第14話

 当たり障りのないことを話して、酷く嫌われているわけではないとううことを理解したのだろう。食事を持って行くときの重苦しい雰囲気は、今の理玖から感じとることはない。むしろ、鼻歌一つでも歌い出してしまうのではないかと思わせるほどに機嫌が良いことが誰が見てもわかるほどだ。

 厨房まで戻って来た理玖は、そっと空になった食器を流し台に静かに置いて逝く。


「仲直りは……出来たようで、良かったです」

「佐倉さん。……はい、何とか。というか、仲直りも何も甘羽さんは特に何も思っていなかったみたいで。僕だけがどこか深刻に考えていたようでした」

「ふふ、そうだったんですね。でも、良かったです。……そして、食器もありがとうございます。洗い物はしておきますので、高砂さんも今日はゆっくり休んでください」

「ありがとうございます! では、お言葉に甘えさせ貰いますね!」


 頭を下げてから、笑顔で会釈をしてから厨房から出て行く理玖。

 最初は、食器を洗っておこうかと思っていた彼であったが彼女の厚意を無下にするほど無神経でも鈍感でもない。厚意を受け取ることも、また大事なことであると分かっているのだ。

 理玖は、そのまま部屋へと戻っては伸びをしてパソコンを鞄から取り出す。馨に言われた、言葉を調べるためだった。


「でも、なんでネットで調べればいいって言ったんだろう。……あ、異能官とかって有名だから功績とか見ることが出来るとかか」


 異能力が関連する事件は、大々的に取り上げられることが多い。

 そのたび異能力者は、野蛮で暴力的で同じ人間ではないと誇張して報道される。まるで、それは印象操作のようにも今になって思うのだろう。自身が異能官と関わることがなかったならば、何も思うことはなくその報道を流し見することしかなかっただろう。今ではその報道は少しだけやりすぎなのでは、と思うところもある。

 異能力者という存在は、いつだって報道や人々から「化け物」と言われる存在なのだ。


「確かに、大きな犯罪とか起こしているのは異能力者が多いのは事実だけど」


 事実、大きな事件には必ずと言ってもいいほどに異能力者が絡んでいる。異能力者全員が凶暴な事件を起こしているわけではないが、そのようなイメージがついてしまうのも仕方がないことなのだろう。

 理玖はパソコンを起動して、ブラウザを起動する。そのまま流れるように、馨のフルネームを検索ボックスに入力しては検索を行う。結果としては、彼自身が思っていたよりも多くの記事が出てくる。


「……へぇ、甘羽さんって結構有名、……え?」


 一番上に出てきた記事を見てみると、そこに書かれていたのは理玖が予想をしていた異能官としての馨の記事ではなく。

 、甘羽馨の記事だった。

 書かれていたのは、京都にあった異能力研究所が全て破壊され研究所に居た異能力者及び、非異能力者を無惨にも虐殺したという内容だった。被害規模は大きく、合計五つあったとされている重要拠点が破壊されたというものだった。被害者は全員、死体となって発見されているが見るも無残なものだったらしい。


「……嘘、だろ?」


 他の記事を探しても出てて来るのは、元S級犯罪者であり死刑囚であったということ。そして、本人が起こしてきたであろう事件の数々。

 理玖が思っていた、異能官としての話題などはそこに存在はしていなかった。

 先ほど一緒に、歓談をしながら夕食を食べていた人物は。今ではれっきとした異能官であるが、以前は犯罪者でそれも死刑囚だった。その事実が、理玖のまとまっていた思考をかき乱しなきものにしていく。


「甘羽さんは、元死刑囚……? でも、ならどうして異能官に!? あ、いや。宵宮さんからスカウトされたから、か。でも、なんで宵宮さんは甘羽さんを」


 普通に考えて、元死刑囚を異能官として雇うという思考にはなることはない。

 何故、伊月があえてスカウト制をとっているのかは理玖には分からないが、何故か得体のしれないものを感じ取ってしまったのだろう。ゆっくりと、彼は自身の目がしらを抑えて息を整える。

 今までの監視官も、馨の素性を知って逃げ出したのだろうか。

 そのようなことを考えては、首を振る。馨は、自分のことを知ろうとした担当監視官は理玖が初めてだと目を見てはっきり告げていたのだ。嘘である可能性も勿論あるが、少しだけ嬉しそうに話していた彼女の表情や声色を嘘という言葉一つで理玖は片づけたくはなかった。

 たとえ、人間は嘘をつく生き物であると分かっていたとしても。


「……ここに書かれていることが本当でも、嘘でも。僕には、別世界過ぎだし、スケールが大きくてよく分からないけど」


 ――本当だったとしても、僕は。目の前のことを先に信じてみたい。


 邪念を振り払うようにして首を左右に振る。

 静かにパソコンを閉じては腕を机の上に置いて突っ伏してしまう。考えるべきことが一気に押し寄せてきたことと、長時間の移動もあり疲れが居間になってやってきたのだろう。まだ風呂にも入っていないのにも関わらず寝息を立ててそのまま意識を手放してしまった。



 時刻は夜中の十二時前。

 伸びをしながら、着替えとバスタオルを持って馨は入浴場の脱衣室に居た。服を脱いだ彼女の身体には、痛々しいほどの傷や青あざが無数に存在していた。傷は、切り傷からやけどの跡まで多岐にわたっている。


「なかなか傷が治らないのも考えものですね」


 腕に刻まれている傷をなぞっては、苦笑する。

 定期的に処方される薬を塗布しても、中々傷が治ることがない。馨は生まれつき持っている異能力の一つの影響で、自身の成長が細胞レベルで襲い。そのため、二十三歳であるのにも関わらず、見た目は十五歳と言っても問題ないほどだ。

 他にも、通常であれば三日で治るような軽度の風邪であったとしても馨は一週間近く寝込んでようやく治すことが出来るのだ。


「……おや、佐倉さんも入浴ですか?」

「え……。あ、ごめんなさい! まさか、甘羽さんが居るとは思いもしなかったもので。今すぐ出て行きま……」

「構いませんよ。一人で寂しく入るよりも、話し相手が居たほうがいいものでしょうし。何より、私は長風呂なんです。待っていれば、佐倉さんの入浴時間が遅れていきますからね」


 苦笑をしながら、下ろしていた髪の毛を上にまとめ上げる。髪の毛を洗うのは面倒だと判断したのか、そこまで動いていないから今日は洗うことは不要と思ったのか。

 季楽は、馨の言葉に対して小さくお礼を言ってからそのまま脱衣所で服を脱いでタオルを持っては馨に続いて入浴場へと向かう。


「その、……」


 季楽からの視線を感じた馨は、そっと彼女を見てから視線を辿って自身の身体につけられている無数の傷を見る。すぐに何が言いたいのかを理解した馨は、少々困ったように眉を下げて掛け湯をしてから浴槽に入り話し出す。


「見苦しいですよね、この傷。お目汚しをしたようで、申し訳ないです」

「あ、いえ。なんだか、こちらこそごめんなさい。……異能官ですもんね。いつも、危険と隣り合わせの仕事なのでしょう」


 季楽の言葉にゆっくりと目を背けては天井を見上げる。

 すっぽりと方までお湯に浸かっては、気持ちよさそうにしているその姿はまるで猫のようだ。猫は水を嫌うことが多いが、彼女はむしろお湯に浸かることをよしとしている。ゆっくりと自身の腕輪触りながら、何を思ったのか口を開いて言葉を紡ぐ。


「昔の、勲章のようなものですよ。体質の問題で、傷の治りが遅いんです。痛々しそうに見えると思いますが、もう十年近く前の傷だと思いますよ。痛みはないので、大丈夫です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る