第10話

 伊月が裏ルールを知っている理由は、五島から聞いたから他ならない。

 男は長年この闘技場にいながらも、この裏ルールの存在を知らなかったのだろう。僅かに目を見開いて「そうか」と告げるだけだ。裏側の連中や、不正を良しとする連中であればこの裏ルールを逆手にとり好き勝手していることだろう。そのようなことを知らない、と事実に伊月は思わず関心をする。


「おい、さっさと勝負をしろ!!!」

「殺せ、殺せよ!!!!」

「暴れ屋!!! もっと、暴れて俺らを楽しませてくれよ!!!」


 先ほどまで熱気に満ちていたヤジはブーイングの嵐に変わる。

 伊月の言葉を聞いた男は少しだけ視線を左右にして考える。自身がここに来た理由、そしてこの場にとどまり続ける必要性。様々なことを考えて男は口角を上げた。


「俺の負けでいい」

「よかった。……この勝負は俺の勝ちだ。悪かったな、観衆諸君。ここで見れなかった血飛沫は俺の知人がいやほど見せてくれることを願っておいてくれ」

「なぁ、あんた。種明かしはなしか?」

「種明かし? 一体何のことやら。俺は「嘘」はついていない。それが全てだろう? さぁ、君の手続きをしよう。臨時戦闘員にするか。君は面倒見が良さそうだ。それに、割と真っ直ぐな性格をしているようだから、きっと夏鈴たちもすぐになつくことだろう」


 それだけを告げて、伊月は何かスタッフと話をする。

 おそらくは今回の勝者である自身の権限を用いて、暴れ屋として今まで勝利を収め続けた男の処遇を話しているのだろう。普通であれば、どのような処遇を受けるのかと心底嫌な表情をする場合が多いが男は特に何も居持っていないのか呑気に欠伸をしている。何度も戦いに身を投じていたからこそ誰に従うべきで誰に歯向かうべきなのか、そして誰に歯向かうべきではないのかを理解しているのかもしれない。まるで、それは野生動物のようだ。

 だが、それは分かっていて死地に飛び込もうとするよりも幾分と理性があるのかもしれない。

 スタッフとの会話を終えた伊月は、そのまま男の元に戻ってきては控室へと行くように告げて彼はそのまま何処かへと歩いてく。


「ああ、忘れていた。控室には、俺の同期であり親友でもある男二人がいてな。一人は強面、一人は女顔だから分かりやすいだろう。何か困ったことがあればあの二人に聞いてくれ。俺は少しだけ席を外す」


 片手を上げて、そのまま何処かに行く伊月をぼんやりと眺めていた男だったがすぐに肩をすくめてため息をつく。

 どうしてこうも逆らうべきではない絶対的な強者と言うものは、自分勝手なのか、と。否、己に余程の自身があるからこそ自分勝手なのかもしれない。伊月に言われた通り、男はそのまま控室へと向かうために足を進めた。



「お、噂の暴れ屋くんじゃないか。良いよなぁ。この闘技場の中でも一番理性も実力もある優良物件じゃねぇか。俺が当たったら、絶対にうちに引き抜こうと思ってたのにいっちゃんに先越されたわ」

「おかえり。君のご主人は?」

「……悪いが、知らねぇ。控室に先に戻るように、と言われただけだ」


 男はそっぽを向いて話しかけてきた二人を視界に入れる。

 伊月の言っていた知人の特徴とも一致しているので、彼らは伊月の知人であると理解した男は静かに椅子を引いて素直に座る。座ったもののどうすればいいのか分からなかったのか、男は視線を彷徨わせる。五島はアナウンスで自身の登録名が呼ばれたことに気づいて、軽く挨拶をして控室から出ていく。


「伊月と戦って、どうだったんだい?」


 まるで五島が居なくなったのを見計らってか、紀伊が頬杖をつきながらニコリと人の好い笑みを浮かべて男に話しかける。

 勿論、モニターから二人の戦いと呼べるのか分からない一方的なものを見ていた紀伊であったがどう感じたのかは当人に聞いたほうが早いと感じたのだろう。何せ、あのモニターで見ただけだとインチキにもほどがあるのではないかと思わざるを得ないことが多く怒っていたのだ。

 そして、一部は見えていても細かいところは見えないものである。

 例えば、男の異能を避けた時に伊月はどのようなことを行ったのか、とか。


「どう、とは?」

「感想だよ。別に、そんなしっかりとした感想が欲しいわけじゃあない。伊月は手の内を見せない人だからね。君はどちらかというと正々堂々と真っ向勝負を挑むような性格だとモニターを見ていて感じてね。そんな君から、彼のことをどう思ったのか純粋に気になっただけさ」


 モニターからは、既に五島の戦いが始まったのか声援と罵声、様々な感情が入り混じっているであろう声が聞こえ始める。

 男はそっと紀伊の言葉を聞きながらも、モニターが気になってしまったのか視線をモニターへと移した。それにつられて、紀伊も一緒にモニターを見つめる。


「……嘘を、ついてはいないと感じた。それだけだ」

「はは、そうかい。それは面白い感想だね。……でも、嘘をついていない、か。それは私も常に思っていることだよ。伊月は、基本的に嘘をつくことはない。ただ、何かを隠して意図的に言わないことが多いだけさ。だけど、決して嘘をつかないというわけでもないんだよ。私とモニターの彼、アキは付き合いが長いからもう何も思わないし彼が嘘をつくときには理由があると理解しているけど」


 少しだけ寂しそうな瞳の色をしては告げる。

 分かっていたとしても、付き合いが長く同期であり親友でもあるのだから話してほしいと思うところなのだろう。だが、それを伊月に紀伊が言われても彼も全てを話すことはきっとできない。だからこそ、紀伊も五島も口に出して言うことはしないのだ。何を隠しているんだ、とも。協力させてほしい、とも。

 立場が、どうしてもその言葉の邪魔をする。


「立場というものは、時に厄介なものなんだよ」

「……ここでは勝者が全てだ。だからこそ、立場とうものはないのかもしれない。俺は、常に勝ち続けていたからそういう複雑なことを考えることは得意でもなくて、単純な方が良いんだ」

「そうだね。私だって、単純なほうが良いさ。だけど、そうも甘いことを言っていられるほどこの世界は甘くない。覚悟も、理想もなくしてやっていけないんだ」


 紀伊の言う「この世界」がどのことを指すのか男にはわからない。単純に、生きているこの世界を指すのか。もしくは、異能力者にとっての今の世界を指すのか。きっと普段であれば、ここで質問を一つしているだろううが何故か質問をするべきではないと男は判断し口を閉ざす。

 モニターでは、自身の戦いの時よりも盛大な声が聞こえる。

 異能力者相手であるというのにも関わらず、モニター内で繰り広げられているのは苛烈な戦い。どちらもそれなりに怪我を負っておりながらも異能力者の方が少しだけ押されているような状態だった。


「それにしても、アキ。テンション高いね」

「あいつ、本当に非異能力者なのか?」

「勿論。あれはれっきとした非脳力者だよ。非異能力者だからこそ、いかにして異能力者と同等に渡り合うことは出来るのかという研究と道具作成を行う努力の天才でもあるんだけど」


 少しだけ呆れたような表情をしてから笑って告げた紀伊の言葉に対して「へぇ」と言葉を濁すだけだった。

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