第30話
ふわふわと浮いている理玖を物珍しそうに見つめては、楽しそうに笑っている。
馨の言葉に対して、この感覚に慣れなければいけないこと。そして、時折この方法を使用することもあるという事実を暗に告げられて顔を真っ青にする。理玖はどうやら、まだ二回程度しか使っていないのにも関わらずこの移動方法が苦手なのだろう。
「それにしても、厄介なことになりましたね。ただの異能力者による死体持ち去り事件だったはずが、殺人事件などまでも発展してくるとは。きっと、誰も想像していなかったでしょうね」
「……え、さ、殺人事件!?」
まるで、小脇に抱えられている人のようなポーズでいるために言っていることは重要で重いことであったとしてもなんだか間抜けに見えてしまう。馨は、自身の顎に手を添えて「ふむ」と言葉を濁している。わずかに肩が震えているので、目の前にいる間抜けな理玖を見て笑いを必死で堪えている、と言うのが正しいのかもしれない。
眉間にはギュッと皺が寄せられており、必死で表情も堪えているのがわかる。
「莉音さんから連絡が来た、と言うことは。例の深海ネットワークでお祭りが発生しているんでしょう?」
「……浅海さんの時も思ったんですけど、二人してお祭りということは、結構そっち側の人ですね」
「さぁ、どうでしょうか。さて、もうすぐ着きそうですよ。本当にこれ、便利なんですけど多用できないことと距離が遠すぎると使えないのが難点ですね」
「東京と京都の距離はアウトなんですよね。ちなみに、一駅分は?」
「電車に乗りましょう」
「ダメなんですね」
「莉音さん、戻りましたよ。どんなお祭り騒ぎになっているんですか?」
少し間延びした話し方で、事務所の扉を開けて異能課執務室エリアの中に入った馨はあくびをしながら莉音が座っている場所へと向かって足を進めていく。理玖は、扉を閉めて足早に彼女についていくばかりだ。二人が戻ってきたことを確認した莉音は、そっとパソコンから視線を上げては二人を視界に入れたままで口を開いて話し出す。
「おかえり、二人とも。実は、昨日僕たちが情報収集した場所があっただろう? そこで何者かが殺人予告を投下したんだ」
「え、まさか本当に!?」
「本当に?」
「実は、昨日足を運んだホームレスたちが多くいる場所のはずれ、監視カメラの範囲内ではないところの地面に血と思わしき付着物があったんです。あ、それがこれです。内海少女がいればすぐに検査にかけてもらおうと思ったんですが、どうやら今日は羽風とセットで不在のようですね。後で、伊月室長に検査依頼をしておきます」
見渡しても、目的の人物は見つからない。
馨は、手にした袋を伊月の机へ置く前に莉音に手渡す。彼は、机の引き出しの中から手袋を取り出してマスクをつけて袋の中のものを取り出して確認をしている。馨は手袋などをつけずに素手でこれらを持っていたが、莉音は違うらしい。その様子を見た理玖は、もしかすると殺人事件の証拠になる可能性があるからか、と内心で納得しては馨に呆れてしまう。
「目視しただけでは何も言えないけど。馨くんのいう通りに、血である可能性が高そうだ。それに、これがあったのは監視カメラの範囲外だったのだろう? 意図的に狙ったと考えてもいいかもしれない。この周辺の監視カメラのログを調べてみるよ。ああ、僕の用件へと移ろうか」
そっと問題のものを袋の中へと戻して、ゆっくりと中の空気を抜きながら口を縛る。それらが終わり、手袋とマスクを外した莉音は二人にも見えやすいように問題の画面を見せる。
「これは……」
「殺害予告、ですね。というか、私たちへの挑戦状とも受け取ることが出来そうですね」
「うん、僕も思ったよ。この非異能力の英雄を名乗る者は、異能力者排除を目論んでいるようだ。そして、一部で噂になっていた死体持ち去り事件を異能力者の仕業であると突き止めてここまで動き出した。このサイトは確かに、よほどではない限り一般人は見ることができない。だけど、僕たちは特殊だけど。警察上層部や、一部部署ではこれらが問題なくみる事ができる」
そこに書かれていたのは、一部で噂になっていた死体持ち去り事件の犯人は異能力者であるという書き込み。そして、その犯人を炙り出すために死体持ち去りが行われた場所を中心に死体を量産していく、というものだ。莉音のいう通り、まるで炙り出すようにして異能力者を突き止めようとする人物が一定数でいるのも確かである。
理玖はそっと目を伏せてから、再び画面を見つめる。
――だとしても、無関係な人を。
「何を思っているのか当ててみようか。『いくら過激派で、異能力者を排除したいと思っていたとしても。無関係な一般人を巻き込むのは良くない』といったことかな?」
そっと頬杖をつきながら、にっこりと微笑み告げられる言葉。
理玖はわずかに目を見開いてから、頷く。だが、それを否定するようにどこか不機嫌そうな表情をした馨が腕を組みながら口を開いて話し出す。
「高砂少年のいうことはわかります。ですがですね、こういう奴らに一般常識は通用しません。一般的に見れば、無関係であったとしても。その異能力者が足を一度でも運んだことがある場所は関係している場所になるんです。そうして、挨拶をしただけ程度の人を殺すことにより、余計に異能力者への偏見、いや。敵対心を芽生えさせることをします。まぁ、こいつらがいるからこっちにも害が来るかもしれないっていう思い込みを植え付けるのが大事ってことですよ」
その異能力が、実際に誰かを害するのかは問題ではない。
異能力者排除者たちは、そのようなことよりも。この世界に、自身が息をしている場所に「異能力者」という穢らわしい遺物があることを許せないだけなのだ。彼らと少しでも会話をしたことある者は、異能力者の協力者などになる。いわば、排除者たちからしてみればそれらの存在は邪魔であり、異能力者と同じとされている。
彼らに異能力が存在していなくとも、だ。
「やっていることが、まるで快楽殺人者みたいな……」
「非異能力者の殺しに関しては適切に裁きを受けることができると思いますが、異能力者と協力関係にあったとか言われて仕舞えば英雄扱いになる可能性もありますね。しかも、この異能力者が犯罪に手を出していれば尚のこと」
「な、なら。余計に、脛巾さんと接触して保護をするべきでは? 確実に彼女を狙っていますって、この人」
「まぁ、そうでしょうね。ですがここで一つ、問題が浮上します」
「え?」
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