鳥さんはここに居るんですかね。本当に折檻?」
「まぁ、そんなところです」
朱鳥は身じろいだのか、それに合わせて重たい音が響く。
馨は、欠伸をしては自身の手首を煩わしそうに見てから軽く指を器用に鳴らす。刹那、パキリと小さく乾いた音が響いては外れる鎖。一人であれば思う存分に合法的にサボって助けが来るまで寝ておこうかと思っていたのだろう。
しかし、予定に反してこの場には朱鳥もいる。
「ところで朱鳥さん」
「……あれ、馨くん。……あ、あれ? 鎖は!?」
「壊しました。全く、なめられたものですね。こんなたかがっつの塊など、引きちぎるのはたやすいんですよ。どうしてこんなクソみたいな村に居るんですか。貴方ならば、さっさと逃げることだって出来たでしょう」
ぐい、と顔を朱鳥に近付けては告げる。
先ほどまで遠く離れていた二人の距離は、目と鼻の先レベルまで近くなっている。馨は、そっと朱鳥の手首と足首へ視線を向けてから呆れたように肩を竦めてため息をつく。その際に自身の額に手を添えていたこともあり、どこか絵になるポーズになっていた。
「貴方の異能力は、自身への意識をそらすことが出来る程度の能力でしょう? だからこそ、物を盗んでいても誰も気づかない。ならば、貴方が能力を意識して使用すれば逃げる事だってたやすいはずでしょう」
縛られることを極端に嫌い、自分の好き勝手に物事を進めていく馨は不思議そうに告げてはそっと、彼女の手足についている鎖を視界に入れてからそっと笑う。
「動かないでくださいね?」
「え、何をするつもりなの!?」
「ばーん!」
「きゃぁあああぁあ!? ……あれ?」
「良い反応、ありがとうございました」
馨に攻撃されると思っていた朱鳥は頭を抱えては思わず叫んで、待てどもやってこない痛みに目を開けるとそこにあったのは砕け散った鉄の塊。しかし砕け散ったのは、あくまでも鉄と鉄を繋いでいた鉄だけだ。二人の手首には、くっきりと腕輪のように存在を主張する手枷がまだ存在している。
馨は、ゆっくりと朱鳥の頭を撫でてから彼女の目の前に座って目を見つめる。
「……さて、高砂少年がやってくるまでの間。答え合わせといきましょう」
「答え合わせだなんて……」
声は、まるで甘露を煮詰めたのではないかと思わせるほどに甘ったるいが瞳は雰囲気は棘をさすように冷たい。
朱鳥は困ったように目を背けてから、言葉を漏らしてから小さく頷いた。
時刻は夕方。一時間どころではなく、二時間ほどぐっすりと眠ってしまっていた理玖は焦りながら時計を見て必死に馨にする言い訳を考えていた。おそらく、そろそろ馨がお腹がすいただの言って理玖に絡んでくる頃合いだろう。
理玖はゆらゆらと立ち上がって、目を覚ますために洗面台があるとことまで歩いていく。
「佐倉さん、甘羽さんお腹すいたって駄々こねてませんか?」
「え、甘羽さんですか? ……そういえば、数時間前に外に行かれてまだ戻ってきていませんね。そろそろお腹がすいて戻ってくる頃合いだと思うのですが」
出会って数日しか立っていない季楽にまで、そう思われている始末である。
それほどまでに、馨の腹時計は正確過ぎるのだ。まるで、アラームのように的確にその時間を伝える。馨が居ないという事実に驚きながらも、「そうですか」と返事だけをおこない顔を洗って部屋に戻る。
「……え、甘羽さんがまだ戻ってきてない? 僕のご飯を気配を消してまで食べようとする、あの甘羽さんが夕食の時間近くになってもまだ来ていないって」
違和感の感じ方がいささか失礼であるが、何かあったのではないかという予感が頭をよぎったのか念のために何か残していないか確認を込めて馨の部屋を覗く。大事そうなものが残っていれば、猫のように散歩に行っただけだろうと自己完結つもりだった。
少しだけ申し訳なさを感じながらも、扉を開けて馨が使っている部屋の中に入る。
そこにあったのは、旅行鞄のみであり他の大事そうなものは全て部屋に置かれていない。
「……え、うそでしょ? まさか、そんなぁ」
昼寝のおかげなのかは不明だが、やけに嫌な想像だけが頭によぎってしまう。
理玖は机の上に置かれている番号が書かれている紙を手にとっては首を傾げる。書かれているのは、何処かの電話番号。しかし、どこ宛なのかさえも書かれていないただの番号だ。
「……これは見るからに携帯の番号っぽいよな。誰宛なんだろう」
異能課の面子の携帯番号は、理玖の社給携帯の中にも登録されているのでわざわざ馨が書置きをすることもないだろう。つまり、ここに書かれている番号は社給携帯には登録されていないが馨が信用に値すると思っている人物の番号。
コクリと喉をらしては、表情を歪めてそのメモに書かれている番号へと連絡する。
「……も、もしもし」
『どちら様です?』
「えっと、甘羽さんの書置きにこの電話番号が書いていて。あ、僕は……」
『東京本部の監視官、高砂理玖くんかな。いやぁ、まさか本当に電話が来るとは思わんだ。で、一体どうしたの。何か、馨くんにトラブルでもあった? まぁ、馨くんなんて歩く災害レベルでいつもトラブルを引っ掛けてくるけどねぇ』
電話口の女性は器用に喉をクツクツと鳴らして楽しそうに笑っている。名乗ってもいないのに、馨の名前を出しただけで全てを理解して電話口の人物に首を傾げる。
「あの、貴方は……」
『私は、鬼籠凛子。馨くんからは、ニコちゃんって呼ばれている府警異能課所属の監視官。ちなみに、元東京本部所属ね。だから、馨くんとはそれなりに仲がいいんだよねぇ。で、どうしたの』
ゆったりとしたゆとりのある話し方には、あまりにも緊張感がない。
季楽から府警異能課について聞いていたこともあり、あまりにもおっとりとした人物が府警異能課に所属していることに驚きを隠せないのか数回瞬きをして言葉を失う。伝統や歴史などを重んじると聞いていたので、もっと厳格でお堅いイメージがあったのだろう。
勿論、理玖のイメージは間違っていない。
ただ、電話口の凛子は元は東京本部に居たこともあり府警異能課の中では中々に珍しい部類の人間なだけである。
「あ、そうだ! 甘羽さんが、夕食の時間になっても帰ってこなくて。鬼籠さんは、何か聞いていたりしませんか?」
『犬か、馨くんは。……いやいや、私はあの子の担当じゃないんだから聞いているわけないでしょうに』
「ですよねぇ……」
凛子の言葉に、大げさにしょんぼりとする。理玖に犬耳と尻尾が生えていたら、目に見えてわかるくらいに下がり切っていることだろう。首を軽く振って、息をついてから理玖は言葉を紡ぎだす。
「あの、無理を承知でお願いんですが」
『無理承知なら嫌だよ』
「僕一人では確実に甘羽さんを回収するのは厳しいので、鬼籠さんは異能官を連れて今すぐ今から言う村まで来てください。そうですね、何かそれらしいものがないと動けないですよね。では、うーん。……公務執行妨害っていけます?」
『うーん、監視官がっていうならいけるかもしれないけど厳しいかも』
異能官は、名ばかりの人権が存在している。理玖は馨から聞いた話を必死に手繰り寄せてはそれらしい口実を考える。これ以上口実をいうのは無理か、と諦めかけたその時。
異能官にナイフを向けて刺そうとしたところで、殺人未遂ではなくて器物損壊として相手は捕まるという言葉を思い出す。
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