第44話
あまりにも愚直すぎるその言葉に、思わず笑みがこぼれたのは馨だけではなく凛子や脩も同じだった。ただ、村人たちだけは理解が出来ないと言わんばかりに理玖のことを化け物を見るような目で見つめている。
「あれは馨くんが一番好きで嫌いな性格をしているわね」
「まさか」
「ま、あとは私たちに任せて頂戴な。……はいはい、そこまで。高砂くんのいうことも一理あるけどまずは、そうね。貴方たち村人は公務執行妨害でしょっぴきます。あと、高砂くんの腕にナイフを思い切り刺した奴は傷害罪もセットで付けちゃう。公務を妨害しなかった人は、馨くんへの器物損壊かしら」
ニヤリと悪魔のように綺麗な顔で微笑む凛子。
村人の一人は、その言葉に抗議をするように声を荒げる。
「異能力者を殴って何が悪いの!? そいつらは、私たちを脅かす存在よ!?」
「いやいや。馨くんは異能力者である前に、政府機関に所属している異能官。異能官に手を上げたら器物損壊ですよ? もう少し、勉強をしておくべきでしたね?」
異能官に出会うなんてこと滅多にないので分からないのも仕方がないだろう。馨は、内心で彼らが無知であったことにほくそえみながら満足そうに一連の光景を見ている。知らなかったからと言って見逃すほど、彼女たちは甘くはない。
凛子はゆっくりと理玖の肩を掴んでは、視線で後ろに下がるように指示する。
「まぁ、つまりですね? 全員まとめて、しょっぴいてやるから大人しくしとけよってことです。異能力者を使用した非異能力者の集団的犯罪。最近、こういうのも多くなってきていますからね。見つけ次第、これらの犯罪はすぐさま処罰するように室長より仰せつかっています」
綺麗に騎士のような会釈をしては片目を閉じて、ウインクをする。この場が、何もない普段と変わらぬ日常であれば凛子の仕草はあまりにもお茶目だったことだろうが今は事件現場だ。あまりにも彼女の行動と発言はミスマッチである。
「ニコちゃん。私たちの任務は、御手洗朱鳥の回収です。彼女はいただきますが、それによりそちらに何か支障はきたしますか?」
「いえ? 全く。だって、それなりの証拠をくれるんでしょう?」
「勿論。いやぁ、任務先の敵情視察というものは肝心ですからね。それにしても、本当に驚きですよ。だって、視察のために取っていた映像の中に複数名の大人が朱鳥さんに何かを言いながら暴力を振るっているシーンがあったんですよねぇ。どうぞ、有意義に使用してください」
にっこりとまるで凍り付くのではないかと思わせるほどのすがすがしいほどの笑顔。本能的に、それを怖いと思ってしまっても仕方がないことだろう。
理玖は、ぼうとしてきたのかわずかに目を細めては血が流れ続けている左腕を押さえつける。自身の左腕が刺されて、簡易的に馨により止血をされていると言えども病院に運ばれても文句は言えないほどの傷を負っているのだ。ひと段落して落ち着いたこともあり、怪我に意識が戻ってきたのだろう。
「おっと」
「あ、すみません……」
「いえいえ。これも仕事のうちですので。……では、そろそろ高砂少年も限界が近そうなのでいったん佐倉さんの家まで戻りま……おや」
そっと振り返り、中々ついてくることがない朱鳥を不思議そうに見ていると彼女は何か決心したのか凛子の腕を軽く掴んでは見上げて口を開こうとしていた。
「わた、……私! 少し離れたところにある、水車の家に住んでいる季楽さんのところからいっぱいお野菜とか盗みました。村の人たちに、いっぱい殴られて叩かれて奪ってこいって命令されたの」
姿は見づらいが、馨と理玖でも分かるほどに声は震えている。
きっとその言葉を紡ぎだすのも、彼女にとっては一大事なのだろう。自身の腕を掴む震える手を見つめながら、凛子はニコリと目を細めて「そうね」と優しく告げる。ゆっくりと朱鳥と目線を合わせるために、しゃがみこんでは告げる。
「言いづらいことを教えてくれてありがとうね。怖かったでしょう? ずっと、我慢していたんでしょうね。……もう我慢はしなくて良いのよ。こいつらは、私たち府警異能課が責任をもって叩きますから。勿論、非異能力者だとか関係ないわ。しっかりと罪には罰を与えないといけないものねぇ?」
捕まえるとも、裁くとも言わない。
叩く、と言っているからに彼女の言う通り言葉通りの意味なのだろう。だが、府警異能課に関わらず異能課というものは何かと表立って言えないようなものを抱えていることだってある。所詮、捕まえたところで無罪放免になる可能性が高い非異能力者に対しては府警異能課も東京本部であろうとも、このような犯罪の場合は別で設けられている裏側の部署で処理することも多い。
表立っては言うことは出来ない執行部のような存在。そのような組織が勿論だが存在している。別の者たちで構成されているというよりも異能課がそれを受け持っている場合も多いが、秘密裏にされている組織ではあるので表向きでは存在していないものになる。
「ほら、早く行ったほうが良いんじゃない? もう夜の八時に近いし、多分そろそろ馨くんが空腹でポンコツになっていくと思うわ」
「流石ニコちゃん。実は、結構クッタクタで。今、食べ放題のお店に連れて行ってもらえれば出禁を食らうのではないかと思うほどの量を食べることができると思いますよ」
冗談交じりに告げては、理玖に肩を貸してゆっくりと歩く馨。
朱鳥は凛子に背中を押されてから、「ありがとう、監視官のお姉ちゃん」と透明な雫を流してから嬉しそうに笑って馨の元へと小走りでやってくる。
「朱鳥!」
それを止めるような朱里の声に、ピタリと足を止めては後ろを振り返る。
何か言いたげな、何かを堪えているようなその朱里の顔を見て朱鳥は息をのむ。そして、ゆっくりと困ったように眉を下げて彼女の言葉を待つ。
「あのね、私。この際言っておくけどね」
アンタの事、ずっと邪魔だと思っていたし大嫌いだった!
笑って言われる辛辣な言葉。
その言葉の裏側の意味を理解したのは、きっとこの場において朱鳥と馨。そして、凛子くらいなのではないだろうか。辛辣な言葉とは、どこか不釣り合いな弾んだ声色に嬉しそうに微笑まれたその表情。
「だから、私の目の前から消えてくれてせいぜいする! もう二度と、私の目の前に現れないでよね」
――そちらは開花せずに良しとする、か。
最初に朱里に会ったときに感じていた、誰かを利用して手を染めずにして黒になるという彼女の本質を読み取っていた馨は小さく口角を上げて微笑む。彼女はそのような思考、本質を持ちながらも実際にそれらを行使することはなかったのだろう。むしろ、もしかすると彼女が本当に利用しようとしていたのは朱鳥ではなく村人たちだったのかもしれない。
そのようなこと、今になってはどうでも良いのだろう。
馨は欠伸をしては、なり続ける自身の腹部を抑えてはうずくまりそうになりながらも息を呑みこむ。朱里の言葉たちに、朱鳥は笑顔を見せるも言葉を紡ぐことはしない。そっと踵を返して、彼女は馨の隣へと移動してから心配そうに理玖を見る。
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