第29話
いつもニコニコしていて、臆することなく人に話しかける子供。
その子供はわからないが、なぜか理玖は女性が言う子供は脛巾日葵であろうとすぐさま察することができてしまった。ここで嘘をついたところで何もならない。理玖は素直に、心当たりがあると言うことを告げて昨日ゴミ箱付近でその該当するであろう子供と会話をしたことを簡潔に話す。
時に嘘も必要であるが、慣れていないうちに不自然に嘘をつけば大事な情報を取り逃がす可能性だってある。まだ駆け引きに自信がなかった理玖は一部のことをあえて話さずに事実を述べる、ということを選択した。
「へぇ。ゴミ箱で。……昨日、あの子が来なかったから何かあったのかなぁって」
「その子はよくここに来るんですか?」
「ああ、よく来るよ。学校にも行かずに、ここの連中と遊んだり会話したり。時々、やってくるボランティアの炊き出しとかも混じってやっているのを見たことがあるくらいかしら。今時、学校に行かない子供も不思議ではないけど」
「そう、ですね。……僕はよく、わかりません、けど」
正確には、わからない、ではなく。きっと、わかろうとしない、と言うべきなのかもしれないが。
数人に聞き込みを終えたのか、馨は理玖を探すように周囲を見渡している。この場で待機をしていても良かったのだが、後から何か言われると面倒であるために理玖は苦笑を浮かべて立ち上がり女性に会釈をしてから歩き出す。
「ねぇ、あんた」
「……はい?」
「あんたは非異能力者と異能力者の交友関係は、築けると思う?」
「……僕にははっきりいえませんけど。まぁ、当人たちができると思えばできるんじゃないんですかね」
曖昧に言葉を返して踵を返して歩き出す。
非異能力者と異能力者。それらの間には、圧倒的な壁が存在している。当人たちが友好関係を築けるならばできるだろう。だが、中には偏見を持つものも多くおり世界的にもその多さは明らかだ。女性は、「そうかい」と告げるだけでそれ以上は何かを言ってくることはなかった。
「何か有力なお話はできましたか?」
「前々から思っていたんですけど。甘羽さんって、頭の後ろに目でもついているんですか、ってレベルで聞いてくることありますよね。聞こえてたんですか?」
「いえ、聞こえていませんし見ていないですよ。ただ、そうかなって。言って仕舞えば、勘です」
「野生並みに優れた勘ですね」
入り口近くで合流した理玖は、そういえば昨日もこんな感じだったな、とぼんやり思いながら馨と会話する。
何気ない、変哲もない会話であるがそれでも彼女から落胆に近い何かを感じることができたのだろう。理玖は、そっと周囲を見渡してから口を開く。
「収穫は、なしですかね?」
「はい。ですが、今日一日誰も見てないと言うこと。あとは、おじいさんのいる場所に顔を覗かせたんですが人の気配もなければ、中はもぬけの殻でした。一番早い時間で、七時から散歩をしていた人がいるようですが。その人も見ていない、と。そうなると、それよりも前にここを出ていると考えるのが一番でしょう。そして、ここをそんな早朝に出て彼はどこに行ってしまったのでしょうか」
「その答えは、浅海さんが操る監視カメラの中、ですよね」
「御名答。私たちにできることはないに等しいので、ここは素直に監視カメラに頼りましょう。それにしても、あのお爺さんって本当にここに住んでいた人なんでしょうかね。ここに住んでいるにしては、みなりも整っていましたし、何より異常なほどに教養があったように思えます。いえ、ここにいる人たちが教養がないと言いたいわけではないのですが……。彼らにはない、気品を感じた、と言いますか」
「オーラが違う、とかですか? うーん、僕には同じお爺さんにしか見えなかった、んですけど、ねぇ……」
「高砂少年は、オートで無関心スキルが発動しているので仕方ないですよ。全員が同じ顔に見えるとか言われても驚きませんよ、私」
「いや、流石にそこまでは……ない、と思いたいですけど。でも、顔を思い出してみろ、と言われても正確に思い出せる自信はないのであまり言わないようにしておきます」
あまり強く返すことができないのか、理玖は曖昧に微笑んでは言葉を濁すという手段をとる。
馨は特に気にしていないのか、あくびをして周囲を写真で撮っている。その行動に意味があるのかは不明であるが、特に面倒ごとが起きるような喧嘩でもないので理玖は何も言うことをせずにぼんやりとその様子を眺めている。刹那、自身のポケットの中に入れていたスマホが音を出して震える。
「誰だろう……。はい、もしもし?」
『高砂監視官、ああ、浅海莉音だよ。馨くんは近くにいるかな?』
「はい。いますけど、何かトラブルでも発生したんですか?」
『トラブル、まぁそうかもしれないね。馨くんと一緒にすぐに事務所に戻ってきてくれるかい? ちょっと面白いことになっているんだ。ああ、例のネットなんだけど。どうやら、うん。お祭りになっているようだよ』
「わかりました……? いや、内容は全くわからないんですけど。今すぐ、甘羽さんとそちらに戻りますね」
唐突にかかってきた莉音との会話を終えて、スマホをポケットの中に戻して理玖はいまだに何かの写真を撮っている馨に近づいては話しかける。
「甘羽さん。浅海さんから、戻ってきて欲しいと……甘羽さん?」
「……この地面、わずかに赤黒くなっています。おそらく、血か。あらかた写真は撮ったので大丈夫と思いたいですが、ああ、そうだ。高砂少年、袋は持っていますか?」
「袋? ジップロック的な感じではなくて、普通のスーパーの袋であれば。朝にコンビニに行ったので、ありますけど」
「それでいいです。この地面、持って帰りましょう。検査は、……内海少女に任せましょうか。彼女は、こういう解析がとても早くて的確なんです」
馨は地面に手を添えて、人差し指で気になる部分を取り囲むように円を描く。すると、ふわりと風が発生しては静かに亀裂が入りわずかに赤黒く見える地面が取り出せる。本来であれば、固くなっている地面を取り出すようなことは不可能に近いが異能力を持ってすれば造作もないことなのだろう。
彼女の場合は、相性が良かったと言うことと。コントロールが上手いが故に問題なくできた、と言うものであるが。
「内海さん、はまだ詳しく話したことはないような」
「彼女は基本的に事務所にいませんからね。孤児院か、地下にあるラボにいることが多いのでね。羽風の担当なんですけど、見れたら結構ラッキーな時もあったりしますよ。……さて、そんな話は置いておいて。莉音さんが急いで戻ってこいと言うことは、それなりのことが発生していると言うことでしょうし。さっさと戻りますか」
まだ何も電話での内容を伝えていないのにも関わらず、何かを知っているような口ぶりで、態度で。
パチン、と指を鳴らしていつかの任務で見たことがある風の通り道を作り出して理玖の腕を掴みその通り道の中へと身を投げる。ふわり、とした浮遊感にまるで水の中を漂っているような不思議な感覚。この感覚に理玖は慣れていないのか、目の前でまるで椅子に座っているのではないかと思わせるほどに座るポーズをしている馨に助けを求めるように見つめる。
彼女は数回瞬きをして、鼻で笑って助けることをしないが。
「あ、甘羽さん……」
「擬似宇宙、みたいな感じでしょう。アトラクションですよ。流れるプールといった方が合っているかもしれませんが、それはもう以前に伝えていますよね。いいかげん、これに慣れた方がいいですよ。これは直線距離で警視庁の入り口まで移動することができる代物ですから」
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