第37話

 理玖の思考通り、そろそろ朱鳥が犯人であると知っており庇っているならば窃盗をしているという事実さえ明るみに出すことはないだろう。もしかすると、見えない窃盗という言い方ではなくて、他に確信めいた言い方をするほうが異能課ではなくとも府警異能課でも動くことが出来るだろう。

 それでも季楽は、本当に困っているようにして透明な窃盗犯による窃盗被害としてこの件を府警異能課に相談をしているのだ。この言い方では、仮に府警異能課が相談を受けたとしても駆り出される可能性は低い。なぜならば、彼女の言う被害が本当に異能が絡んでいるのかも怪しいからだ。

 だが、もしも。


「本当に困っているのは、窃盗ではない何かだったら……?」


 窃盗ではなく違う何かに困っており、それを明るみにするために実際に被害があった窃盗を使っていたのだとしたら。

 理玖は、眉を顰めて自身の顎に手を添えて首を傾げながら思考を巡らせる。その中でふと、よぎったのは一つの考え。


「佐倉さんは、もしかして。朱鳥さんを助け出そうとしている……? でも、どうして。こればかりは本人に聞くしかなさそうだけど、あの様子じゃあ証拠や確証がなければ絶対に白を切るだろうなぁ……」


 窃盗辞退被害が出ているので、決して狂言ではないがそれに近いものがある。そんな中で、季楽が素直に理玖の質問に答えるとも思えなかった。彼はそのまま、何度目か分からない唸り声をあげては腕を組んで深くため息をついてしまっている。

 誰がどう見てもわかるほどに、彼は悩んでいるのだろう。


「そうと決まれば、まずは証拠集めになるけれども、……無意味だろうけど。佐倉さんが仕掛けたという監視カメラを回収して調べてみるとか」


 季楽はカメラについて、壊されてしまったので処分したと言っていた。

 もしも理玖に考えが正しければ、カメラが壊れたのにも納得がいく理由が出来てしまう。カメラを壊した人物は、カメラに映りたくなかったから壊したわけでもなくそこにカメラがあったから衝動的に壊したわけでもない。

 カメラに映ってしまい、消すことが出来ないならば。物理的に破損してしまえば、映ったとしても映っていなかったということに出来るのだ。


「どうやって壊したかとか、その際に指紋が付着していればそこからって……言っても本部に物を送ってと考えるのも現実的じゃあないんだよなぁ」


 この場に馨が居れば、東京本部へものを運ぶ方法が提示されていたかもしれないが残念なことにこの場に彼女はいない。今もまだ、部屋に居るのか。もしくは、気分晴らしとして外を散歩しているのかさえも理玖は把握してないのだ。

 本来であれば、監視官は基本的に異能官の全てを文字通り監視する立場である。それを良しとしないのか、形式的なことをいえどもそれを強要することはしていない。故に、馨から「それは誰の言葉なのだ」と不機嫌そうに真意をつかれては何も言えなくなったのだ。


「佐倉さんのことも十分に気になるけど、証拠がないからこれは後回し。出来ることは、村の地形把握。あとは、朱鳥さんの捕獲だけど……。逃げられる可能性も考慮して、逃走経路を潰すことも考えないといけない。甘羽さんの使っていたドローンが僕には使えないのがちょっと痛いかな……」


 支給されているスマホには、馨から送られてきている映像がある。それを見ながら、ない頭を必死に動かしては思考をする。きっと、ここまで真面目に考えることも普段からしてきてはいないのだろう。少し考えただけでも、軽く目を回してしまっては倒れ込むようにして布団の上で寝転がってしまう。

 否、実際にキャパオーバを起こして倒れ込んでしまったのだ。


「とりあえず、少し寝てしまっても問題ないよね……」



 ガチャリ、と耳に響くのは鎖の音。

 煩わしそうに自身の手と足についている、鉄の鎖を見ては嫌そうに表情をゆがめているのは何故か地下牢のような場所に居る馨だった。

 気まぐれに発声練習のように言葉を紡いでは、反響するだけの声にため息しかこぼれない。


「……ここまでやりますぅ? 普通」


 数時間前、馨はのんびりと季楽の家の周辺から村までのルート。そして、村に隣接している森などを調べていた。勿論、理玖に指示されたからではなく、全て独断で行っているものだ。気ままに、足の向くままに調べていたところ馨は何かトラップのようなものを不覚にも踏んでしまい挙句に不意打ちで後頭部を思い切り殴られたのだ。

 見事気絶してしまった馨は、目覚めて今に至っている。


「これ、私が非異能力者だったら確実に傷害で叩いてますね。医者に行って、診断書を入手して確実に完膚なきまでに叩き潰す。思う存分に、最高金額の慰謝料をぶんどってる」


 忌々しそうに舌打ちをしながら、馨は息をつく。

 地下に隠すようにして作られているのか、酷く冷たくわずかにじめじめとしており気分をより一層陰鬱にさせる。ただでさえ、機嫌が悪い馨はこれ以上下がることはないのではないかと思えるほどに機嫌が急降下していく。

 この場に何か危害を加えてもいい体のいいサンドバックのようなものがあれば、きっとそれは跡形もなく木っ端みじんに切り刻まれていることだろう。彼女の操る数多の風により。


「ま、この手情も壊せるので別になんですけどね」


 それでも壊すことをしないのは、この場を探れる限界まで探るつもりだからだろう。泳がせるだけ相手を泳がしておいて、油断をしているときにパクりと後ろから丸のみをする。馨は比較的、そのようなやり方を好んでいる。

 そのくせ、闇討ちなどはあまり好きではないのだが。


「……はぁ。おとなしく、高砂少年のお迎えでも待って、……ん?」


 わずかに聞こえた息の音にそっと耳を澄ます。

 暗くてまともに見えやしないが、どうやらこの牢屋にはもう一人存在しているらしい。馨はそっと耳を澄まして意識を集中させる。意識を集中すればするほどに馨の脳内に何かが流れ込んでくる。流れ込んでくるのは、感情に、意識。

 痛い、辛い、怖い。

 恐怖というには充分すぎるその思考がゆっくりと、ゆっくりと流れていく。まるで、空っぽの水差しの中に注がれている水のような。真綿で緩やかに絞められていくような。


「……御手洗朱鳥さんですね」

「……お姉ちゃん?」

「ええ、昨日道案内をしてもらった迷子の二十三歳です」


 少しだけクスリと、笑みを含ませて明るく告げる。クスン、と小さく鼻をすする音がしては何かをこすりつける音が響く。刹那、ガチャリとあまりにも重々しい鉄と鉄がぶつかる音が反響した。

 馨が閉じ込められているのと同時に、どのような経緯があったのかは不明であるが朱鳥もこの地下の牢屋に閉じ込められているようだった。


「そういえば、名乗っていませんでしたね。私は甘羽馨と申します。呼び方は気にしませんので、お好きに呼んでください」

「……じゃあ、馨くん」

「何で皆、私のことを「くん」付けで呼ぶんですかね。まぁ、別に気にしないので良いんですけどね。……ところで朱鳥さんもなんでココに居るんですかね。まるで、折檻にでもあっているかのような仕打ちですよね。頬につけられた殴られた痕といい、全く趣味のいいことで」


 勿論、皮肉だ。

 それが、幼い朱鳥に通じるかはさておき。馨はのんきに欠伸をしては、眠そうにうつらうつらとしている。牢屋に入れられているというのにも関わらず、動じることはないのは元々彼女が死刑囚として収容所に居たからなのか、それとも。

 理玖という相棒がいずれここまでたどり着くということを、何処かで確信めいているのか。

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