第36話

「井戸だって、普通だった。この集落だって、なんの変哲もない。……だけど、それがかえって何処かおかしく感じてしまうのは何でなんだろう」


 何度照らし合わせても、間違いなどなければおかしいところは一つだって存在していない。理玖であれば、そういうものだったのだ、とか。勘違いなのでは、とかで終わらせているであろうが馨には彼にはない経験と直感と言うものがある。馨の経験上、何かあるという違和感がぬぐえないのだろう。

 完璧すぎるものはかえって不気味に感じてしまうのと同様に。


「佐倉さんは何かを知っていて、それを故意的に隠しているのは確定でしょうし。というか、朱鳥さんが犯人だって知っていると思うんですよねぇ、あの様子じゃ」


 机に突っ伏してはため息をつく。

 これが、何も実地試験などを設けていない普通の任務であれば馨のやりたいように思う存分に暴れては探っていることだろう。彼女は自分が気が済むまで調べなければ気が済まない性格なのだ。


「だけど、あの調子じゃあ……。高砂少年も限界でしょうね。……ちょっと私の方でも単独行動をして村を探るとかしますかね。最悪、捕まるとかもあり得そうですけどその時はその時で高砂少年がどう動くのか知ることも出来る。避けたいですが、どうすることも出来なければ村を消してしまえば良いだけの話ですし何も問題はないでしょう」


 問題だらけである。むしろ、問題しかないだろう。

 この場に伊月が居れば、胃を抑えては「いてて」と呟いて無言で胃薬を飲んでいたに違いない。他の異能官が居れば、腹を抱えて笑っては「馨くんらしい」と告げていたことだろう。監視官に至っては、「ほどほどにね」と告げるだけで止める事さえもしないのだろう。

 結局のところ、東京本部に属している異能官も監視官も皆自分勝手なのだ。自分で蒔いた種は自分で始末をつける。だからこそ、器用に上手く歯車がかみ合っている。一見すると協調性の一つもないようなメンバーの集まりでしかないが、それがかえっていい歯車になっているのだろう。


「……さて、少し探りをいれてみるかな。何かあれば、ニコちゃんの番号でも置いておけば何か察することくらいさすがの高砂少年も出来るでしょう」


 ニコちゃん……凛子の携帯電話番号をメモに記載しては、パソコンの電源を消して旅行鞄の中に入れ込む。メモは分かりやすいように机の上に放置していた。他にも出していた資料などは全てまとめてファイルに入れ込んでは鞄の中へ。

 馨は、ゆっくりと伸びをしてから髪の毛をまとめ上げてパーカの上からジャケットを羽織り鞄を腰に装備しては部屋から出て行く。途中、たまたま出会った季楽に少しだけ村まで調査に行ってくることだけを告げて。


 ――はぁあ、結局焼が回っているのか、なんだか。でもまぁ、彼は今までとは違うようですし、少しくらいは手助けをしてあげなくもない。それに、……貰ったものはしっかり返す主義なのでね、私は。


 馨が一人で村に調査に行ったことなど知る由もない理玖は、一人で部屋に敷かれている布団の上に寝転がっては何度目かも分からないため息をついていた。


「……はぁ。甘羽さんはなにをしたいんだか」


 真面目なことを言っているときもあれば、冗談なのか本気なのか分からない物騒な提案を平然とする。本当によく分からない人、というのが理玖から見ての馨だった。だが、彼女にも言ったが羨ましくなるほどに馨は「自分」をしっかり持っておりそれがぶれるようなことはない。

 何処か人とはおかしな感性や思考があったとしても、決して揺るがない何かが彼女には存在しているのだ。


「こんなことになるなら、さっさと甘羽さんが言ったとおりに御手洗朱鳥さんを捕まえて早々に撤収すればよかったのかな……」


 ――いや、それはきっと。


 仕事は片付くかもしれないが、きっと釈然とすることなくよく分からない何かが自分の中で募ってしまうことになる。その「何か」の正体はいまだにわかることはないが、それが良くないことであることだけはなんとなく思っていた。

 だからこそ理玖は、すぐに朱鳥を捕まえて本部に戻ることは良しとせずに何があったのかを知ろうとした。知ろうとして、結局何がしたいのか分からずにこの場に居る。


「宵宮さんは、僕に猛獣使いの才能があると言ってスカウトをしてくれたけど。……本当にそんな才能が僕にあるのかな。そんなのはなくて、ただ宵宮さんがお情けで僕のことをスカウトしたんじゃあないかな」


 少し思考の変わったイカれた部下をまとめている伊月も、一般的にいう普通とはかけ離れているのは確かだ。だが、それでも。理玖から見て、伊月は良い上司のようにしか見えないのだ。誰もが彼のことを慕っており、それでいて冗談を言い合える和気あいあいとした雰囲気を持っている。


「……いや、こんなところでへこたれてる場合じゃあないだろ。どんなことがあって、諦めないで食らいつくのが僕じゃないか。そうやって今までも、やってきたじゃん」


 どれだけ面接を落とされようとも、様々な面接に諦めることなく挑み続けた。そうしなければ、明日を生きることもままならないからということもある。結果全て、面接が落ちてしまい彼にとってはいい結果にはならなかった。だが、それでも。

 諦めることもなく続けていたからこそ、その過程で伊月と出会いこの場に居る。

 何もない、空っぽのがらんどうのような自分に確かなものを見出して彼は理玖をスカウトしているのが事実なのだ。だからこそ、高砂理玖はその恩に報いるために今この場で立っていられる。


「まずは、甘羽さんから情報をもとに何が僕にできるかを考えないと。きっと、僕だけでは無理なところがあるから、そこは甘羽さんにも協力……してくれるのかなぁ」


 通常であれば、仕事であれば好き嫌いで動くことはないのだろうが馨の場合は話は別だ。好き嫌いで絶対に仕事をしないと言うことはないだろうが、確実にやる気はないだろうし仕事のクオリティは格段に下がるのは目に見えて分かり切っている。

 それに、理玖と馨は現在不本意ながらも喧嘩をしているようなものだ。喧嘩、と言うほどではなく至って普通に意見が食い違ってしまっているだけなのだが。


「……まずは、朱鳥さんだ。子供相手に手をあげたくはない、けど」


 彼女と出会ったときに告げた自身の言葉を思い出す。

 確かに理玖は、直接的に手を出しているわけではない。だが、彼女に言葉のナイフを向けて涙を流させることはしてしまっている。それが、不本意であろうとも彼女を泣かしたという事実が消えることはない。


「あれ、でも。いくら認識をそらすことが出来ても、カメラに入っちゃえば消える事なんてできないんじゃ?」


 ふと、ここにきて季楽の発言に疑問を感じる。

 いくら認識をそらすことが出来たとしても、一度でもカメラの中に入ってしまえば映り込むことは当たり前のことだ。それでも、季楽の話ではカメラには何も映り込んでおらず物は消えたと言っている。

 考えられることは、朱鳥が本当は別の異能力を保持している。そして一つは、季楽が故意的に嘘をついているということになる。


「でも、佐倉さんが嘘をついているとして。どうして……? それで、旦那さんも佐倉さんも大変な目にあっているのに。その目に見えない窃盗犯を庇う理由は」


 ピタリ、と言葉と共に動かしていた指も止まる。

 同時に、理玖の中での可能性が一つだけ頭によぎる。


 ――もしも。もしも、佐倉さんは朱鳥さんが犯人であると知っていて、もしくは何らかの方法で知ったとして。朱鳥さんの事情も全て承知のうえで嘘をついているとするならば。


「いやいや、でも。それだったら、まずは窃盗被害を訴えない……んん?」

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