第8話
控室の隅っこにいた人物に視線を向けた五島だったが、すぐに伊月の言葉を切り捨てる。
彼らは慈善活動をしているわけでもないので、至極真っ当な回答だ。この回答を、冷たいと感じるのかどう受け取るのかはその人の感じ方次第で千差万別である。
「それにしても、意外に非異能力者も参加していることには驚いたよ。やっぱり、こういうところで稼ぐのも良いのかな?」
「自分の命を土俵に上げて金を稼ぐ、ねぇ。まぁ、スリル満点といえばそうだが。こういうところで命のやり取りをして金を稼ぐ連中は根っからの戦闘狂だろうな。話のわかるやつであれば、うちにも欲しいくらいだよ。作成した武器に試運転はつきものだ。異能力者たちが多くいる戦闘地域に放り出すことができるやつが、うちにも入れば異能課に頼らずに済むんだがな」
「夏鈴は別にそれに対して負い目を感じているわけではないから、良いんじゃあないか。試作品の実験依頼が来るたびに毎回馨が行きたそうにしているが」
すでに試合は始まっているのか、時間になるとキャストが一人、また一人と控室から出ていく。意気揚々と出ていくもの、部屋からでることを拒み強制的にスタップに抑えられて連れていかれるもの。さまざまな人物をその目で見送ってから、呼ばれるのは伊月の登録名。
「お、今回はお前は初手か。相手は異能力者だ。何をしてもよしななんでもありの勝負。楽しんでこいよ」
歯を見せて、ニカリと笑っては片手を上げて激励を送る。
伊月はそんな五島に苦笑をしながらも、「行ってくる」と告げては控室から出ていく。彼が控室から出て行った後、五島はゆっくりと息をついては隣に座っていた紀伊に尋ねるようにして言葉を紡ぐ。勿論、内容はこの場にはいない伊月についてだ。
「なぁ、姫」
「何かな、アキ。ああ、私が答えられるもの以外は全て、統一してわからない、ということにするよ。それでも良いなら、話を聞こうじゃないか」
「ッチ、最初にそうやって釘を打っておくあたりが腹立たしいが。俺も、姫も人にはいえないことが多くある。それは、いっちゃんも同じだろう。だけど、……いっちゃんは、まだ何か隠していることがあるような気がするのは、俺の気のせいか?」
「……私もアキと同感だ。だけど、こればかりは本当にわからないんだ。信用していないから、信頼していないから黙っているってわけではないと思っている。きっと、私たちが理想を抱くように。伊月も彼なりの理想を抱いていて、それを実現するために一人で戦っているのかもしれない。全く、難儀な性格だよ、あれは」
スタッフに連れられて、闘技場までやってきた伊月は思わず感嘆の息をついてしまう。
そこはまるで、コロッセオとして有名なその場所を再現しているようだった。それにしては、鉄のにおいやフェンスが目立ってしまうが。見せ物、娯楽という言葉が当てはまるような作りになっておりある意味で感心するしかない。
――まぁ、時代によっては処刑が娯楽だったんだからこれもアリなのか。
今の時代、処刑はほぼどこにも存在しない。否、表上では存在していないだけで国によっては処刑、もしくは死刑というものは確かに存在している。ただ、それらを娯楽として扱うことは少なくなっただけなのだ。
「さぁさぁ、みなさん! 始まりました!! 今回のキャストは、初参加の非異能力者である宵月さんと我が闘技場のエリートである異能力者の暴れ屋!」
自身の登録名がアナウンスされたことに気づいて、そっと視線を観衆へと向ける。
その後に、今回の対戦相手となるであろう男を視界に入れるために前を向く伊月。アナウンスに「暴れ屋」と呼ばれた男は、見えている場所に多くの傷跡が存在しておりこの闘技場でのエリート。つまり、多くの勝率を収めており多くの人をその手で殺してきている人物でもある。
いかにもという顔つきに、雰囲気。そして、屈強そうな体躯をしていた。
「なるほど? 少し、初心者には酷いキャストじゃないか?」
苦笑をしながら腕を組んで困ったような表情を作る伊月に同情するように、目の前の男は「諦めな」と肩をすくめて告げる。その見た目と染まった手に反して、彼は話が通じるタイプの決闘者なのだろう。
――話が通じて、腕が立つ。殺しておくのは、もったいないか?
伊月はこの闘技場で、使えそうなものが居れば自身の手札に加えようと画策していた。目の前の男が、それなりに使えそうだと感じた伊月であるがもしかするとしっかりとした勝ち負けにこだわる男なのかもしれない。降伏を促したところで、降伏をするくらいであれば闘技場のエリートと言われるようなことはないだろう。
否、伊月のような人物が今までやってこなかっただけという可能性も存在はしているが。
「では、今宵のバトル! どっちが勝つのか、みんなで賭けようぜ!!!」
先ほどまでの丁寧な口調はどこへやら。アナウンスをしている人物も楽しくなってきたのか、やや大きめな声で張り上げた。
それと同時に湧き上がる会場、拍手喝采の嵐、大声のやじ。
「スタッフ、今一度ルールの確認がしたいが良いか?」
「はい、問題ございません」
「勝利条件は、相手を殺すか降伏させるかのどっちか、であっているだろうか?」
「ええ、間違いありません」
「わかった」
ルールを今一度確認してから、伊月は目の前にいる男を見る。体格差は明らかであり、一見すると伊月が不利のようにも思えるほどだ。実際、この場にいる観戦者の多くが暴れ屋が勝つという方に大金をかけている。彼らの懐事情など知ったこともない伊月からしてみれば、最初は手を抜いて最後にひっくり返すのも楽しいか、とまるで悪戯を思いついた子供のように笑う。
「では、両者とも宜しいでしょうか」
「俺は構わない」
「こちらも問題ない」
スタッフは二人の意見を確認しては、そっと闘技場から姿を消して鍵をかける。キャストが無断で逃げ出さないようにという対策名のだろう。その行動に、ますます見せ物のようだ、と苦笑いの一つを浮かべて真面目な表情をして男を視界に入れる伊月。ここから先は、どれほど大怪我をしても罪に問うことはできない。
勿論、うっかりと相手を殺してしまっても、それは罪に問われることはなく闇に溶けて人知れずに消えていく。
「先制は譲ろう、優等生くん」
「なら、遠慮、なく!!」
グッと足に力を入れたと思えば、思い切り踏み込んでは一瞬で伊月の顔面に向けて拳を振り上げる。どれほど身体能力が高くともあの一瞬でこの距離を詰めることができるということは、彼の持つ異能力の一つに身体強化の部類があるのだろう。伊月はにっこりと笑っては寸で顔と男の拳の間に自身の手を入れ込んで、グッと男の拳を掴んだ。
これには流石の男も驚いたのか、目を僅かに見開いて片手を掴まれたまま器用に足蹴りをかましてくる。
「これでもお忍びでしているんだ。大怪我をして帰ると、部下に心配されてしまうからな。……おっと、足が滑った」
「っ、な!? うわ!?」
軽く足蹴りさえも否しては、掴んだ拳を掴みなおして器用に振り上げてそのまま足を引っ掛ける。
まるでそのいなし方は、伊月本人がそのようなつもりはなくとも相手を馬鹿にしているようにも捉えられても仕方がない行動だ。男は決して、そのようなことで怒りを露わにすることもなく器用に体勢を立て直して伊月を観察する。暴れ屋、とアナウンスで言われていた割には、伊月が思っている以上に男は理性的なのかも知れない。
伊月は自身から攻撃を仕掛けることはなく、全て受け身で取るつもりなのか。
男は軽く舌打ちをしてから、指を鳴らす。刹那、闘技場の中に存在していた鉄くず全てが彼の片手に集まってはまるでガントレットのような形を作っていく。
――磁力系か。身体能力は持ち前、いや。複数持ちと考えるべきだな。
「その澄ました顔がいつまで持つか、見もの、だな!」
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