第26話

「あら、あの子のお友達だったのね。……来てくれたところ、申し訳ないわぁ。実はあの子ね、今日はひどく体調が悪いみたいで……」

「そうだったんですね。今日、一緒に散歩をしようと約束していたんですけど。なかなか待ち合わせ場所に現れなかったので不思議に思っていたんです。日葵さん、今は部屋で休んでいるのですか?」

「ええ……ッあ!」


 馨の自然すぎる言葉に、頷いた老婆は数秒たってから何かを思い出したような表情をして口元を押さえて目を泳がせてしまう。そっとその様子を見つめながら、気づかれない程度に目を細めて意識を集中させる馨。


 ――なるほど。居ないというように言われていた、ということかな。


 現在、抑制剤を服用している馨は内心まで読み取ることはできなくともその老婆の表情や焦りよう、そして前後の会話のことから今の彼女の心情を推察する。彼女の本質的なところは、純粋で少しの後悔があるということだけは感じ取れる。その感じ取ったものから推測した結果なのだろう。


「日葵さんに、元気になって無理はしないでとお伝えください。あと、元気になった時にはここに電話が欲しいと伝えてくれますか?」


 馨はそっと懐から一枚の紙切れを取り出して、老婆に渡す。

 それは理玖の見知った名刺などではなくて、本当に破かれたノートに落書き程度で書かれた電話番号とメールアドレス。隣から確認した限りでは、その二つはどちらも仕事で使っている端末のものだった。


 ――この人、どこまで理解しているんだろうか。


 何も考えていないように見えて、何かを考えて周りを引っ掻きまわす。勿論、それらに事前報告はないので大抵周囲に迷惑をかけることが多いのだが。理玖以外のメンツは、すでに慣れてしまっているのかうまく立ち回っていることが多い。


「え、ええ。わかったわ。あの、お名前を聞いてもいいかしら?」

「甘羽馨です。あ、これはおせっかいかもしれないですが。おばあさん、今後ここに訪ねてくる人がいても外に出てこない方がいいですよ。スーツをきた、無愛想な男性や警察と名乗る人がきた場合は余計に居留守などを使うことをお勧めします。それでもしつこくくるようでしたら、その連絡先に連絡をください」

「あ、ありがとうね……? 今後は、その、気をつけるようにするわ」


 馨はそのまま会釈をしてから、その場から立ち去っていく。理玖も、会釈をして馨に続いてそのばから立ち去っていった。

 一人取り残された老婆は、首を傾げながらも馨に手渡された連絡先の記載された紙切れを日葵に渡すために家の中へと戻って行ったのだった。

 少し離れた、住宅街にある公園のベンチにてスマホを操作している馨と静かにお茶を飲んでいる理玖の姿があった。


「甘羽さん、思った以上に演技派なんですね」

「そう褒めてくれるなですよ、照れます」

「今回は褒めてますけど。……なんで、連絡先を渡したんですか? それに、名前まで。名乗ったところで、おばあさんは騙すことができるかもしれないけど。その脛巾さんが知らない人だといったらどうするんです?」

「大丈夫ですよ。きっと彼女は、私のことをあのおばあさんに聞かれても友人だ、と伝えます。そして、必ず渡した連絡先に何かコンタクトがありますから」


 どこか確信を持って告げられる言葉に、これ以上何かを聞いたところで彼女は何も答えてくれないだろうということを察した理玖は「そうですか」と告げるだけで言葉を終わらせる。そっと足と止めて、先ほどまで立ち話をしていた家のある方向を振り返る。


「あのおばあさんに、忠告をしたのは刑事課への嫌がらせですか?」

「まぁ、それもありますけど。……私、これでもおばあちゃん子なもので」

「は、はぁ……?」

「ともかく、こちらからできることはしたので。あとは、莉音さんの情報と。彼女からのコンタクトを待ちましょう。刑事課が大きく動くようでしたらこちらも動かざるを得ないですけど。彼らはここまでたどり着くのに時間がかかるでしょうからね」

「定期的に、刑事課を馬鹿にしないと生きていけないんですかね……。一応、昨日行ったホームレスたちがいた場所に寄ってから帰りませんか? なんとなくですけど」


 珍しい理玖からの提案に、数回瞬きをしてから静かに口角を上げて微笑んでは馨も同意する。

 外に出ることはあまりないこともあり、出ることができる日に一気に見回りをしておこうというつもりなのだろう。余談であるが、昨日や今日の外出に関して理玖は何一つとして馨の外出申請を出していない。本人は、申請が必要になるということは知っているがそれは異能官自らが出すものであると思っている。これは誰も説明していないからであるのだが。

 事前に、今回に関しては伊月は一週間は馨は外に出てもいいようにと裏で申請をしていたのが真相である。


「甘羽さん?」

「……いや、なんでもないですよ。それにしても高砂少年は、お人好しなのかそうでないのか分からない性格をしていますよね。ああ、そうだ。一旦みんなの案件が片付いて。夏鈴ちゃんたちも戻ってきたら、高砂少年の歓迎会をしましょうか。異能課は人が入ってくるのは比較的レアなので、新人歓迎会は豪勢にしているんです。あとは、所属メンバの誕生月や誕生日。どちらかには豪勢にみんなで食事をするんです。これは伊月室長考案ですよ」

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