第7話
軽く首を鳴らしながら伸びをしている紀伊は、口では色々言いながらも結局は楽しんでいるのだろう。
「二人とも、早く来いよ。こっちで受付できるみたいだぜ」
「……あいつ本当に三十過ぎか?」
「年齢と見た目は比例しないことと同じようなものだろうね。ほら、私たちは歳の割には見た目は若々しいのと同じようなものさ」
――いや、絶対に違うような気がする。
異能力者の中には、自身の成長や細胞などに干渉して年齢のわりには若く見える場合も多い。一番近くな例でいえば、伊月の部下である馨がそれに該当する。もっとも彼女の場合は、元々童顔であることも相まってかいまだに酷い場合は中学生とまちがわれることもあるほどらしい。それに比べると、違うが三人は若々しく見えるというのは合っている。いまだに二十代に見られることもあるのだから。
五島が受付で会話をしているのを横目に周囲を観察する伊月。
このような場所は、当たり前であるが外部に繋がりそうなネットワークは存在してないものだ。監視カメラのようなものはいくつか視界に入るが、全て外部ネットワークで接続されている者ではなくローカルネットワークで構成されているものなのだろう。言ってしまえば、このどこかにある監視室でこの地下闘技場を監視するため。
「よし。とりあえず、こんなもんか。武器の持ち込みは良いらしいんだが。……悪いな二人とも。どうやら、三組で合同で戦うことになると思ったんだがタイマンらしい。俺たちの相手は、異能力者らしいぜ」
「まぁ。だいたいそうだろうね。問題をいうならば、……いや。これはさして問題でもないのかな。アキ、ここのルールを始まる前に教えて欲しい。どちらかが死ぬまで続く、というようなものは分かるんだけど。こういうのは、相手が負けを認めたり膝を付いたりしたら負けということもあるだろう?」
「確かにそうだな。なぁ、今回のルールはなんだ?」
まるで、前回も一人で来たことがあるような口ぶりに何度目か分からないため息をつきそうになるもグッと堪える伊月。結局のところ、誰もかれもが上に知られない程度に好き勝手して過ごしているのだ。一部は上に知られているかもしれないが、自身が持つ情報などを駆使して上からの圧力を可憐にいなしている。
それが出来るだけの人脈がある彼らは、故にこのような場所にでもやってきて好き勝手するのだ。
「今回は、負けであると降参した場合と死んだ場合が負けと判定しております。ああ、安心してくださいませ。この地下闘技場の舞台上で起きた殺人は全て通報はされません。この場所は、上とは違う治外法権で動いていますので」
にっこりと口角を上げて受付嬢が微笑む。声と、その服の上からでも分かる少し膨らんだ胸から女性だろうと推測できるが、表情に関しては仮面でしっかりと隠されている。この場所に訪れる者たちは、仮面をかぶっている者たちも多い。五島たちは、特に仮面をかぶって自身のことを隠すようなことはしていない。
この場所で起きたことは他言無用。
守秘義務が存在している。上に出て、この場所での出来事をぼかして話す分には問題ないが人物を特定して接触したりこの場所を誰かに大声で話すようなことは禁止されている。ただ、連れてくることに関しては禁止されていない。だからこそ、二人は五島の案内の元でこの場所までやってくることが出来ている。
「そのことは心配していないさ。元より、こういう場所はお互いの信用で成り立っているからね。……まるで組織と同じさ。さて、アキ。ルールも理解した。ならば、私たちが行く場所は決まっている、そうだろう?」
楽しそうに口角を上げて告げた紀伊は、そっと五島の後ろにある控室のような場所を捕えている。
エントリーが終わればすることは、舞台上に上がるまで控室で待つことである。それ以上の言葉はないのか、五島は「おう」と告げて目の前に設置されている控室の扉を開けて中に入っていく。
ヒソヒソ、と話す人々の声が周囲を見渡していた伊月の耳に掠める。内容は、よくある賭けの話である。地下闘技場、というのだから当たり前のことだろう。特に気にすることもなく、伊月も先に中に入っていった二人に続くようにして足を進めたのだった。
地下闘技場。
それは、娯楽の一つでありある種見せしめのようなものから始まった。闘技場に参加するキャストの多くは異能力者だ。彼らは常に、上の連中から誘拐されるか自らこの場所にやってきてキャストを志願して補充される。この地下闘技場を経営している者は不明だが、未だに経営を続けられているところから裏側ではそれなりに腕の利く者なのか。
もしくは、彼らにとっての「シノギ」がこの地下闘技場になるのか。
控室に居るのは、歴戦の勇者という身なりの者もいれば誘拐されてきたのだろうと思える怯え続ける者もいる。きっと、この場で自身の命さえも土俵に掛けて喧嘩を楽しもうとしている酔狂な人物は数少ない。
「いろんなキャストが居るんだね」
「確かにな。明らかに、ここで稼いで食ってるんだろうなってやつもいれば、明らかな被害者というものもいる。俺はそこまで首を突っ込むつもりはないので関係ないが」
常日頃から、異能力者の復権を考えて。異能力者も非異能力者と歩いても何もおかしくないという理想を目指して仕事をしている伊月であるが、彼にとってこの場所は理想を実現させるために救うべきであるという考えはないのだろう。この場所を救ったところで、彼の理想は実現することがないと分かっているからか。
必要最低限で、見切ることも上に立つ者としては必要なものだ。
「あの隅っこに居る子、かわいそうだな」
「そう思うなら助けてあげたらどうだ、彰」
「まさか。……別に俺はここの連中が死のうが死にかけようがどうでもいいんでな。欲しいと思う連中は、大体俺自身と対峙する奴だ。隅っこで怯えることしかできない連中はうちでは生きていけない。俺は葬儀屋でも、そういう死んで逝く奴らを引き取って看取る奴でもないんだ」
「一理あるね。私もアキと同じ意見だ。勿論、伊月もだろう? 私たちは決して弱者の味方というわけではない。そもそも、弱者だなんて私たちが決めて良いものでもないだろう。病人のことを人は弱者と言うかもしれないが、本人は弱者と思っていないかもしれない。そんな人に弱者であると言うのは、失礼だからな」
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