第43話
「え、まさか……」
「はい。彼女こそ、府警異能課の監視官であり元私の相棒である鬼籠凛子ちゃんことニコちゃんと、担当異能官である
金髪の女性、改めて凛子は朱里の手首を握りしめてはナイフを取り上げる。理玖は、ふと凛子の言った言葉を思い出しては口を手で覆う。
異能力者というものは、家畜以下であり法律は適応されることはない。だが、今凛子は朱鳥にナイフを向けた朱里に対して殺人未遂として処理すると冷酷にも告げたのだ。それが事実実行されるのかは不明だが、それでも宣言したのだ。何も疑うことなく。
「痛い!! 離してよ!!」
「離しませんとも。……私はそこらの監視官と違って非異能力者を優遇して異能力者を冷遇するクズではないのでね。犯罪は犯罪、法律で守られているだなんてこと思わないことね。破ったらそれ相当の痛みを知るのは当たり前でしょ」
軽く朱里の手首をひねり上げてから、息をついてナイフを地面に落とす。凛子の目は誰よりも冷たく、氷が作られるのではないかと思わせるほどだ。馨の瞳が、人を殺さんばかりの恐怖を植え付けるものであれば凛子の瞳は有無を言わさないようにするためのようなものだ。
地面でえづいていた脩はようやく落ち着いてきたのか、顔をわずかに蒼くさせては口元を手の甲で拭っている。
「朱鳥、助けてくれ!」
「今まで暴力を振るって悪かった! 俺たちは異能力を持たないんだ、怖くて仕方なかったんだよ! わかるだろう!?」
「これからはたんと可愛がるわ、ええ、勿論よ!」
朱鳥の後ろに居る面子が居る限り、下手なことをすることは出来ない。馨と理玖の容赦ない捕縛の数々。やっと着いたと思った府警異能課での監視官でさえも、異能力者と非異能力者を対等と見てるような発言をするのだ。
莫迦なりにそれが本能的に分かったのだろう。朱鳥や馨を殺そうとした勢いは鳴りを潜めて、全力で村人たちは朱鳥に命乞いをし始める。彼女が赦せば、この異能力者も非異能力者も同じであると考えるイカレた監視官から免れると思ったのだろう。
すでに、ある程度証拠は掴んでいるので今さら言い逃れはできないのだが。
その懇願する手のひらを転がしたような声が鬱陶しく、汚らわしいものに聞こえたのか眉を顰めて嫌そうな表情を隠すこともせずに視線を向ける馨。村人たちは、自分の可愛さに必死でそんな馨と凛子の視線に気づくことはない。
「お前の母親が、帰ってくるまでお前はここに居るんだろう!?」
どの言葉にも反応を見せることがなかった朱鳥だが、母親についての言葉が聞こえた瞬間にビクリと肩を震わせ反応を見せる。地下牢で閉じ込められて、馨と話をしていなければきっと今でも思い込んだまま村人のマリオネットになっていたのだろう。
自分が犯罪に手を染めていることは分かっていた。
だけど、逆らってしまえば自分は村に居られなくなってしまう。馨たちと出会うまでは、健気にずっと母親が迎えに来ると信じてやまなかったのだ。まだまだ子供。
誰かの助けがないと、生きていけない。
「……あーあ。本当にクズばっかですね」
「馨くんに同意。てか、この村ってクズしかいないわけ? 燃やしてもなんら文句いわれないでしょ。害虫処理的な感じ?」
「凛子さんに同意。だから、こういう外部と接触をやめた村ってのはこんな感じだから苦手。というか珍しいね。ロケランもグレランも装備していないとか、ちょっと丸くなった?」
「実地試験も兼ねているので、私がメイン張って暴れるわけいかないでしょうに」
一切手を出すことをしなかった理玖が、フルフルと怒りで震える。
朱鳥はうつむいたまま、何も言うことはしないし何もしない。彼女は分かっていたのだ。この場で、自分が何か手を挙げれば村人が全員声をあげて非難をすることを。あることないことを真実であるように告げるということを。
この場にたとえ、事実を知っている監視官が二人居たとしても。
どうしてもこの世の中というものは、異能力者よりも非異能力者の発言を鵜呑みにする場合が多い。警察であろうが検察官であろうが。そして、裁判官であろうが。誰であろうが、非異能力者という肩書の元で信じるか信じるに値しないかを考える。異能力者が力のない、幼い子供であっても罪悪感の一つも湧かずに死刑をいうことをする。それがこの世界なのだ。だがそれが当たり前になり過ぎて、誰もそれがおかしいと声を上げることはしない。
「ニコちゃん、あれって傷害罪に入ります?」
「んー、ただの喧嘩でしょ。ほら、街ではよくあることじゃない。大人同士の喧嘩なんて。それに、高砂くんの怪我と村人を見れば。うーん、血ぃダッラダラの高砂くんのほうが重症じゃない?」
流石、馨の元相棒と言うだけある。ニコニコとしながら、本当に警察機関に所属をしているのかと疑わしい発言を堂々と行う。異能力者が絡む案件に関しては、監視官の発言力は何よりも大きい。監視官、という職業は世間的にはエリートの集まりであり、才能の塊。そして、狂暴な犬をもしつける調教師というイメージを持たれていることが多い。
決して、ふたを開けてみればそのような厳格な職業ではないのだが。
「誰がお前を育ててやったと思っているんだ!? こんな貧乏くさい村で、お荷物のような奴を! 使えるから育ててやったんだぞ!? 恩を仇で返すのか!」
朱鳥が何も言えないことをいいことに言いたい放題だった村人に堪忍袋の緒が切れたのか、理玖は歯を食いしばっては少し瞳孔の開いた目で思い切り助走をつけては村人の見日頬に綺麗なストレートを決める。
「おお」
「見事なまでの鼻筋を狙ったであろう綺麗なストレート! あれ、絶対に馨くんの入れ知恵でしょ。うちの室長、鼻筋が綺麗だから宵宮さんと喧嘩になったら真っ先に鼻筋狙ってくるって愚痴ってたし」
「いえ、残念ながら偶然です。私は、桜ノ宮さんのことをとくに話していませんから」
彼女の言う通り、全くの偶然である。
理玖により殴られた村人は、手足が縛られているために殴られた鼻を押さえることもままならない。タラリと鼻血を流しては、目を見開いて理玖を見る。朗らかで、人を殴るなんてことをしなさそうな青年が思い切り人を殴ったのだ。
わなわなと肩を震わせて、落ち着くようにスゥと息を吸い込んでは叫ぶように言葉を紡いでいく。
「当たり前だろ……っ!? まだこの子は子供なんだぞ! 異能力者以前前に、子供なんだよ! お前らがどれだけクズだろうが、誰かに頼らないと生きていけないんだよ!」
その言葉に泣きそうな表情を堪えて、うつむいたままであった朱鳥が顔を上げる。顔を上げた彼女の瞳は膜が張られており瞬きでもしようものならば透明な血がとめどなく流れてくることだろう。
凛子はそれに直ぐに気づいては、朱鳥に近付き慰めるように彼女の頭を撫でる。
「確かに彼女がやっていたことは犯罪だ。許されることではないかもしれない。だけど、それを強要したお前らだって許されるはずがない! 異能力とか、そうこと以前に。人間としてどうなんだっていう話なんだよ!」
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