第9話
男の攻撃は苛烈さを増していき、その鉄くずで作り上げたガントレットで伊月を殴りかかる。攻撃がくると理解していながらも、何かを考える素ぶりを見せるだけで攻撃を避ける様子も仕掛ける様子もない伊月へのブーイング、そして観衆たちの歓声が地下に響き渡る。きっと、控え室からこの様子を見ている五島と紀伊でさえも伊月に考えがあるということだけは分かりつつも、攻撃に当たるのではないかと内心ハラハラしていることだろう。
彼らの心情など知ったことではない伊月は、「ふむ」と何か決めたのか声を出してそっと手を前に突き出して空中で何かを握りしめるポーズを取る。
「……は?」
その瞬間、男の身に纏っていた鉄くずが全て地面に落ちて崩れ去る。それにより、寸で攻撃を受けることもなく伊月はにっこりとまるで「人のいい笑み」を浮かべては口を開く。
「宣言しよう。異能に頼るしかないならば、君に俺を傷つける術は存在しない」
それは、ある種の挑発なのか、勝利宣言なのか。伊月の目の前にいる男は、彼の言葉の真意がわからずに眉を顰める。キャストには、事前に相手の能力が開示される。だが、開示される能力はキャストの自己申告のため虚偽の申告をするものだって存在している。運営からしてみれば、どれほど盛り上げて楽しませてくれるのかが大事であるが故にそのようなことで咎めるようなことなった。運がいいことに、伊月と対峙することになった男は真実の申告をしている。
異能力者である、ということだけ。
勿論、伊月も虚偽の申告は実施していない。申告しているものは全て、事実である。そう、申告していることは、だが。
「一瞬で、あの鉄拳を砕いたのか!?」
「いいや、あの男は何かをしたんだ! あの暴れ屋がまだ傷一つつけれてないなんてありえない!」
「さっさとやっちまえ、暴れ屋!!!」
攻撃を仕掛けども、その攻撃が一つに伊月に当たらないことに痺れを切らし始めたのか観客は思うがままにヤジを飛ばし始める。その中には、伊月のことを疑うものも存在しているがそれらはブーイングの嵐となり溶けていく。
「……まさか、いや。だが、……まぁ、いいだろう。あんたはそう言うが、そうとも限らねぇ。なら、攻撃を仕掛けるまで、だ!」
「まだ確証がないから、か。まぁ、いいだろう。愚直に確認しようとする姿勢は嫌いじゃあない」
伊月も男の攻勢に付き合うことにしたのか、にっこりと、否。
至極楽しそうに口角を上げて、片手で顔面の半分を多い表情を僅かに隠して告げる。伊月は普段は、執務室の自席に座ってのんびりと書類仕事をしたり時折呼び出される上層部を言いくるめている姿しか基本的には見かけることはないが決して弱いと言うわけではない。単純に弱いだけで、頭脳だけが回る程度であれば荒くれ者と言っても過言ではないものたちを束ねることはできない。
その人脈、物事の把握能力から最適解を導き出す速さ。そして、何よりその力があるからこそ彼は異能課のトップであるのだ。
何度も攻勢を仕掛けては、伊月にいなされる。
それが続いたその後に、伊月は何かを思いついたのか一瞬だけ目を背けて最初に男がして見せたポーズを取る。
「あいつ、次は何をするつもりなんだ?」
「どうせ、攻撃を仕掛けることなんて出来ねぇよ」
「あら、でも何か。いえ、あのフィールドの鉄くずが、あの人に集まっているわ!!!」
前にかざした右手は、周囲の残っている鉄くずに反応して伊月の手にくっついていく。それは、最初に男が行ったこととまるで同じ。これにより、男は余計に目を見開いて固まってしまう。
何せ、男は伊月は申告をしていないだけで異能を無効化する異能、もしくはそれに付随する道具を保持していると思っていたからだ。否、道具であれば何も驚くことはなかった。なぜなら、彼は道具の持ち込みはしないと申告していた。勿論、この申告が本当であることを知らない男は嘘であることも考慮する。
だが、それでも。
この数分で対峙して、この真っ直ぐに人を見つめて何かを見透かすような目を持つ男がどうでもいいことで嘘をつくようには見えなかった。
「複数異能保持者か!?」
伊月は息を吸って思い切り踏み出す。だが、男と同じような瞬発力はない彼はあえて足を爆発させてそれを利用して前へと一瞬で移動する。当然鉄くずのついた手をかざして男は拳をぶつけるような攻勢を見せたが、彼は鉄ずくの手をまるで猫が何かを引っ掻くような仕草で攻勢を見せる。
伊月が移動したことにより、彼がもともといたその場所にはプスプスと黒煙が湧き出ている。きっと、移動の際に使った自身の足を爆破された影響なのだろう。
「その問いに関しての答えは、違う、だ」
「っ、」
間一髪で男は攻撃を避けるも、頬に鉄くずが掠めたのか僅かに血が滲んでいる。
伊月はまるで、刀を振るような軽い仕草で自身の腕を振って一気にまとわりついていた鉄くずを払い落とす。バタバタ、と重たい音を立ててフィールドにバラバラになる鉄くずを視界に入れては肩を抑えて回している。男は最も簡単に、大量の鉄くずがついた腕を振り回していたが伊月からしてみれば疲労が一気に溜まる行動だったのだろう。
何せ、見た目が違うということは彼と伊月の筋肉量なども当然のように異なっている。
「肩が凝りそうだ」
――複数異能ではない? いや、それが嘘の可能性だってあるだろ。キャンセリングは、道具であり申告内容は嘘だったのか?
静かに思考を巡らすも、最も己を納得させることができる回答まで導き出すことができず男は思考を止める。
どのような相手であっても、勝てばいいだけの話だ。己が生き残るためには、相手を殺すしか道は存在していない。……刹那、男の頭によぎったのはそれに対する疑問だった。だが、その疑問を考えることは無駄であると勝手に判断しては数回瞬きをして向き直る。
伊月は先ほどの行動で相当疲れたのか、いやそうな表情をしては自身の顎に手を添えている。
「俺は戦闘は得意ではないんだ」
困ったように眉を下げてそう告げて伊月は、なぜか一切も動くことがない男にゆっくりと近づいていく。
観客たちは、先ほど伊月が見せた行動でテンションが上がったのか歓声を上げて攻撃のアンコールをしている。目と鼻の先にいる伊月に攻撃を仕掛けようとも、まるで自身の体が石化したのではないかと思わせるほどに動くことがない。
男は、肩をすくめる。
ああ、これまでか、と。
「君の敗因は一つ。俺と当たってしまったことだけだ。……最初にも言ったが、君は。否、異能力者は異能を用いて攻撃を仕掛けてくる限り俺に傷一つつけることはできない。最初はそう言ったが、正確には。俺に敵対をしている限り。俺を負かすことは絶対にできない、だった」
指一つ動かすことはできない。
かろうじて動かせるのは瞼と、口元くらいだった。
目の前のそれは、男にとっては、まるで。「人間」の形をした「異形」のように見えてしまい目を見開く。不思議と恐怖はない。なぜならば、目の前の伊月から敵意も殺気も存在していないからだ。ただただ、目の前にいるだけ。それでも、これほどまでに存在感があり威圧を感じるものなのか。
認めるしか、ないのだろう。
「そして、これは取引なのだが」
俺の手足になってくれるならば、君を存分に有効活用できるのだが。それはもう、この闘技場よりも。
「……ここを出るには死ぬしかない。あんたはそれをわかって言ってんのか?」
「まさか。ここを出るには死ぬ必要はないさ。裏ルールに、勝者は敗者の所有権を得ることができるというものがあると聞いてな。俺ならば、君の持つその異能を最大限まで引き出して存分に暴れさせることができる。身体強化、磁力操作。戦闘地域に行けば、きっと彼女たちも楽になるだろう」
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