第28話

 理玖の回答があまりにも回りくどかったのが気に食わなかったのか、文句を言うことはしていないがそっと眉間に皺を寄せては不満げな表情を見せる馨。横目で、その表情を見て苦笑を浮かべるだけの理玖を他のメンバが見ればきっと「扱いがうまいね」と言うのだろう。

 不満げな表情からいつもの気だるそうな表情に戻して、馨はあくびをする。


「ここの人たち、やけに異能力者への偏見がないんですよねぇ」

「……あ、確かに言われてみれば! 昨日話していたおじいさんもそうですし、甘羽さんをチラチラ見てる人もあまりいないですね。まぁ、今の時代カラコンとか髪の毛を染めるとかあるので気に留めないと言うのがあるのかもしれませんけど……」

「だとしても、雰囲気でわかるものでしょう。カラフルな見た目の女に、その隣にいるのはきっちりスーツを決めた少年。ここにいる人たちほど情報に疎いなんてことはありません。情報一つで脱出できる糸口になるかもしれないし、この場所がなくなれば大変なのことになりますからね」


 馨の言葉に、昨日のことを思い返す理玖。

 確かに彼女の言う通り、奇怪な目で見てくるような視線を普段より感じないのだ。街へ歩くときや、早朝に事故現場へと向かった際には一般人の野次馬と思われる人々から奇怪な目を向けられていた。彼の言う通り、この時代では気軽に色を入れることができるために異能力者の区別がつきづらいのも事実としてある。

 それでも、彼らの多くは纏う雰囲気などが違うのだ。だから、変装をしていても気付かれる可能性だって存在している。わかりにくくなったからこそ、それらを必死で探し出そうとする本能が研ぎ澄まされるのだろう。


「では、なぜ彼らは異能力者への偏見を持っていないのでしょうか」

「今回はやけに質問をしたがりますね……。僕の意見などを整理させるためですかね? いや、それは良いか。偏見を持っていない、というか。この人たちからしてみれば、異能力者はどうでも良いからじゃないですかね?」

「ええ、私もそう思います。まるで、やってきた当初の高砂少年みたいですね。自分に害が来なければどうでもいい。使えるものであれば、使うべし、と言う感じに思っているからというケースと。あとは、知り合いに異能力者が居て偏見を持っていたがそれがなくなった、とか」

「その知り合いを、甘羽さんは……脛巾さんと言いたいんですよね、絶対に」

「まぁ、そうなんですけど。……一応言っておきますが、絶対とか言わないほうが身のためですよ。まぁ、高砂少年は何よりも無意識であっても自身の保身を考えるタイプなので大丈夫でしょうけど」

「僕、貶されていますか?」

「褒めているんですよ」


 全く褒め言葉とも受け取ることがしづらいその言葉に何度目かもわからない苦笑を浮かべては、そっと表情を切り替えて周囲を観察するように眺める。雰囲気は、昨日とは違うといえども微々たるものなのだろう。少しだけ話している人などが少ない、それくらいの程度である。

 他に何か違うことがあるとするならば、だ。


「これは僕の気のせいかもしれないんですが」

「どうぞ?」

「もしかして、僕たちがここにいるからなんか雰囲気が違うってことありませんか? 僕たちの正体は話していませんが、身なりからして察することはできそうじゃないですか。加えて、昨日の会話を聞いていた人もいるかもしれないし、あのお爺さんが話しているかもしれない。そして、脛巾さんがここの人たちに何か関わりを持っていたとするならば、ですよ」

「ええ、私たちは彼らにとっては敵に映っていることでしょうね」


 バサバサと音を立ててカラスが飛び立っていく。

 あまりにもタイミングが良かったこともあり、理玖はびくりと肩を震わせてしまう。まるで、これらのタイミングを計算してここまで話をしたのではないかと疑ってしまうほどには素晴らしくタイミングが良すぎた。馨は、お茶目に片目を閉じてウインクをしては指を鳴らす。


「では、悪役らしく聞き込みをしましょう!」

「あれ、さっきの件はちゃんと聞いていたんですよね? なんでそんなことになるんですか!?」

「ちっち、高砂少年はわかっていませんね? だからこそですよ。悪役だからこそ、できることがあるんじゃあないですか」

「な、なんだかすんごく嫌な予感しか、しない……」


 口角がピクピクと動くのを感じながら、まるで楽しそうにスキップでもするのではないかというほどの軽い足取りで歩いていく馨の後を急いで続く。彼女は基本的に、事後報告が多い。その面倒さなどを以前の京都出張の際に身をもって理解している理玖は、内心で面倒なことだけは起こらないでくれ、と神頼みをしながら平常心を保とうと必死だ。


「すみません、将棋が強いおじいちゃんのこと知りませんか? 将棋セットをもってきたんで、一緒にしようかなって思ってやってきたんですけど」


 何食わぬ顔で、ベンチに座っている人物に鞄の中から取り出した据え置き型の将棋セットを見せては話を続ける。

 隣でそれを見ていた理玖は、鞄の中にそのようなものが入っているとは思いもしなかったのだろう。目を点にしては、頭を抱えてその場に蹲りたくなる衝動を必死で押さえつけている。


「ああ、あの爺さんね。そういえば、今日は見てないねぇ」

「そうなんですか……。あ、お姉さん将棋できます?」

「あたしはできないよ。頭を使うのは苦手なんだ」

「奇遇ですね。私も頭を使うのは苦手です。何も考えずに歩兵を激突させてよく負けますよ」

「はは、あんた将棋向いてないんじゃあないの?」

「将棋はあくまでも、私にとっては相手とのコミュニケーションを行うツールなだけですよ」


 それ以上の会話が繰り広げられることもなく、馨は将棋セットを鞄の中にしまい込んで会釈をしてその場から立ち去っていく。別の人に聞くために、手当たり次第声をかけていく戦法なのだろう。彼女としては珍しく、本当に何も考えていない行き当たりばったりなものである。

 ぼんやりとその様子を眺めていた理玖は、ついていくのも面倒だと感じたのかそっとベンチに腰をかけて座った。


「あんた、あの子の彼氏?」

「まさか。ただの同僚ですよ。どうかしましたか?」

「いや、あんたら警察側の人間でしょ。明らかな異能力者と、スーツを着た相棒。噂に聞く、異能課ってやつ? 察するに、少し歩いた先で起きた飛び降りについて調べているってところかしら」


 女性は、そっと足を組み直しては伸びをしながら隣に座っている理玖に話しかけている。

 彼としては、どこまで話して問題ないのか考えていたが結局のところ自分たちの身分がバレたところで何も影響はないと判断したのだろう。はっきり肯定することはなかったが、曖昧に笑っている。


「……あの子、臆せずよく話しかけれるよね」

「甘羽さんって、外面最高に良いですから。コミュ力お化けというか、……まぁ普段のあの人を知らないですけど」

「外面がいいのなんて、社会に出たら大抵そうなるわよ。自分を守るための一種の方法でもあるのだからね。……そういえば、あんたはあの子と知り合い? 名前は知らないんだけど、ちょっと幼い感じのいっつもニコニコして。あの人みたいに、臆することなく人に話しかける子供なんだけどさ」

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