第3話
「死ぬほど酷い案件……? そんなものまで、あるんですね」
「まぁ、ええ。なんと言っても、私はS級異能力者なので。異能官と監視官のお給金がびっくりするほどに高額な理由の一つでもあります。仕事において命の保証は出来かねる事案もある、というね。そりゃ、命張って仕事してるんですから多少なりともお金は莫迦みたいに貰わないと気が済まないし、わりに合わないですよ。慈善活動じゃあ、ないんだから」
理玖が見ていた地図を隣でのぞき見をしてから、眉を顰めて足を前へと進めて歩いていく馨。理玖は急いで、地図を鞄の中にしまい込んでは、いつの間に地面に置いていた自身の鞄と隣に置かれていた馨の分の旅行鞄を手に持っては急いで走って彼女の隣に並んで足を進めていくばかりだ。
いつの間にか彼女の纏う雰囲気がガラリと先ほどまでとは変わっていることに気づいて、理玖はゆっくりと喉を動かして静かに息をのむ。いつの間にか、目つきもやる気もない時の眠そうなものではなく獲物を虎視眈々と狙う動物のようなものに変化しており静かに目を光らせては、警戒するようにして周囲を観察している。
非異能力者であり、先日まで一般人代表のような人生を送っていた理玖には感じ取ることが出来ない何かを彼女は確かに感じ取っているのだろう。しかし、はっきりと感じ取れていないだけで理玖でも何かこの雰囲気が異様である、ということだけは漠然と理解できた。この場所は、たとえ都心から離れている田舎といえども、あまりにも、静かすぎるのだ。それがかえって不気味さを余計に出しているのだろう。
「ところでふと思ったんですけど。なんだか、ホラーゲームとかに出てきそうな雰囲気ですよね、ここって。密かに変な宗教を信仰しているとか、何年かに一度生贄を排出しているか。夜にはゾンビが徘徊しているとかあり得そうじゃないですか? なんだかちょっと浪漫がありますよね」
「こういう時にでも、そういう冗談を平然ということができるのはたいした根性だと思いますよ、僕は。あと、全然浪漫は感じませんから。ああいうのは、ゲームだからいいのであって現実で巻き込まれるのは嫌ですよ」
「そうですかね? あと、褒められるとなんだか照れてしまいます」
「褒めていませんよ。でも、どうするんですか。人の気配もなければ、聞き込みもままならないでしょう? それに、宵宮さんの言っていた依頼人もどこにいるのか。地図も役に立ちそうで、なんともいえないですし」
理玖のいう通り、家や集落と言ったものは遠く離れたところにギリギリ目視ができるかできないかという具合の距離にあり言って仕舞えばとても遠い。彼らが現在いる無人駅周辺には、文字通り田畑があるくらいで他には何もない。家や集落でさえ満足にないのに、人の気配などもってのほかだ。
わずかに確認できる家がポツポツと申し訳ない程度には存在しているが、残念なことに見るからに廃れておりどこからどう見ても廃屋である。本当にここに村があり、人が住んでいるのかも疑わしくなってきてしまったのか理玖は人知れず肩をすくめて深くため息をついてしまっている。
――いやに静かで、なんだか不気味な場所だなぁ。
何度ため息を吐こうとも、この仕事が変更されることはないので彼は渡された資料を疑うような目で訝しげに見つめて何度も地図と照らし合わせを行い場所を確認しようと試みている。
「伊月室長の情報に誤りはないので、疑うだけ時間と労力の無駄だと思いますよ。それに、ここは確かに一般的に言われている無人駅と同じですが、人の気配も全くないというわけでもないですし。わずかに見えているあれも、まぁ近くに見えているのは廃屋ですがあれは廃村というわけではないので大丈夫でしょう」
「え、なんでそんなにはっきりと言えるんですか? あ、そんなにも宵宮さんの提供資料は信頼に値する、とか」
資料を手にしたまま、凛とした声色ではっきりと問題ないことを告げる馨に首を傾げながら思ったままの質問を行う理玖。
彼女は一瞬だけ眉をひそめるが、特に文句を言うこともなく説明をするように言葉を紡ぎ出す。その声色は呆れている、というよりも子供に何かを言い聞かせて説明をしているようなものを感じる声色に近い。
「人がいないところに、思惑は存在しませんからね。廃村であり、全く人がいないのであればこんなにもドロドロと陰鬱とした最悪なものを感じることはありませんし。いや、まぁ人間誰しもそういうものを持っているのでそれが最悪と言えば最悪ですが全てを理解せずに否定をするのもダメな話ですね」
「……ああ、甘羽さんの異能力の一つでしたっけ」
「はい。私の持つ異能力の一つに「人の本質が意図せずともわかってしまう」というものがあります。わかる、というよりも自然と私の中に情報として流れ込んでくる、というほうが表現として正しいかも知れないですね。その本質、もっと砕けた言い方をするとその人の内心の澱みが強ければ強いほどにはっきりとしたものとして理解します。ちなみに余談ですが、その気になればその人の心で思っていることも全て覗き見ることも可能です」
本来であれば、一人の人間に対して保有できる異能力の数は一つのみであると相場が決まっており、ある種の常識の一つとしても言われているほどである。もちろん、それにはしっかりとした理由が存在している。
それは、身体や脳が異能力に耐えきれずに壊れてしまうから。
しかし、稀に複数の異能力を保有して生まれてくる人間が一定数で存在している。彼らは生まれつきそのようなもの、であるために身体や脳が壊れることなくある程度維持したまま異能力を使用することができる。しかし、異能力の使いすぎには身体的、もしくは精神的な消耗をしてしまい使いすぎると廃人のようになってしまうというリスクが常に隣にいる。何かを得るには、何かを差し出す必要が存在している。言って仕舞えば、これはある種の等価交換であるのだ。
「普通は、一人に一つの能力ですけど。甘羽さんは確か複数保持者でしたもんね」
「ええ。一応申告では、三つの異能力を保有していると報告しています」
その中でも馨は、稀にいるとされている複数の異能力を保有している人物の一人でもあった。彼女の保有している異能力の一つは、先ほど彼女自身が軽く理玖に説明をしていたものである。本人の言う通り、意図してわかると言うよりも、彼女の脳内に情報として流れ込んできてしまうというものであり、使い方次第では有利になるがある意味で厄介な異能力とも言えるものだろう。その影響もあり、馨は人混みを嫌う傾向がある。
彼女が言う「本質」と言うものは本心や内心に近しいものである。
故に彼女に隠し事などは無意味であり、ある種の嘘発見機として連れ出されることも度々あるのだそうだ。
「もしかして、ここに来るまでの間……時折、僕のしようとしていることとか先回りしていたのは」
「高砂少年は、常人より少々素直なようですね。私としては大変助かっていますが、人にころっと騙されないか少々心配になりそうです」
「サラッと僕の思っている部分を覗き見してましたって言ってますよね、それ。なるべくやめていただきたいのですが!?」
「私の話を聞いていましたか? 好きで覗き見しているわけじゃないと言ったでしょう。勝手に聞こえてくるのだから、こちらとしてもいい迷惑ですよ」
肩をすくめては、心底呆れながらいやそうに告げる。
耳を塞ぎながら、どこか少し人を小馬鹿にしたような表情をしている馨であるが、それに対して理玖は何か文句をこれ以上言うことはしなかった。ただ、何か言いたげに表情を歪めては目頭を抑えて息を吸い込んでいる。
「いや、いいですよ。……言いたいことは、なんとなくわかるので」
どこかに打ち捨てるようにつぶやかれたその言葉の意味を、馨はそっと理解してしまう。
わずかに目を見開いてから、満足そうに目を三日月に細めては「そうですか」と告げてくあ、と欠伸をしてから伸びをする。
「……高砂少年が、私に認められようが否が。こんな場所で一週間近く過ごすのはごめんです。さっさと暴いて標的を捕獲して帰りましょう。ああ、こうも静かだと東京の騒がしいくらいが今は恋しく思えてきますよ。まぁ、騒がしいのはなんだろうが苦手ですけど、静かすぎるのも、少しだけ問題ですね」
口では文句を言いながらも、仕事であるから仕方ないと割り切っているのだろう。
迷うことなく、足を道なりに沿って進めてはギリギリ目視できる範囲に村らしきものが見えている方向へと向かってどこか重く、気乗りしない気持ちを携えながら足を進めていく。
人気のない、この空気が苦手なのか。
もしくは、風と共に聞こえてくる誰かの声が嫌なのか。
定かではないが、心底不愉快そうな表情をして歩いている馨を横目で見ては小さく苦笑をする理玖。置いていかれないように必死について行っているようにも見えるそれは、まるでスタスタと歩いていく主人に必死についていく健気な子犬のようにも見えなくはない。だが実際の飼い主は子犬のように見える理玖であるし、犬は飼い主のように見えなくもない堂々たる歩き方をしている馨だ。もっとも、馨に至っては犬は犬でも獰猛な狂犬、と言うべきなのだろうが。
「それにしても、本当に。……ここは」
――いやなもしか、感じない。本質が、根本的に腐ってしまっているような。ああ、吐き気がしそうだ。
何度目かもわからないほどに眉をひそめては、この場所にやってきてからこれまた何度目かもわからない舌打ちとため息を隠すことなく盛大に行う馨。そのまま親指を口元に近づけては、軽く常を噛む仕草を見せている。しかし、実際に噛まれたのは爪ではなく着用している革手袋。
革手袋に歯を立てて、手袋をしていたことに気づいたのか口元から遠ざけてはどこか煩わしそうに舌打ちをする。
「あの、甘羽さん。滞在中の宿は、どうしましょうか。少し遠いですが、電車を乗り継いで市内のホテルを取りますか? 流石に、野宿というのはどうかと思いますし。依頼人らしき家も、見当たりませんので」
「いえ、わざわざ市内のホテルを取る必要はありません。まぁ、経費でいいホテルに滞在することができるので一つの方法としては最高なものですけど。……資料によれば、この近くに依頼人の家があるようなので。ああ、そうだ、高砂少年」
前を悠々と歩いていた馨は、ピタリと足を止めて後ろを歩いていた理玖の方を振り向いてイマイチ感情の読み取ることができない表情で口を開き言葉をゆっくりと紡いでいく。
理玖は、その雰囲気と表情に対してビクリと肩を振るわせては恐る恐る伺うように彼女を視界に入れる。馨は、「心外だ」と言わんばかりの表情をしてから、小さく息をついて話し出した。
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